第124話 課せられた容疑

「いや、そういう約束だったので。あの倉庫の前へ、つけてください」


 馬車が道を駆ける。倉庫に着くと、待ちくたびれていた人足たちが降りていった。


「どれを下ろせばいいんで?」

「それは、俺のがやる。あんたらは見張りをしててくれ」


 主人は外を指さし、人足は大人しくそれに従った。彼らを体よく追い払い、パーチェの入った箱を主人が運ぶ。倉庫の扉を閉めると、邪魔者はいなくなった。


「最初の関門は切り抜けたようだな」

「……まあ、僕の身を多少犠牲にして」


 主人はそれを聞いて笑う。


「本当は最初の関所から合流する予定だったんだが、手間取ってすまなかったな。かあちゃんを誤魔化すのが大変だったんだ」


 そう言いながら、主人はパーチェの入っている木箱の蓋を開ける。


「うええええええ」


 弱り切って顔を真っ青にしたパーチェが、箱の中から這い出てきた。あきらは彼女に、手をさしのべて引っ張り出す。


「大丈夫?」

「だいじょばない」


 パーチェは床に倒れてぐったりしている。よっぽど疲れたようだ。素早くお茶を持ってきてくれる主人の心遣いがありがたい。


「すぐこれに着替えな。あと、かわいそうだがその髪は切ってもらうぜ」


 店主はてきぱきと指示を出す。彼がパーチェに差し出したのは、汚れた薄い布で作られた上着と短いパンツ、それにだぶだぶの帽子。しかもどう見ても男児用だ。パーチェが恨めしげな視線を晶に向けてきた。


 しかしその間にも、店主はげんなりした彼女を起こして髪を切っていく。パーチェはあっという間に、不揃いなショートヘアになった。


「に、似合うよ」

「…………」


 晶は頭脳をフル回転して言ったのだが、これ以上怖い顔はできなかろう、という形相でにらまれた。パーチェは手渡された服に着替えてからも、しばらくその表情を崩さなかった。


 パーチェにとってはさらに悪いことに、主人はさらに奥から黒いすすをてんこ盛りにしたボウルを持ってきた。


「顔と手に塗ってくれ。このなりで綺麗なのはまずいからな」

「……わかった。自分でできるわ」


 パーチェは海よりも深い息を吐いてから、自分ですすを顔になすりつけていく。その表情は怒りを通り越して、修行僧のようだ。こうして、街で働く少年になりすました。


 晶もメイドから男に戻り、すすをなすりつける。即、労働者風の容貌になった。


「すす、髪にもつけたら? 目立つでしょ」


 晶はパーチェにそう勧めたが、彼女は首を横に振った。


「ダメなの。夢魔の髪には魔力が宿ってるから、染まらないんだって書物で読んだことがある。インヴェルノ伯の家で染料を試したけど、全部ダメだったわ」

「それなら仕方無いね」


 晶は嘆息する。するとパーチェは切られた髪をひと房取って紐で縛り、晶に渡した。


「お守りに。……パパには効かなかったけど、今度は私も大きくなってる。何か力になってくれるかも」


 晶は礼を言い、艶のある立派な髪を懐に入れた。主人がそれを眺めながら言う。


「いいか、一回しか言わないぞ。ここを出たらまっすぐ左に行け。市場が並んでいるから、人混みにまぎれてそこを右。そうしたら港があって、グランデ・リッティーザという名前の大きな帆船が、準備万端、お前らのために待ってる」

「船の目印は?」

「柱が白いからすぐ分かる。出迎えた奴に『頼まれたコウモリを連れてきました』と言え。それで話が通じる」

「分かった」


 主人はそれを聞いて、窓の方を見やった。


「相手の方が強いからな。絶対に囲まれるなよ、二人とも。衛兵が集まってきたらすぐ離れろ」


 晶がうなずくと同時に、外が騒がしくなってきた。衛兵たちが血相を変えて、通りをうろうろしている。


「おーおー、お偉いさんたちが殺気立ってやがる。馬車はここで乗り捨てたほうが良さそうだな、目立つから」

「ですね……」

「御者と人足には俺が誤魔化しとくよ。さっさと逃げな」

「行こう。ご主人、ありがとうございました」


 ここまで来たら引き返せない。晶はパーチェの手を引き、通りへ出た。外の喧噪が押し寄せてきて、これなら逃げても大丈夫、という気がしてくる。


「待って、あの人が何か言ってる。みんな、集まってきてるわ」


 パーチェが街頭に立つ男に、目をとめた。確かに彼の周りに、人が集まり始めている。大道芸人か何かだろうか。


「ちょっとだけ、話を聞きましょう」

「それより早く逃げた方が……」


 晶は顔をしかめたが、パーチェは完全に男に目を奪われている。


 男はそんなことはつゆ知らず、大きく腕を回し、何やら紙を皆に見せつけた。


「さあさあ皆様! これなる人相の女は、王太子殺しの重罪人! 公開処刑のため、生かして捕らえれば金貨銀貨がいただけるよ!!」


 晶は固まった。彼の持っている似顔絵は、眼鏡をかけたパーチェのものだ。一旦自分の目を疑ってみたが、間違いない。


「ど、どういうこと? 王太子殺しって」

「わからないわよ!」


 困惑する晶に、いぶかしむパーチェ。その足元に、一陣の風が吹いた。


「やあ、御両人」

「黒猫!」

「猫がしゃべった!?」


 驚きの声をあげるパーチェを、黒猫は見上げる。


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