第123話 スカートが似合う男

 ラクリマの言った通り、部屋の隅にがっしりした木箱が置いてあった。それを急いで台車に乗せ、蓋を開けてシーツをその中に敷く。


 パーチェが箱の中に入った。顎を引き、幼児のように丸くなる体勢をとる。


「せ、狭い……」


 小柄なパーチェでも、箱に入るのはギリギリだった。猫のように寝た彼女が、うめき声をあげる。


「ごめん、ちょっとの我慢だから」


 パーチェに詫びながら蓋を閉め、あきらは衣装戸棚を開け唖然とした。……うん、服はたくさんあるけど、女物しかないぞ?


「ここから持っていくしかないか……」


 晶は仕方無く、覚悟を決めた。失敗したら死ぬしかないのだ、これくらいで怖じ気づいてどうする。


 晶はほどなくして、台車を押しながら部屋を出た。さっきは感じる余裕もなかったが、昼下がりの暖かな風が吹き付けてくる。スカートがめくれやしないかと、ひやひやした。


「これも追加で。よろしくお願いしますね」


 たくましい人足たちに、晶は頭を下げた。筋肉の発達した彼らは特に重さを気にした様子もなく、パーチェを乗せた箱を両手で抱えて持って行った。


「……私はちょっと体調が悪いので、港までの付き添いは彼女に頼みます。しっかり言うことを聞くように」

「わかりました」


 玄関で休んでいたラクリマは、女装した晶を見ても顔に出さず、御者に指示を出す。奇怪なものへの耐性があるのだろう。年の功とはありがたいものだ。


 晶は木箱が積まれた馬車に人足と一緒に乗って、しばらく移動する。やがて、街の検閲所に着いた。ここで官のチェックを受け、異常なしと認められれば荷物は港へ向かうと御者は言った。


「何だ、まだあったのか……」


 検査はあまり真剣に行われていないらしく、閑散とした倉庫のような場所に男が一人だけいた。彼が荷物の管理官で、面倒くさそうに壁にもたれ、長い髭をいじっている。あまり仕事熱心なタイプではなさそうだ。


「申し訳ございません」

「さっさと持ってこい、私は忙しいんだ」


 やる気がない上に急いでいる。これ以上ない好条件だ。晶はいそいそと、パーチェの入った箱を管理官に渡した。


「ん?」

「え」


 官は片手で箱を軽く動かす。さっきまでとろんとしていた官の目が、細くなった。晶は思わず、低めの声を出してしまう。


「ほ、ほほほ……どうかなさいましたか?」


 声をごまかすように笑いながら晶が聞くと、官は器用に片眉だけをあげてみせる。


「この箱、いつもよりやけに重いな。何が入っているんだ?」

「そ、そうでしょうか?」


 気付かれた。晶は心の中で思いきり悪態をつく。ここで箱を開けられたら、全ての努力が水の泡だ。


「あっ」


 晶はわざと悲鳴をあげた。わざとらしく黒い靴下を金具に引っかけて、足をさらす。これを見て、突っ立っていた官が面白いほど前のめりになった。……もしかして、女装だとバレていないのか。


「あら、困ったわ……」

「おお、困った困った」


 晶の足に官が食いついているうちに、入ってきた人足たちが、パーチェが入った木箱を馬車に積み出した。それでも官はまじまじと晶の足を眺めている。


「ああ、積まれてしまった……まあ、いいか」


 自分のところから通り過ぎてしまうと、不審より面倒さが勝ったようだ。官はそれ以上箱については追求せずに振り返り、晶ににじり寄ってくる。


「お嬢さん、今夜一緒に」


 晶は間髪入れず、官の眉間を殴った。


「ひ……どい……」

「それはこっちの台詞だよ」


 官の意識が遥か遠くに飛んだのを確認し、人足たちが異変に気付く前に、晶はさっさと外に出る。


 御者に指示を出し、大急ぎで乗ってきた馬車で荷物を追いかける。あとは船に乗るだけ。それを乗り切れば、パーチェは自由の身だ。港まで兵士が追ってこないのを願うしかない。


 馬車の中で、晶はほっと息を吐いた。それと同時に、余計なことが頭に浮かぶ。


「それにしても、あの管理官の目……僕って、そんなに色気があるのか……」


 凪のところをやめて、メイドカフェで働いたら稼げるんじゃないだろうか。そんなことを考えていたせいで、晶は馬車が揺れた時、壁にしたたか頭をぶつけた。




 馬車は順調に走っている。しかし晶には、小さなうめき声がずっと聞こえていた。パーチェはかなり参っている。


 無理もない。ただでさえ箱は通気性が悪いし、がたがたの道を走る馬車はひっきりなしに揺れる。晶だったら、待っている間に吐いているだろう。


 今は注意しないと気付かないくらいの声だが、大きくなれば人足にもばれてしまう。早く着いてくれ、と晶は願った。


 そこからさらに通りを二つ越えたところで、不意に馬車が止まる。


「呼びかけてくる男がいるんですが、どうします?」


 御者に呼ばれ、晶は外に出た。


「あの人……!」


 晶は知った顔を見つけた。ラクリマと一緒に行った、賭場の主人が倉庫の前で手を振っている。やっと助けが来た。


「おに……いや、そこのお姉ちゃん! うちに運ぶはずだった荷物はどこだい、先にくれよ!」

「勝手なこと言ってますね」


 事情を知らない御者が主人をねめつけるが、晶はそれを押しとどめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る