第121話 まだ終わらぬ苦難

「生きてますよ、まだ」

「そのちょっと含みを持たせた言い方……期待できるな」

「…………」

「で、今日は何の用? 制服のまま来るなんて、よっぽど急ぎなのかい」


 萩井はぎいが腰に手を当てた瞬間、背後に目当ての人物を見つけた。あきらはすかさず、そちらに向かう。


「すみません、ちょっと池亀いけがめさんに──買い物に付き合ってほしいんですが、その許可をいただきたくて」


 手持ち無沙汰そうにしていたくせに、びちびちと跳ねる魚のように逃げる池亀を、晶は両手でしっかり捕まえる。


「ええー、買い物なんてネットでしかしないし。僕は嫌だよ」

「カメラが欲しいんです」


 晶が言うやいなや、池亀の目つきが変わった。親しみ……といおうか、誰かを沼にはめようとしている時の目と言おうか。途端に向こうから歩み寄ってくる。


「それは素晴らしい。さあすぐ行こうやれ行こうもっと行こう」

「あの、萩井さんの許可は……」


 満面の笑みを浮かべた池亀は乱暴に晶の腕をひっつかみ、出口へ引きずっていく。萩井が苦笑いしているのが、ちらっと見えた。


「どれにしようかな、カメラはいっぱいあるぞう!」


 電気街に着いても、池亀ははしゃいでいた。


「言っときますけど、今から言う機能が最低限あればいいんです! ああ、余計なお助けモードとかいりませんから!」


 池亀をなんとかなだめすかし、固定できる小型のカメラを選んでもらう。もちろん、スマホ連動のものだ。一番安いものにしたが、それでもお小遣いに響く。後でなぎにいくらか補填してもらおう。


 そして彼はまだ店にいたいと言うので現地で別れ、晶は初穂はつほの家へ向かった。凪が長期不在にするというので店は閉め、地図だけ初穂に預かってもらっているのだ。地図の上にカメラをセットしていく晶を、初穂は何やら心配そうに眺めていた。


 下準備が終わると、晶は初穂に礼を言って家を出る。それから一直線に学校まで自転車を飛ばした。


火神ひかみ!」

「生きてた!」


 中途半端な時間に晶が登校すると、教室内にざわめきが起こった。


「風邪で通院だったか? 長かったな」

「すみません、熱があったんで点滴してもらってました」


 晶は視線をさまよわせながら答えた。担任に睨まれると、嘘をついた罪悪感で身がよじれそうになる。


「……来て大丈夫なのか、それ」

「も、もういいって先生に言われたので」


 苦しい説明だったが、なんとか教室に体をねじこんだ。留年を避けるため、これ以上欠席するわけにはいかない。本当のことを言っても、絶対信じてもらえないというのは辛いものだ。


 クラスメイトはそんな晶の苦悩をよそに、授業を受ける。なんとかそれを終えて給食の時間になり、文化祭でやるお化け屋敷の話題がそこここで出始めた。


「一応、それっぽい音楽は用意しないとね」

「あんまり有名なのだと、怖くないから……」


 晶の学校はスマホ禁止ではないので、皆が動画サイトで検索し始める。本当は学校での使用はダメなのだが、担任も黙認していた。禁止したら、誰も何もやらないからだろう。


 晶もこれ幸いと、スマホを取り出す。お化けの動画を検索しているふりをして、監視カメラにつないでみた。


「……っ」


 その途端、衝撃的なものを見てしまった。インヴェルノ伯の屋敷に、武装した兵士たちが詰めかけているところを。


「冗談じゃない……なんでこんなことになってるんだ」


 兵士たちはかなり強気だ。火を放っていた兵たちと同じ装備。その連中が、玄関先で対応しているラクリマと伯、二人と押し問答になっている。


 ラクリマはのらりくらりとはぐらかす。しかし、その態度に腹を立てた兵士に突き飛ばされた。彼は玄関の柱に頭を打ち付け、そのまま動かなくなる。兵士は哀れむ様子もなく、伯をねめつけるばかりだった。


「うわ、結構えげつない撮り方してるね」

「面白そうだけど、なんて映画?」

「……せ、先生。気分が悪くなってきたので、やっぱり帰ります」


 晶はたまらなくなって、来たばかりの学校をゆっくりと出た。人の目がなくなったところで、全力疾走に切り替えて自転車をこぐ。


 初穂の家に再度押しかける。彼女はいなかったが、合い鍵の場所は聞いていたので、晶は勝手に家に入った。中から施錠していると、背後に気配を感じる。その何かが、すうっと寄ってきた。


「晶。地図の保管場所の移動はいざ知らず、あの妙な機械はなんじゃ」


 玄関扉と晶の間に割り込むようにして、カタリナが聞いてくる。幸い防火服やライトのことはバレていないようだ。


「ごめん、後でねっ」


 美少女と接近しているが、恥ずかしがっている暇はない。不機嫌になっているカタリナを押しのけ、晶は地図の中へ飛び込んだ。


 気付いた時には、インヴェルノ伯の邸宅──の庭に降りたっていた。余裕がなかったにしては、陣の位置がそうずれていなくてよかった。


 晶が飛び込んだことで魔方陣の位置が変わってしまうが、凪なら融通がきくからなんとかするだろう。なんならこちらから迎えに行けばいい。


 軽く考えてから、晶は物陰から玄関の様子をうかがった。


「貴様ら。儂の門前でこんなことをして、無事で済むと思っているのか」

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