第104話 奇病の解明
横から覗いた
「文字の小ささもそうだけど、専門知識がないと読めないわよ?」
「
「ナギのくせに生意気な」
どこかのガキ大将のような台詞を吐くパーチェに構わず、凪は広間に巡らされた階段に腰掛け、びくとも揺らがずにノートを読み始めた。
晶は一階部分の設備に注目した。中央に平たい台があり、乳鉢や秤がのっている。おそらく、ここがメインの調剤作業場だろう。
左手には、炭らしきものがつっこまれた
そこを、ノートを持ってきたパーチェに見られていた。彼女の目が、鋭く光る。
「心配しなくても、人間のじゃないわよ」
「……これは、何に使うの?」
「分からないわ。まだパパの理論を全部理解できなくて、同じようにしてるだけなの。何か意味があるのは確かなんだけど……」
パーチェは白い指で額を押さえながら、机の近くにあった長いすに腰かける。これまでのところ、研究は良くて一進一退、といったところらしい。当たり前だが、博士とパーチェの知識の差が、研究の進展を阻んでいた。
「座りなさい」
「凪は?」
「放っときなさい、あんな奴」
パーチェの隣に座ると、自然と肩や足の一部がくっつく。彼女はとんでもなく無防備だった。ぶつかる体が温かいのとくすぐったいので、晶は困ってしまった。
「ね、ねえもうちょっと離れて」
「なんでよ」
「明り、つけるから」
室内は薄暗い。ちょうど横手の机の上に、ランプがあった。
「私は明るいと見えないのよ」
パーチェはよく分からないことを言う。晶が抵抗を放棄して背もたれに体を預けると、彼女がにわかに話し出した。
「パパは元々、学者というより医者だった。パパのパパ──おじいさまの方が有名だったんだけどね」
パーチェの祖父は、時に貴族の診療も行っていたという。
「高名な方だったんだね」
「ある時、おじいさまは気付いたの。望む者はなんでも手に入り、贅沢三昧のはずの身分の高い者たちが、同じ病気にかかっていると」
はじめは痛みなど、意識に強く残る症状はない。口が渇いて、水をたくさん飲むだけだ。しかし時が経つにつれ、症状が変わっていく。
「目が見えなくなる。温度の違いが分からなくなる。足が腐り、尿が出なくなり、顔が灰色になる。そして、突然意識をなくして死亡する」
はじめは感染症を疑っていたが、一緒の部屋にいる使用人や子供が発症しないことから、その可能性は除外された。
「貴族たちは本気で、その奇病を恐れたわ。おじいさまも尽力したけど、治療は不可能だった。腐った手足を切断してみても、寿命は縮むだけだったし」
「……それはそうだろうね……」
唯一の対処法は、食事の量を減らし痩せること。何故か痩せた貴族には、奇病が流行らなかったのだ。
「命には代えられない、ということでみんな節制してね。とりあえず大流行にはならず、騒ぎは収まったんだけど」
父親からその話を聞いたサリーレ博士は、その病気の原因をつきとめたいと思ったのだそうだ。
「パパは趣味で死人をこっそり解剖していたから、人体の構造についてはよく知っていたの」
「大分攻めた趣味だね……」
「事故や怪我で死んだ人間と、病気で死んだ人間では臓器の状態が異なることもつきとめていたのよ。だから、内臓のどこかが奇病の原因では、と思っていたみたい」
「でも、相手は貴族だしねえ……」
いきなり切り刻んだら、医者の方が先にあの世へ行ってしまう。
「もちろん、まず動物を解剖してみることにしたの。どの内臓が原因なのか、そこから探ってみるのが先決だし」
父のことを話すとき、パーチェはとても嬉しそうに胸を張る。突っ張っているよりも、そちらの方がずっとかわいらしかった。
「でも、闇雲にやっても仕方無いよね。どうやって確かめるの?」
「同じ動物の個体をいくつか集めて、それぞれの体から臓器を一つだけ取るの」
「ああ、そうか。それで貴族たちと同じ症状を示す奴を残せばいいんだね」
博士は実験を重ね、ついに人間と似た症状を示すサンプルを見つけた。どの臓器が病変の原因か、つきとめたのだ。
「それがこの臓器よ」
パーチェはノートを広げ、そこに書いてあったスケッチを見せてくれた。
奇妙な芋虫のような臓器が、そこに描かれている。頭がくるりと丸まり、尾のような後部は他の臓器と接触していた。人体模型は見ているはずなのに、どんな臓器なのか晶には当たりもつかない。
「これを取った動物は、肉や魚の消化ができなくなる。と同時に、人間と同じように痩せ、体が腐って死んでいく。そこまでは、分かったのよ」
しかし、ここからが本当の試練だった。
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