第102話 子供と子供の喧嘩
「そうじゃなきゃ、こんな田舎まで人が来るわけないもんね」
「よく分かったな、引きこもりのくせに」
「あれだけ見境なく医者を集めてれば、誰にだって分かるわよ。下の村の先生まで呼び出されたんだから。言っておくけど、村とは多少付き合いがあるの」
「そうか……」
「誰にも治せなかったみたいだけどね。いい気味」
少女はまぎれもない悪意を丸出しにして、王をせせら笑う。薄情だと思うが、サリーレ博士に王がしたことを考えると彼女を責めるわけにもいかない。
「あ、あの……」
「で、王様のお仲間はどうするの? 私に哀れみでも乞うてみる?」
「いや、いいよ。君のお父さんに王がしたことは確かにひどいことだった。怒って当然だよ。何一つ知らせずに国から放り出すなんて、絶対やっちゃいけない」
少女は自分を守るように、両の腕で体を抱いている。今ですらこの年だ、博士が追放された時はどんなに恐ろしく感じる年だっただろう。今度は過去の恐怖が蘇っているのかもしれなかった。
「僕たちは王とは違う。何が何でも君から情報を引き出そうとは思わないよ。ただ、教えてもらえるならありがたいけどね。実験の内容だけでも見せてもらえない?」
助けを求めて伸ばした晶の手を、パーチェは振り払った。
「信用できないわ。教えたら、それを王に言う気でしょ」
「王子の病気を治しはするけど、それを材料に王と取引しようと思ってる。インヴェルノ伯が国を動かせるように」
自分が心の中で温めてきた計画を、晶はゆっくりと口にした。うまくいくかは分からないが、ここでパーチェを説得したかった。
「インヴェルノ伯?」
「今、王宮はややこしいことになってるんだ」
流石にそこまでは知らないのだろう。身を乗り出すパーチェに、晶は今までの流れを説明してやった。学者追放の本当の理由。今では国王の政策に批難が集まっていること、インヴェルノ伯が反対に力をつけてきたこと。
「オーロの治療法と引き換えに、現王には政治の世界から退いてもらう。インヴェルノ伯は、そこまで考えるかもしれないね。なにせ、強いカードだから」
岩の間に風が吹き込んでくる。それをきっかけに、晶は話をやめた。
「へえ……そんなくだらない理由で、パパは国を追われたのね」
パーチェはまだ鉱石眼鏡をつけたままだ。それでも、知ることのなかった情報を得た彼女の顔には、激しい怒りの炎が灯った。
「さっき言ったように、無理にとは言わないけど……」
晶が下駄を預けると、パーチェはうなずいた。
「いいわ。パパの敵討ちよ。あの不愉快な王を、土下座させてやるわ」
その小さな手を腰に押し当て、やる気に満ちた口調でパーチェが言い放つ。ピンクの髪が、彼女のたてがみのように動いた。
「あんた、名前は?」
「僕は晶」
「アキラ?」
「うーん、結晶って意味の感じかな。父さんは研究者だったから」
それを聞いて、少女がわずかに口元を緩めた。
「あら、いい名前ね。私は……パーチェ。パーチェ・ザッフィーロよ。そっちのデカいのは、名乗りもしないのね」
「あれは凪だよ。静かな海って意味の名前」
「あら、名付け親はどこを見てたのかしら」
パーチェに冷たい声で言われて、凪は苛立った様子で顔を伏せた。彼にしては珍しく、ダメージを受けている。晶はその珍しいさまを、まじまじと見ていた。
「そうと決まったら、家に帰るわ。ついてらっしゃい」
意思を固めてしまうと、意外とパーチェはあっさりしたものだった。立ち上がって何やらノートのようなものを拾い上げる。どうやら彼女がここで何か作業をしていた時に、晶たちが慌ただしくやってきた格好だったらしい。それは機嫌も悪くなるわけだ。
「うるせえな。あの蜥蜴共はどうするんだよ」
「蜥蜴? ああ、カッペロたちのこと。あはは、見てなさい」
パーチェはそう言うと、さっさと岩陰から飛び出した。不審そうにこちらをのぞきこむ蜥蜴たちを見ても、悲鳴をあげることもない。
「縄張りに入ってごめんね。通してね」
彼女が近づくと、蜥蜴たちは嬉しそうに鳴き始める。そして何体かは、晶たちに飽きたようにそっぽを向いた。さっきまでの危険な状況が嘘のように消え失せた様に、晶は目をしばたいた。
「どういうこと? 僕たちを食べようとしてたんじゃないの?」
「肉なんて食べないわよ。この子たち、木の葉っぱが大好きなんだから」
「そ、草食なの?」
「その割にえらい勢いで追いかけてきたぞ……」
パーチェは蜥蜴の頭をなで始めた。まるで休日の動物園のような光景に、晶と凪は呆れるばかりだ。
「ほら、来なさい。話もせずに通ろうとしたら、怒るのは当たり前でしょ」
「人の言葉が分かるの? 蜥蜴なのに?」
「この子たち、知能が高いのよ。それに、来た時も悪かったわね」
パーチェはそう言って、蜥蜴のヒレを差す。
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