第98話 因果応報
一日のほとんどを寝て過ごしていたセータが、堂々と公式行事に姿を見せるようになった。そしてとうとう、これはどうやっても死にそうにないなと皆が思い始めた時。王とインヴェルノ伯の立場が、ついに逆転した。
「今度は王の息子オーロが、同じ病に倒れたの。運命って奇妙なものね」
その時のファンゴ王の心境は、一体どんなものだっただろう。放ったはずの呪いはいつしか方向を変え、自分のすぐ側まで戻ってきていたのだ。
「王はインヴェルノ伯から治療法を聞き出そうとしたけど、彼はそれをはねつけた。当然よね」
いくら何でも虫が良すぎる。
「貴族たちも怯え始めた。インヴェルノ伯に奇跡が起こったということは、彼に荷担しなかった、彼を咎めた自分たちに罰が来るかもしれないと考え始めたの。彼らは次々に、国王の対応を批判し始めた」
結局、ファンゴ王は人生で初めての敗北を体験することになった。国外追放した学者たちを、断腸の思いで呼び戻さざるを得なくなったのだ。
「戻ってきた人数は、出たときより大分減ってたけどね」
クロエが言うと、オットーが眉間に皺を寄せた。
「兵にそのような目に遭わされて、戻ってきたいと思う者もおるまい」
「ま、生きてた奴は運がいい。俺は執拗な監視を振り切ろうとして、殺された奴が結構いた説に賭けるな」
「かもね。今となってはどっちでもいいわ」
「とにかくこれが、現王とインヴェルノ伯のいざこざよ。分かった?」
「いや、助かった。私たちだけでは、とてもそこまで記録をたどるのは無理だっただろう」
微笑むオットーに、クロエは不吉な笑みを浮かべた。
「わかってると思うけど、お代は血でいただくわ。領主殿、こっちへいらっしゃい」
「あ、兄上の代わりに僕が」
「孝行な弟ね。私はどっちでも良くてよ」
かばいあう兄弟をおいて、晶は前に進み出た。
「……クロエさん。僕の血を吸ってもいいから、一つ教えてもらえませんか?」
「あら、何かしら」
「追放された学者の誰かに、会うことはできますか?」
晶が聞くと、凪とクロエの目がきらっと光った。
「探せば何人かは見つかると思うけど。条件はある?」
「できるだけ、顔が広い人がいい。他の人の行方や研究内容を把握していれば、最善です。──聞きたいことがあるので」
晶がせがむと、クロエは興ざめした顔でこちらを見つめる。
「それは難しいことを頼んでくれるわ。学者ってとにかく、人付き合い嫌いな変人が多いからねえ……あんまり期待しないでよ」
「よろしくお願いします」
「ということで、お題は先払いよ」
「やっぱりそうなりますね、ギャー!!」
抵抗しても、クロエに噛みつかれてしまう。段々晶の目の前が暗くなり、そして完全に落ちた。
クロエの調べがつくまで、晶と凪はオットーたちの屋敷に滞在することになった。べったりと張り付くレオにも困ったが、問題はそれだけではない。晶にまで使用人がつき、何くれと世話をやいてくれるのだ。
「体をお拭きしましょう」
「靴下をお持ちしました」
「髪を整えますので、もう少し首をこっちに」
これは笑い話ではなく、事実だ。無論自分でやる、と言った。しかし、そう言うと使用人たちは決まって泣き出しそうな顔になる。
「お世話の仕方が稚拙でしたでしょうか」
「仕事ができなければ、暇を出されてしまいます」
「どうかお申し付けください。うちは子供が五人いるんです」
そこまで言われてしまうと、断りにくくなる。結局、学校へ行っている時間をのぞいて晶は貴族ライフにどっぷりつかることになった。入れ替わり立ち替わり、めまぐるしくやってくる使用人は、軽く十人を超えている。
今夜も晶はゴルディア領主の館にいる。両手で窓を開けて外を見た。空は濃い紫色から黒に変わろうとしている。夜の冷たい風の中、カンテラを持ちながら敷地を見張っている衛兵が見えた。これも見つかったら、「自分で窓など開けるものではない」と叱られるのだろう。
「ダメだ。こんな生活してたら、自分じゃ何もできなくなる」
晶は部屋で、凪と黒猫に向かって愚痴った。黒猫はある日、思い出したようにぶらっと屋敷にやってきて、そのまま住み着いている。
「贅沢な悩みだね、若者よ。なにが不満なんだい」
「わかってるくせにとぼけて。──黒猫がクロエさんの調査を手伝ってくれたら、早く片付くんだけど」
「にゃんにゃん」
黒猫は本当に味方か、と言いたくなるほどやる気がない。本能のまま伸び上がり、あけた窓から入ってきた生物を追い回していた。
追われた小さな塊が、晶の肩に乗る。その姿には、見覚えがあった。
「な、なんなのこの猫。どこから入ってきたの」
身を震わせたコウモリが、黒猫に向かって人間の言葉で毒づく。
「クロエさん、お帰りなさい。何か分かったんですか」
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