第97話 因縁の始まり

 ファンゴは隠そうとしているようだが、各国の情報網はそう甘くない。王家の内情くらい、とっくにつかんでいた。


 今の王太子が死ねば、子供は女児ばかり。外部から婿か養子を迎えなければならないが、インヴェルノ伯が最大限嫌がらせをすれば縁組みの阻止くらい容易だ、とクロエは言う。そうなれば、わざわざ兵を浪費せずとも、体制は打倒できる。


 つくづく、政治の世界は光と闇の差が激しい。セータはその中でやっていけるのだろうかと、あきらは他人事ながら不安になった。


「意地の悪い奴だな、インヴェルノ伯は」


 兄がいて気楽な立場のレオは、素直に怒っている。


「……ただ、この件に関してはお互い様かもね。インヴェルノ伯の息子も数年前に病気になったんだけど、その時に王はもっとえげつないことをやってるわ」

「セータもそう言ってましたけど……」

「あら、何よ。インヴェルノ伯の息子を知ってるの? あんた、いろんなところで縁を結んでるのねえ」

「ちょっとだけ、遊びに付き合ったことが」


 晶は怯えながら、自分の顔を掌で隠した。隣のレオから向けられる視線が痛い。


「じゃ、分かると思うけど。今のあの子は、ちゃんと回復して健康そのものよ。でも数年前は、起き上がれないくらい体調が悪かったの。そりゃあもう、親族総出で大騒ぎよ」

「跡取りの男子が病となれば、そうでしょうね」


 オットーが厳しい顔で言った。


「その時、現国王は……大胆な手に出たの。学者や医者たちを解放したのよ」

「解放?」


 晶が首をかしげると、クロエはさらに続けた。


「建前はこうよ。今まで国内に縛られていた有能な学者たちに、広く学ぶ機会を与えたい。そのため、彼らが諸国を巡回できる制度を作ろう」


 当初は、どこからも反論が出なかった。この世界、旅というのはえらく手間がかかるものなのだ。


 必要な物資の調達はもちろん、何個も関所を抜けるため、様々な許可証を携えていかなければならない。馬車は高価なため、ほとんどの者は徒歩だが、動きの遅い彼らは夜盗のいいカモであった。だから、長距離の移動など試みる者は稀だった。


 それがエテルノでは、「全ての関所で共通して使える許可証の発行」「宿や護衛兵の手配」など、破格ともいえる支援がつくことになったのだ。初めは学者をかたって申請する者が続出したというのも、うなずける。


 だが、晶はその制度に嫌な予感がしていた。あまりにも、話がうますぎる。


「しかし、その流れは長くは続かなかった。有能な学者や医者がほぼ強制的に国外に送り出され、しかも誰も帰ってこないことに、皆が気付き始めたから」


 実に丸々二年。制度を利用した学者たちは、故郷の地を踏むことはできなかった。おざなりな手紙だけが家族の元に届くも、詳しい生活は全くわからない。学者たちの家族は、日に日に不満を募らせていった。


 そしてそれ以上に困ったのは、医術を受けられなくなり、身が危険になっていった病人たちだった。


「国内が絶対的な医者・医学者不足になった影響は大きかったわ。切迫した患者の中には、急いで国境を越えようとする者もいた。火の粉がかかってきたゴルディアの密偵たちも、エテルノ王の真意を本気になって探り始めた」


 その結果、王の真意は「解放」ではないと誰もが気付いた。


「学者──特に医者の、『国外追放』。王が目指したのは、それだったのよ」


 証拠はあった。出国した医者にべったりと衛兵がはりつき、どこへ行くにも決して離れない。誰かに訴えようとすれば、暴力をちらつかせて妨げられる。これは明らかにやり過ぎだった。


「そこまで見れば、馬鹿にもわかるわな」


 なぎが茶々を入れる。


「王の目的はひとつ。弱り切った政敵の息子が死ぬまで、手当を受けさせないこと。それだけだ」

「そんな!!」


 晶は目を見開いた。


「国民もたくさん死ぬのに……なんでそれで今も評判がいいのさ」

「後から重臣の仕業ってことになったのよ。国王はそれを止めたって体裁なの。貴族の一部は本当のことを知ってるけどね」


 晶は胸糞が悪くなってきた。


「そ、それにしても、そうだ、その時国内の貴族はどうしたの? 流石に統治者でもある彼らに反対されたらまずいでしょ」


 どもる晶に、クロエが答える。


「その脅威は王も分かってた。ちゃんと特例があったのよ」


 貴族は必ず、お抱えの医者を持っている。彼らに限り、申し出て許可がおりれば国内への残留が許された。


「『許可がおりれば』ってのが重要だな。その決定権を握ってるのは、王だろ」


「ええ。インヴェルノ伯お抱えの医者だけが、何故かバンバン申請を却下されたわ。後に残ったのは、本当に使い走りの若いのだけ。あの時は伯も、本気で謀反を考えたでしょうね」


 しかし嫡男が病に倒れ、先が見えている家に加勢する者などない。インヴェルノ伯は孤立し、養子も来なかった。誰もがこれまでか──と思った時、奇跡が起こった。


「伯の息子、セータが突然回復したの」

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