第95話 懐かしい顔

 塊に見えたのは、金髪の少年が金細工の鎧を着ているからだった。この少年が、現領主の弟、レオである。レオの服は目に痛いほど派手だったが、その興味深いセンスを指摘するほどあきらは無粋ではない。


「お前、ダサい鎧着てるなあ。馬鹿みたいだぞ」


 同行者は別であるが。


「なんだと。特注した儀礼用の鎧で、名の有る職人が作ったのだ」

「目立ちすぎるんだよ。デザイナーの一人でも雇え」


 レオは気合いを入れてお洒落をしてきたようだ。とても面白そうにそれを茶化したなぎが、レオのパンチをよけながらさらに言う。


「待ち合わせは屋敷のはずだぞ? まさか、わざとここで待ってたのか」

「そうだ。会うなら早いほうがいいからな。俺がそう命じた」


 晶はその様子を見ながら、周囲がざわついてくるのを感じていた。


「まあ、やっぱりあの方が」

「ただならぬ雰囲気があるのう、やはり」

「あの隣の男の子は誰かしら? ずいぶん仲が良いみたいだけど」


 領主の弟の登場に、民衆が一斉に食いついた。その連れである晶にも、容赦ない視線が降り注ぐ。


 あらゆる人に見つめられ、立つ瀬が無くて身をよじっていると、レオが笑った。彼はむしろ見られるのを誇りと思っているようで、嬉しそうである。


「相変わらず、目立つのが嫌いだな。そんなに辛いか」

「そりゃそうでしょう、誰だってこんなことしたくないですよ。久しぶりに会ったって言うのに、意地悪ですね」

「当たり前ではないか」


 詰め寄った晶に、しごくあっさりレオが言った。


「なんで」

「来いとあれだけ言ったのに、無視し続けた仕返しだ」

「ご用もなく、お邪魔する身分でもありませんので」

「ほーお。言うか。そういうこと言っちゃうか」


 レオは半目になって、穴が開くほど晶をにらんだ。


「じゃあ、召し抱える。俺に逆らうなよ」

「権力の乱用でしょ。お断りします」


 束縛する彼氏みたいなことを言い出すので、晶はため息をついた。この件はもうカタがついたと思っていたのに、レオの中ではそうたやすいことではないようだ。


「……おい、オットー、弟が勝手にうちの従業員を盗ろうとするんだが」

「すまないね、躾が悪くて」


 凪がようやく止めに入った。嫌味を言われて、レオの兄であり、現領主のオットーが馬車から降りてくる。


「あの方は!」

「ご領主様じゃ!」


 若く華やかな領主の出現で、広場が大騒ぎになった。娘たちだけでなく、おじさんやおじいさんたちまで彼を一目見ようと身を乗り出す。


「話には向かない雰囲気だね。乗ってくれ、屋敷へ行こう」


 オットーは慣れた様子で群衆に手を振ってから、馬車へ戻る。レオはまだ何か言いたげだったが、さすがに慕う兄には逆らわなかった。それで無事、晶たちも車中の人となった。


 やっと市街地を抜け、静かな貴族街に入る。そこでオットーが口を開いた。


「ナギ殿、大体調べはついた。しかし俺たちはあくまで地方貴族、他国の王族のこととなると情報も間違っているかもしれないぞ」


 晶は驚いて、目をしばたいた。事情を説明して協力してもらおうと思っていたのに、オットーは全てを承知している様子だ。


「……お前な。晶の前で言うなよ」


 凪が珍しく弱っている。全てを察した晶は、愉快になってきて彼の横腹をつついた。


「あの子は死ぬ、だっけ? 格好付けてたけど、全然諦めてなかったんだ」

「うるさい。子供を見殺しにするのは、俺だって気分が良くないわい」


 凪はそう言い捨て、完全に外を向いてしまった。良いことをしているのだから、恥ずかしがらなくてもいいと思うのだが……雇い主にはこういう変なクセがある。


「なあ、晶。今も馬の訓練はしているか?」


 しばらくすると、オットーと凪が小声で話し出す。暇なのか、レオが晶にちょっかいをかけてきた。


「いえ、全然……」


 晶が口を濁すと、レオは不審そうな顔をした。


「もしかして、馬車にばかり乗っているのか。いざという時、山の一つも越えられなくてどうする」

「ごもっともですね……こっちでは……」


 現代日本で活用しようがないアドバイスだ。晶は目を泳がせながら、愛想笑いをするしかなかった。


「テンゲルに行っていたんだろう? あそこで訓練方法を習わなかったのかい」


 横から話を終えたオットーが余計なことを言う。


「あそこは馬に乗るとき、手綱なしなんですよ。僕程度の腕では、訓練にさえ追いつけませんでした」


 晶は笑いながら言ったが、途中で不意に押し黙った。オットーとレオが、険しい顔をしていることに気がついたからだ。


「……それはそれは。何度戦で兵を殺しても、国が死なないわけだ。うちは、厄介な隣人を持ってしまった。ルゼブルクを取ったものだから、完全に調子に乗っている」

「侵略者どもめ。本当にこっちに来たら、タダじゃおかないからな」


 兄弟そろって、テンゲルへの怒りをあらわにする。普段温厚な彼らが様変わりするのを見て、晶は重苦しい気分になった。テンゲルで、気持ちのいい人たちとたくさん出会ってきたからだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る