第84話 堂々としたズル

「だから、言葉を聞けばどこの出身かくらいは分かる。そこでよく使われてる薬もな」


 本業に直結しているので、そういう情報には特に敏感なのだとなぎは言った。


「どうせお前たちは、王太子の病気を治そうなんて思っちゃいない。できるだけ王妃から細く長く搾り取るのが最高だ。だったら、まず使うのは眠り薬か強力な痛み止め。それで液状となれば、候補は限られてくるわな。カマかけてみれば見事にひっかかりやがって」


 凪は唾を飛ばしながら笑った。


「で、これからどーする?」

「どうするって……ぐえっ」


 もがく男を、凪がさらに高くつり上げた。


「お前らの手品の種はバレちまった。証拠も俺が握ってる。金を出した奇跡に効果がないと王妃が知ったら、王宮から無事に出られるかねえ」


 男の顔が青くなり、やがて紫になっていく。


「バラす気か」

「これ以外に画期的な方法をまだ隠し持ってるってなら、聞かせろ。そうじゃなかったら、バラす」


 男の顔色は戻らない。代替案などないのは、それで分かった。


「……よし、分かった分かった。行方不明の後に死体が浮くか、処刑されるかどっちのコースになるかな」

「だ、黙っててくれるなら分け前をやる……いえ、さしあげます」


 もはや呪術師たちは、凪の下僕のようだった。


「んー?」

「半分……いや、あなたたちが六割とっても……」

「えー、困ったなー。どーしよー」


 完全に凪は興味を示すふりをして遊んでいる。頼むから、中年男が体をくねらせるのはやめてくれ。


「凪、仕事して」

「うるせえな、分かってるよ。詐欺師共、喜べ。俺たちの目当ては金じゃねえ」


 凪が告げると、男たちは目を白黒させる。


「今度治療に行くときに、俺たちも一緒に連れて行け。実績がある相手からの紹介なら、王妃も喜んで会うはずだ。後はこっちがなんとかする」

「……危険なことはしないでしょうね?」

「お前らの飯の種に害は与えないし、怪しげな薬のことも黙っててやる──そっちが協力してくれればな」


 凪がうっすら微笑むと、話を聞いていた男たちがすくみあがった。それからしばらく、悪い大人が下僕に対してあれこれ尋問を行う。


「次に行くのはいつだ?」

「明日……昼の鐘が鳴ったら」

「よし、じゃあ中央広場で待ち合わせだ。来なかったら、地獄の果てまで追いかけて代償を払わせてやるからな」


 凪が念押しして、ようやく男たちを解放する。彼らは一切振り向かず、その場を逃げ出した。


「全く。派手にやってくれましたね」


 笑いをかみ殺しているラクリマが、椅子を片付け始める。


「うるさい、不良執事。人死にを出さなかったんだから褒めてくれよ……ちなみに賭けは?」

「負けましたよ。ギャンブルとはそういうものでしょう?」


 あきらたちも全く参っていない彼にならって片付けをし、なんとか場は元の姿に戻った。しかし怯えた客たちはぴったりと口をつぐみ、黙々とグラスをあけている。


「おい、これ。迷惑料だ」


 凪は店員に、銀貨袋を握らせる。


「常連がいなくなった穴埋めにはならんがな。王妃から報酬をもらったら、追加で払うよ」

「いや……これだけで。あの人たちが来ると、嫌な雰囲気になるんです。元々大儲けしたかったわけでもないし、良かった。みんなももう少し経てば、いつもの調子に戻るでしょう」


 店側にそう言ってもらえると、晶も気が楽になる。とりあえず、オーロを救う薬を作るための第一歩は踏み出せたのだ。


 店員の言う通り、徐々に客たちも自分の席に戻り、酒のおかわりを頼み始めた。


「しかし、さっき聞いた話じゃ──王室も大変なことになってるんだなあ」

「けっ、酒を取り上げるような奴らがどうなったって知ったことか。天罰だ」

「先王よりひどいことにならなきゃいいが」

「考えても仕方ねえだろ、飲もうぜ」


 会話が交わされる中、すっかり上機嫌になった凪は高レートの賭けをして、かなり銀貨を失っていた。


「……お前ら、先に帰ってろ」


 そういう雇い主の顔を見て、晶はまた気が重くなってきた。




 翌日の朝。晶と凪はインヴェルノ伯の家で、面会時の段取りについて話をしていた。


「まずは王妃だ。彼女も、最初は俺のことを値踏みしてくるだろう」


 凪は意気込んで言った。


「紹介だし、間違いはないと思うが、念のため全部俺が喋る。お前は、黙ってじっとしてろ」


 晶はうなずく。すると凪は、荷物の中からなにやらものものしいケースを取り出してきたた。カタリナが見たら眉をひそめそうである。


「それ何?」

「昨日の夜、あっちから色々持ってきた。初穂はつほにまた借りが増えたぞ」


 そういえば、昨日帰る時、凪だけ別行動をしていた。あれはギャンブルにはまっただけでなく、こういう意図もあったのか。


 ケースの中には、未使用の注射器と保冷剤が入っていた。晶はそれを見ているだけで、なんだか身震いがしてくる。


 凪は注射器が割れていないか確かめ、懐にしまった。


「目的は、これに患者の血液をとること。あとは現代科学が頑張る」

「ものすごく堂々としたズルだね……」

「文明は利用するためにある」


 凪は気にもとめず、次へ進んだ。

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