第83話 賭場トル
男たちはこれみよがしに金貨を見せびらかした。わんわんと声が室内にこだまする。……これが、さっき
成功は自慢したいし、王妃をこきおろしたいが、それが身分の高い人の耳に入っては困るということは分かる。だからここでひけらかすのだ。
「良かった、聞いていた通りです。よくご存じの方に会えて良かった」
凪は内心をうまく隠して、親しげに笑う。持ち上げられた男たちは面白そうに、先を続けた。
「しかし馬のお兄ちゃん。それでも王妃から金をもらうとなれば、症状の改善が必要だ。お前の秘策はそれができるようなブツか?」
「先祖代々、伝わる薬草があります。まだ生成方法がうまく見つからないのですが、成功すればきっと王太子の苦しみも取り除いてくれるはず。財産が出来れば、父も母も喜びます」
凪が懐から、乾燥した葉っぱを取り出した。男たちはそれを見るなり、大声で笑い出す。
「な、なにか」
動揺して立とうとする凪の肩を、なだめるように男が押し戻す。
「確かにそれは薬草だが、ちょっとした傷を治す程度のもんだ。重い病には効かねえよ。王妃に会う前で良かったな」
「え……」
凪はそれを聞いて、ぴたりと動きを止めた。驚いたことに、目に涙まで浮かべている。……どこぞに目薬でも隠しているな。
「泣くな泣くな。田舎の出か? まあ、無知はこれから学んでいけばいいこった」
「……己の未熟さが悔しくて。先輩方は、どんなものを持って行ってるんですか?」
凪は、わざとらしく顔を両手で覆った。
「よく聞いてくれた。特別なやつだぜ」
ますます陽気になった男たちが近付いてきて、液体の入った小瓶を出す。
「これが一滴が金貨一枚にも匹敵する、伝説の聖水よ。痛みに苦しむ王太子が、一回の服用で穏やかに休まれた」
「休めば病は治る、世の中の常識だな。王妃も息子がようやく眠ったと、涙ながらに礼を言われた」
「おかげで俺たちは王妃のお気に入り。毎回お呼びがかかるのさ。間もなく、離宮に住んでくれって言われるかもな」
「くすねようなんて思うなよ」
「誰が思うか、ボケ。……その水の正体、当ててやろうか。ボローの樹液だろ」
凪がついに、本来の姿に戻った。いきなり飛んできた冷たい声に、男たちが目を白黒させる。
「何だと、お」
前、まで言われるより先に、凪の手が伸びる。無防備な男から、あっという間に小瓶を奪い取った。
そして至近距離まで下がっていた相手の顎に、思い切り頭突きをかます。くらった男は昏倒し、後ろ向きに倒れた。大きな体が倒れて地震のような衝撃が走り、客があわてて自分のグラスを手に取る。
晶も師匠にならって同じように頭突きする。これで至近距離の敵が二人減った。
晶たちが立ち上がるのを、呪術師たちは怒りに満ちた鋭い目で見つめる。
「くそ、とんでもない猫かぶってやがったな」
「お前らほどじゃない。誰もが知らない妙薬なんて、そうそうないって知ってるくせに……王妃を引っかけやがって」
店員と他の客が、呆然として立ちつくしている。残った呪術師たちは服の下にこっそり持っていたナイフを出し、彼らに向かってすごんだ。
「お客さん、そんな危険なものは──」
「うるせえ、てめえを先に刺してやろうか!」
「おい、他の客ども! 助けを呼ぼうなんて考えるんじゃねえぞ。衛兵にバレたら、てめえら全員牢獄行きだからな」
「ひっ!!」
怯えた声があがった。残った呪術師たち……総勢四名は、血走った目を凪に向ける。
「……なーんでお前ら、そんなに殺気立ってんのかねえ。ボクちゃん、薬の名前を言い当てられたのがそんなに悔しかった?」
「うるせえっ」
顔を真っ赤にした男たちが、つっこんでくる。まっすぐに。いやはや、彼らはすがすがしいほどに凪しか見ていなかった。
だから、他にまだ一味がいるなんて考えない。ラクリマが鮮やかすぎるフォームで横手から滑らせてきた椅子に気付くはずがない。
「ぎゃっ!」
瞬きするほどの間に、形勢は逆転した。
まず一人が椅子に脛を強打して倒れ、後の三人もそいつに巻き込まれて転ぶ。それでも転んだ男たちは四人とも、鼻血を出しながら、よろよろと起き上がった。
「晶」
「分かってる!」
晶と凪は動いた。凪が正面の敵を引きつけている間に、後ろに回り込んだ晶が背中から椅子の投擲をあびせる。
「後ろにご注意ください、ってね!」
これで半分が戦闘不能になった。椅子をくらうまいと振り返った残りの二人は、落ちていたナイフをちゃっかり拾った凪に柄で殴り倒される。
「やった!」
最後の一人が倒れた瞬間、晶は快哉を叫んだ。
「よしよし」
完全に敵は戦意を失った。ここで凪が、さっき薬を出した男の胸ぐらをねじ上げる。
「い、いったい何者なんだ、お前ら!?」
「お前らなんかに言うか。うぶな若者だと思ったか? 俺はお前らの万倍、あちこち動き回って知恵がついてるんだよ」
確かに。そのせいで店にほとんどおらず、苦労するのは晶なのだが。
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