第82話 賭場で遊んでみよう
「風紀を乱す──ということで、城下の店で酒が提供できなくなったのです」
「それなら料理でなんとかすればいいんじゃない? ここのチャーハン、美味しかったよ」
「……と、とんでもない」
「
「……その通りです」
鼻を鳴らす
売り上げの柱を失った店、生きていく手段を失った職人。街から逃げ出したり、自殺する者も続出したが、王は頑として意見を変えなかった。
「酒で人生を失った、墓場に行った者は、その何倍にもなると」
「まあ、正論ではある」
「食っていけなくなった者にしてみれば、災難以外の何物でもないです。かといって正面から王に楯突くわけにはいかない。それで、人目を忍んで酒場と賭場を始めたのです。もっぱら酒を飲みたい者だけが集まるので、賭けはおまけのようなものですが」
ラクリマはため息をついた。
「しかしここのところ、妙に金回りのいい男たちが増えた。それが貴方の言う呪術師でしょう。あんなに資金があるのならもっと高級な賭場に行けばいいのに、何故か頑なにそれを拒む」
怪訝そうに言うラクリマに、凪が視線を向けた。
「あー、その理由なら俺が知ってる。あいつらには行けない理由があるんだ」
階段が途切れた。少し先から明りが漏れ、はっきりした人の声が聞こえてくる。カチャカチャと硬質なものの音がするのは、盃の音か金貨の音か。
「くれぐれも、お気をつけて。中では知らないフリをしますので」
「了解。帰る時に、また会おう」
ラクリマはすぐに明りの中へ飛びこんでいった。
「よし、俺たちも行くぞ。勝手に離れるなよ」
「うん」
晶は進む。そしてその先に、意外なものを見た。
賭場といえば、金の壁に鮮やかな照明、赤絨毯。派手な内装の室内には様々なテーブルがあって、客は好きなところでディーラーとの勝負を楽しむ。そしてかわいらしいお姉さんがカクテルやなんか配っている。
そういう固定観念があった晶は、室内を見て唖然とした。壁はごつごつした岩肌むき出しで、床は木張り。絨毯どころか、ところどころにつまみの食べかすが落ちていて、凪の自室めいていた。
一段高いところに作ってある賭け用のテーブルの椅子には、まったく客がいない。だから、テーブルについている従業員の顔にはやる気が無い。しかしラクリマが進み出ると、わかりやすく彼らの瞳が輝いた。あれはカモを見る目だ。
他の客たちはギャンブルより、岩肌に添って作られたカウンター席でワインのような紫色の酒を飲むのに夢中だった。カウンターの椅子にだけちゃんとクッションがあるから、長居する奴も多いのだろう。一応飲み過ぎるなよというつもりなのか、カウンターの上に神様らしき像はあるが、その像が壁際を向かされているのが皮肉がきいている。
ほぼ酒場と化した賭場の中で、一際酒杯をあおる男たちがいた。彼らは執拗に酒を要求し、店の床にうずくまったり、他の客にくだを巻いている。さほど誰も鍛えてはいなさそうだが、とにかく群れていて数が多い。
店員も訝しく思っているようだが、彼らの機嫌を損ねないよう気を遣っている。そのおかげで、大きなトラブルは起きていなかった。
晶は似顔絵を確認する。だいぶ嫌らしい笑みを浮かべているが、基本的なパーツは変わっていなかった。
「あれ、凪。あの人じゃない? 似顔絵の術士って」
晶が騒ぐ男の一人を指さすと、凪は笑った。
「……ああ。晶。向こうから声をかけてくるまで動くなよ」
そう言って、凪はおもむろにテーブルに座り、難しそうな本を読み始めた。表紙に複雑な魔方陣が描いてある。
「おい、そこの馬。お前も呪術師か?」
晶が我慢しながらそれを見ていると、似顔絵の男たちが、凪を見つけた。
凪の口が一瞬笑う。しかし彼は、少年っぽいおどおどした様子で返事をした。
「はい。でもまだ、僕たちは駆け出しで。本を買うお金が欲しくて賭けをしたんですが……負けてしまったので、手持ちを読んでるんです」
「兄ちゃん、名前は?」
「私は馬です。こっちは羊」
凪はブローチを見せながら言う。男たちは馴れ馴れしい口調のまま、凪と晶を囲む。
「馬よ。お前、王妃のところへ行くつもりなのか?」
「どうして分かったんですか。僕たち、そのための薬を作ろうと努力しているんです」
凪が目を見開くと、男たちが下卑た笑い声をあげる。
「そりゃな。有名だから」
「ここの王妃様は、新しい治療法があるって言えば、下々の者でも謁見させてくれるからな」
「治せなくても王子の症状が軽減すれば、報酬もすごい。ずっとお呼びがかかる。おかげで金が余って仕方ねえ」
「治ったわけでもねえのにな。馬鹿な親だ」
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