第78話 最初の一歩は小さくて
「王様に投獄されたのが、そんなに嫌だった?」
「投獄自体は、こっちじゃよくあることだ。俺は、あの野郎そのものが気にくわない」
「あれほど評判の良い方が合わないと。あなたも、ひねくれていますね」
茶のおかわりを注ぎながら、ラクリマが言う。
「あなた『も』?」
「ははは。安心なさってください、私も裏がありそうな匂いがすると思っていますよ。同類は分かるという奴ですな」
「……実は僕も、嫌な感じがした。最初は、ずっと国を守ってきた賢い王様だと思ってだんだけど」
最後に見た王の横顔は、脆く危うく見えた。それはやはり、あの一言を聞いてしまったからだろうか。
「ねえ、オーロって王様の実子じゃないの?」
「まさか。王の子、しかも第一子の出生の時に、どれだけの人間が側について大騒ぎすると思ってるんだ。すり替えなんてまず無理だぞ。それともお前、なにかそう思う理由があるのか?」
「なんだ、オーロを物のように言って」
怒るセータの横で、ラクリマが静かに口を開く。
「そんなことが実際に行われていれば面白──いえ驚きですが、入れ替えの可能性は低いでしょう。王のあの特徴的な緋色の瞳は見られましたか?」
「はい」
「王子にもそれが伝わっています。余所の子を連れてきたところで、並みの人間でああは似ますまい。秘密にするのは無理でしょう」
晶は思い出してはっとした。確かに、あの瞳は印象的だった。カラーコンタクトもない世界では、とてもごまかせないだろう。
「しかしそれでも、不自然な物言いには違いありません。ナギ殿は、どう思われます?」
「……凪?」
凪は実に、楽しそうに笑っていた。彼の長い指が、人形を操るように机の上で踊っている。さっきの子供のような態度とは明らかに違う。
「晶」
笑いが一旦落ち着くと、凪が口を開く。
「その子供、診察してもいい」
「本当?」
凪が何か腹に抱えているのは間違いない。しかし、横にいるセータが嬉しそうにしているのを見てしまい、結局晶は何も言えなかった。
「じゃあ、王に連絡を」
「それなら、うちの父からしてもらおう。手柄になるから、親父も喜ぶ」
「待て。俺は一度牢から逃げた。俺に対する王の感情は最悪のはずだ。チャンスは一回しかないと言ってもいい。少なくとも、病気の原因くらいはハッキリさせて行かないと、その場で首を斬られて、首桶に入れられて終わりだ」
晶はその難しさを考えて、顔を歪めた。
「できるの?」
「できてたまるか。現役の医者だって誤診はあるんだぞ」
晶は短く悲鳴をあげた。
「ダメじゃない」
「お前は頭が硬い。運に任せるんじゃなく、もっとずるく考えろ」
凪は猫のように笑いながら、顔を近づけてくる。
「ズルって……」
「王の前では失敗できない。だから、それより先に患者に接触して情報を集める」
凪は自分で言っていることに満足している様子で、さらに声をひそめた。
「血液がとれれば一番いい。俺たちの世界に持ち帰って分析すれば、病気の原因は数日もあれば分かると思う。……血球なんかが俺らと同じような組成してりゃ、の話だが。どうしてもダメなら地図で高飛びだ」
「カタリナが怒らない?」
晶はまだ凪の言うことを信じる気にはなれず、唇を突き出して反意を示した。
「『持ち出す』分にはあいつはうるさく言わねえよ。そこら辺はわきまえてる、うまくやるさ」
「内緒話をされているところ、申し訳ありませんが」
ラクリマが割り込んできた。低く笑っていた凪が黙り込む。
「正式な紹介も最後までしないとなると……セータ様について壁登りでもなさいますか?」
凪はそう問われて自慢げに顎をそらした。
「いいや。大人ってのはもっと賢いもんだ。ラクリマ、今晩付き合え」
「おや、積極的ですね」
軽口に構わず、凪は先を続けた。
「あと、この屋敷の中で一番絵が上手い奴を呼んでくれ」
「絵?」
程なくして、若い男性がやってきた。凪が何か依頼すると、彼はなんでもなさそうにさらさらと何か描く。
何度か凪のチェックを受けて絵が完成すると、凪は晶の方へそれを押しやった。柔らかい鉛筆のような筆記具で、顎が四角くて長い男の顔が描いてある。
「この街に来たとき、しつこく俺に絡んできた『呪術師』様だ。何人かで組んで、王妃に会いに行くと言っていた。王子の診察に噛んでる可能性は高い」
「それはそうかもしれないけど……」
「そいつらを明日探し出して、次の診察に同行させてもらう。俺がしゃしゃり出たら、王妃だっていい感じがしないだろうからな」
「確かにその方がいいだろうけど、顔はどうするのさ。こんな風に人相書きが回ってるよ、きっと」
「布でも巻いて誤魔化すさ」
「そんな簡単にいくかねえ……」
確実に手に入るまでは悲観的になりがちな晶は、呆れながら絵を懐にしまった。
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