第72話 運命は気まぐれに

 あきらをにらむのは、所々に刺繍の入った美しい服をまとった少年。──それは、晶が探していた相手だった。だから最初はひどくびっくりして、まじまじと相手を見つめてしまう。


 オレンジ色の髪にまだすんなりとした腕と足、背丈は晶より少し低い。良い物を食べているのか、頬の血色もよく艶々している。少年が路地に立っていると、あまりに似合わなくてさながら合成のようだった。


 彼は革製のリュックのような袋を背負い、右手には短剣を握っている。飾りは金・銀・宝石と豪華だが、晶は一目でなまくらと分かった。本物の剣なら重いため、子供が片手で持つことはできないからだ。


「同じ剣使いだろう。返事くらいしろ」


 少年を観察していたら、向こうから思い切りにらまれた。


「でも君のは、儀礼用の剣でしょ」

「よく分かったな。ぼーっとした面のくせに」


 晶が皮肉を言うと、少年はトゲトゲした声を返してきた。


「そんな高そうなもの持ってたら、危ないよ。人さらいに遭うよ」

「だから人を選んで話している。お前の身なりなら、俺を誘拐するほど困窮してはなかろう」


 晶は呆れていたが、少年は尊大なままだ。そしてさらにこう聞いてきた。


「……聞きたいことがある。商人を探してるんだが、露天街はどこだ?」


 あっち、と言いかけて晶はやめた。身なりのいい少年の後ろから、さっきお釣りを誤魔化されていた三人組が出てきたのだ。だとしたら、探しているのは──


「おい、答えろよ」

「その必要は無いって」

「子供だからって、馬鹿にするなよ」


 少年がむくれる。晶はだってねえ、と力を抜いた調子で続けた。


「もうないよ、その店」

「えっ」

「信じられないなら、僕についてきなよ。もう店がなくなってるところが見られる。代わりに衛兵がいっぱいいるよ」

「なら金はどうなるんだ!」

「お釣りならここにあるよ」


 リーダー格の少年が、中を改める。彼の表情が和らぎ、かすかな微笑みを浮かべた。


「……まさか、大人とやり合って取り戻してきたのか?」

「変な用心棒はいたけどね。不意打ちでなんとかなった。自分より大きい相手でも、首元とか目とか股間を狙えば隙が出来るよ」


 晶が何が起こったのかを教えてやると、少年たちの目が輝く。


「へえ……」

「やってみたいなあ」

「お前ら、お互いにやるなよ。ろくなことにならんから」


 晶の言葉を聞いてざわつく子供たちに、リーダーが釘を刺した。そして晶に近づき、自分から手を差し出す。


「助かった。実はどう交渉しようか、迷っていたんだ。こいつらに行ってもらうつもりだったんだが、ちゃんと俺の言うように答えられるか分からないし」

「果物を買うように頼んだのは、君なの?」

「ああ。俺がうろうろしてたら、すぐ怪しまれるからな」


 市場で買い物するのが珍しく、推奨されない者──やはりこの少年、いいところの出である。


「でも、君の家なら召使いが普通にいるよね。その人に頼んじゃダメなのかな。そんなにお腹がすいてたの?」


 晶は頭に浮かんだ疑問を口にした。それを聞いたリーダーの少年は、激しく頭を横に振る。


「ダメだ。奴らが親父に告げ口したら、洒落にならない。知ったら親父は怒り狂って、いつも同じ事を言う──」

「「「オーロには近づくな」」」


 リーダーが息を吸うのと同時に、子供たちが先回りして言う。


「人の台詞を取るな」


 リーダーとは反対に、少年たちは満足げだった。


「だって、セータが何回も同じ事言うんだもん」

「うるさいな。……とにかく、俺はセータだ。お前は?」

「アキラだよ」

「変な名前だな。どこの出身だ?」

「すごく東の、小さな島の出なんだ。聞いてもわからないと思うよ」


 晶はこちらの世界でよく使う方便を言った。案の定、セータは聞き返してこなかった。


「オーロってどんな子? どうして君のお父さんは、近付くなって言うの?」


 父親が心配するくらいなら、よほどの問題児なのだろうか。そう思って晶は聞いた。


「内緒だぜ。この国の王子なんだ」

「病気だから、今は王宮じゃなくて母君の離宮にいるけどな」


 晶は、自分の頬が引きつるのを感じた。彼が会いに行こうとしていたのは、この国の王子。ならば当然、父親は凪を無実の罪で捕らえた国王であるはずだ。あの暗い牢の映像が、脳裏に蘇る。


 まずい。このままではまずい。善意であったとしても、勝手な真似をした者を王は許さないだろう。この子が何者かは知らないが、なんとか助けなければ。


「セータはずっと通ってるんだ。口は悪いけど、いい奴なんだぜこいつ」

「ちっ……」


 顔を真っ赤にするセータに向かって、晶は言った。


「君はそのオーロが好きなんだね。でも、窓から勝手に侵入するのはよくないよ」


 煉瓦造りの離宮。外壁のわずかなくぼみに手足をひっかけ、二階まで登るセータの姿に晶は度肝を抜かれた。だから、ここまで追いかけてきたのだ。


「だから今日、俺に話しかけてきたのか。ご丁寧に注意するために」


 セータは強い口調で言い返してきた。


「まあ、そういうこと。友達を助けたのは、本当にたまたまだけど──君のことは気になって、探してたんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る