第71話 悪は成敗されるもの

「あんた!」


 店主が奥に向かって叫ぶと、頬に傷のある大男が出てきた。あきらより頭ひとつ高い、いかにも粗野な顔立ちの男は、晶の顔をのぞきこむ。


「……坊主。どこの誰だか知らんが、大人の商売に口出しするもんじゃねえぞ」


 男は晶を威圧してくる。これ見よがしに地面に唾を吐き、怒りを露わにしてきた。


「腕の一本でも折ってやりな。お貴族様の子供ってわけじゃなさそうだからね」


 店主もすっかり安心して、しきりに男をはやしたてる。


 しかしなぎやテンゲルの傭兵、その本物の威嚇を腐るほど見て、彼らから剣を習っていた晶は、たいしたことないなあ……と思っただけだった。黙って剣を抜く。相手が笑っているうちにじりじりと足を動かし、駆け出せる体勢をとる。


 男が一瞬視線をそらした隙に、晶は素早く走り寄る。そのままかがんで、股間に力一杯の蹴りを入れた。男は晶の剣ばかり見ていたため、驚くほど綺麗に決まる。


「おごっ……」


 悲鳴もあげられず崩れ落ちた男を見下ろしながら、晶は言った。


「この程度で大人のつもりなの?」


 周りの客がざわつき出した。晶にいいようにあしらわれ、惨めにうずくまる用心棒を、嘲笑する声も聞こえてくる。


 後ろ指をさされ始めた露天商は悔しげに唇をかんだが、すぐに後ずさり、テントをたたんで引き上げていった。後には邪魔な大男だけが残される。


「あれ、こいつどうしよう……まだ動いてるし」


 晶が困っていると、周りの商人たちがにぎやかに話しかけてきた。


「お兄ちゃん、放っときな。もうすぐ衛兵が来るから。そうしたら全部、そいつらに任せればいい」

「あ、ありがとうございます」


 晶がぺこぺこ頭を下げると、周囲から笑い声があがった。


「そうしてると子供に見えるな」

「うちの若いのが、すぐ衛兵の詰め所まで走ったのになあ。兄ちゃん、あっという間に戦って片付けちまうんだから」

「すみません」


 ずいぶん派手な立ち回りをしてしまった。ここにいてはまずいのではないか。晶がいまさらそう言うと、店主たちがまた大笑いした。


「いいんだよ。みんなすっとしたから。なあ」


 彼が呼びかけると、周りの商人たちもうなずく。


「そうそう、あいつら勝手に割り込んできてよ」

「俺の荷物を崩しても、そんなところに置いたお前が悪いの一点張りだぜ。あんな態度の悪い奴、初めてだ」

「あんたはまだいいよ。あっちの爺さんなんて、噛みついたから商品壊されちまった。子連れで遠くから来たのに、気の毒な」


 皆が愚痴を言い始めた時、衛兵がばたばたと到着し、ことの次第を聞かれた。皆がかばってくれたため、晶は厳重注意だけで放免される。あまりしたくない経験ではあったが、軽く済んでよかった。


「……坊主」


 すると、よく日に焼けた老人から呼び止められた。


「この町の人間か?」

「いえ」

「旅するなら、焚き付けがいるだろう。まだ新しい木だからすぐには使えんが、好きなだけ持って行け。代はいらん」


 言われるまで気づかなかったが、彼が指さす先には、踏みつぶされた木工人形が並んでいる。この人が、さっきの話に出てきた「爺さん」なのだろう。


「はい。助かります」


 晶は持てるだけ人形を持つ。新しい木材のいい匂いがした。しばしそれをくんくん嗅いでいると、老人の横にいた小さな女の子がついてきた。


 晶が少し離れた交差点まで歩いたところで、その子が言う。


「お兄ちゃん、そんなに持っていくの? 重いでしょ」

「……まあ、時と場合による」

「じいちゃんに気を遣ってくれたのは嬉しいけど、少しにしときなよ。貴重品だと思われて襲われたら、割に合わないでしょ」


 年の割にしっかりした子だ、と晶は苦笑いする。


「いいよ、それこっちに戻して。後で私がこっそり捨てとくから」

「じゃあ、お言葉に甘える。でも、かわりにこれを受け取って」


 晶はしゃがんだ。財布に手をつっこんで、女の子の手に金貨を握らせる。前にクロエにもらったものだ。あらかた凪が換金してしまった残りで、余っているのでちょうどいい。


 しかし少女は、怪訝そうに眉をひそめるだけだった。


「なにこれ? 玩具なの」

「あ」


 晶は愕然とした。庶民の取引の中心は銀貨・銅貨で、流通量の少ない金貨は富裕層以外には喜ばれない。使う機会が無いし、盗んだのだと怪しまれることもあるからだ。晶は、慌てて銀貨の入った袋に直した。これは知っているのか、女の子が全身を強張らせた。


「代金」

「壊れたものでお金なんてもらえないわよ。しかも、そんなに」


 急にあたふたし始める少女がかわいくて、晶は笑った。


「いいよ。美味しい物でも食べて帰ったら」


 女の子は少し迷っていたが、おもむろに銀貨の袋をつかむ。


「……お兄ちゃん、ありがとう」


 女の子は袋を落とすまいと、一目散に祖父のところへ走っていった。


「さて」


 晶が今度こそ立ち上がった時、横手から声がした。


「おい。そこの長剣を持った奴」


 運命とはおかしなものだ。探してやっと見つかることもあれば、向こうから目当てが来てくれることも、まれにある。

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