第55話 固定資産はおいしいか

 なぎは自分の世界の歴史を思い出す。かつて他国を駆けめぐった騎馬民族も、征服した街にいつまでもかまってなどいなかった。定住民と騎馬民族は徹底的に水が合わないのだ。


 凪はこの場での説得をあきらめた。あきらや黒猫がいれば、また違う案が浮かぶかもしれない。


「そうかい。確かにあんたは草原にいるほうが似合ってるよ」

「貴様も、狭い檻では満足できない人種に見えるがな。どうだ、嫁をもらってうちで暮らさんか。それだけ馬に乗れる奴が来れば、みんな喜ぶ」

「退屈が嫌いなのは間違いない。だが、今は子供を一人拾っちまってな。飽きる暇がない」


 元々、晶は辰巳たつみへの恩返しのためだけに雇ったようなもので、まともに働くとは思っていなかった。しかし、晶は予想に反してどんどん凪の教えたことを吸収していく。


 子供の成長を見ていると、その果てのなさに驚くことばかりだった。かつて凪は、結婚したり子持ちになる連中のことを半笑いで見ていたが、最近は彼らの気持ちも少しわかる気がする。


「ならあきらめるか。ここはもういいから、坊主を迎えに行ってやれ」

「あ? この近くにいるんじゃないのかよ」


 顔をしかめる凪に向かって、頭が説明を始めた。


「小僧はあまりにも馬に慣れてなかったんでな。歩兵の方へ回したんだ」

「うわ、山歩きかよ」


 凪は心から晶に同情した。馬に乗っている方が、徒歩より何十倍も楽である。


「うちの子供たちなら、あれくらいの山道は軽く歩くがな。念のため、様子を見てくるといい」

「へいへい。たまにゃ雇い主らしいことをしますかね」


 凪はつぶやきながら、馬の胴体にゆっくり足をつけた。馬は素直に、方向を変える。血塗れの大地を背にして、凪は駆けだした。




☆☆☆



「しぬかとおもった」


 颯爽と馬に乗って、凪が目の前に現れた。見慣れた大人に対して、晶は今までため込んでいた愚痴を一気にこぼす。


「災難だったが、貴重な経験だったろ」

「もう二度と嫌だよ!!」


 周りの兵士たちはそろって軽装で、何の苦もなく山を登っていく。しかし晶は、彼らの後をついていくだけで精一杯だった。結局、なにがなにやらわからないうちに戦が終わっていたのである。


「今日……僕がここにいた意味って……」


 晶が肩を落としていると、凪が雑に頭をなでてきた。


「ガキにしちゃよくやってる方だ。それに、お前は頭使う方が得意だろ」


 まあそうか、と晶は汗をふきながら思った。十六年しか生きていない自分が、何もかも凪と同じようにうまくいくわけがない。自分のできることで役に立てばいいのだ。


 気を取り直した晶は、凪と並んで街の門まで戻ってきた。街の中では、所々で煙が上がり、焦げ臭い臭いがただよってくる。全面的に火を放たれてはいないが、小競り合いは起きているようだ。


 寺の前の広場では、すでにテンゲルの部隊長たちが今後の話し合いを始めていた。


 大体の話はこうだ。職人やある程度の教養を持つものは財産として連れて帰り、集落で働かせる。金目のものは全て没収し、諸国に売る物とテンゲルへの土産物にわける。


 ここまでは、わかる話であった。しかし、残った一般市民や農民たちに対しては、ぎょっとするような意見が次々飛び出す。


「よくもまあ、狭い所にこんなにいるものだ」

「切り刻んで埋めてしまえば、少しはすっきりするだろう」

「こら、それでは切る手間がかかるぞ」

「かと言って、射ても同じぞ。矢がもったいないわ」

「やはりどこかに閉じ込めて、火を放つのが一番良かろう。後は勝手に死んでおるわ」

「領主館は……なに、頭の命令でダメと? 適当なところはないのか」


 どんどん話が皆殺しの方向へ進んでいく。彼らにとって、今まで散々自分らをこき使ってきた連中の命など、紙より軽いのだろう。


(しかしそれにしたって……極端だよ)


 晶は頭をかいた。もう貴族もいない。けじめをつけるにしたって、これ以上はやり過ぎだ。


 ただ、これが単なる個人的感情だということも分かっている。虐殺を止めるためには、消えぬ恨み辛みを持っている部隊長たちを説得できる〝何か〟がなければならない。


 晶はじっと機会をうかがいながら、部隊長たちの話し合いを見守る。やがて覚悟を決め、そろそろと彼らに近づいていった。


 その時、凪が無言で背中を押してくれる。さらに進むと、ブテーフとハワルが見えてきた。二人とも、晶を見てしっかりとうなずく。


 ついに、晶は手を伸ばせば部隊長たちに触れられるところまで来た。周りの男たちから、冷たい視線が飛んでくる。


 背筋を伸ばす。すると、処遇を待っているルゼブルクの民が目に入った。この中にテルーダや、あの親切な門番もいるかもしれない。


 気持ちは、決まった。


「お話が」


 晶が一言放った瞬間、全ての部隊長が振り向いた。どの人も戦いに明け暮れてきただけあり、すさまじい眼力だ。晶はつっかえつっかえ、話し出す。


「ここにいる人たち……みんな殺しちゃうんですか。その……きれいさっぱりと」

「ああ。生かしておいたところで、何もできはせん。それどころか、放っておけば我らに弓を引くだろう」


 晶は、そこに恐怖を見て取った。なんだかんだ言っても、農業をまともにやっていないテンゲル人は食料生産能力が低い。それゆえ彼らの数は少なく、異民族の統治経験はほぼない。あくまで敵は略奪の対象で、管理なんてやったことがないのだ。


 よって、彼らは何よりも〝自分たちがいなくなってから〟余計なことをされることを恐れているのだ。ならば皆殺しに、というわけだろう。部隊長たちは、恨みから抹殺を唱えているわけではない。……なら、なんとかなるかもしれない。


「うーん、でもそれで全部殺しちゃうのって、もったいなくないですか?」


 できるだけ波風がたたないように、晶はわざとバカっぽく言った。警戒されるより、なめられていた方が都合が良い。


「一体何がもったいないんだ。こいつらには、何の技能もないんだぞ」

「でも、ここの街ではちゃんと働いて、税も納めてきたんでしょう? だったら完全に役に立たないってことはないですよ」

「小僧、何が言いたい」


 部隊長たちの中でもひときわ目立って色が黒い男が、晶に向かって顎を突き出した。


「具体的に言うとですね、彼らの稼ぎの一割か二割を、こっちがもらえばいいんです。お金があれば、家畜だって武器だって買えますよ」


 晶は大きく手を広げ、さらにたたみかける。


「余った土地で農作物を育てさせてもいいですね。テンゲル本国が急な気候の変化にみまわれても、安定して食料が届きます」

「そんな約束を、こいつらが守るものか」

「わしらがいなくなったら、すぐにここから逃げ出すに決まっている」


 良いことずくめですよ、とアピールする晶に、部隊長たちがかみついた。さあ、ここからが肝だぞ。晶は心の中で、自分に言い聞かせた。

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