第48話 開け、とびら

「とりあえず、塔まで行かない?」


 あきらが言うと、なぎは舌打ちをした。


「儀式の当日、ぶっつけ本番になるが、仕方ないか……」


 引き上げだ、と凪に言われて、晶は床から身を起こした。痛む腰をさすりながら足を動かす。米粒も見逃すまいと力んでいた顔から、ふっと力が抜けた。


(あれ?)


 そのとき、晶の頭の中で警告音が鳴り響いた。明らかに、昨日来たときとは何かが違っている。晶は順番に、並ぶ扉を見ていった。ひとつ、ふたつ……。


「ああっ」


 その仕掛けに気づいた瞬間、晶は大声をあげてしまった。間髪入れずに駆け寄ってきた凪に、思い切り額をどつかれる。


「何やってんだっ」

「ごめん! でも二人とも来て」


 よろけるブテーフも引っ張り、晶は全員を一つの扉の前に集めた。


「あ?」

「これって……」


 まだ二人とも、晶の意図に気づいていない。不審そうに、前の扉を見つめている。


「行ったところで、一般信者の集まる広間に出るだけだぞ」

「今まで何回も見てきたじゃないか」


 ぼやく二人に向かって、頑として晶は主張した。


「違うよ。ここだけ横引き戸なんだ」

「言われてみればそうだな」

「だから何だい。出入り口だから、他と区別しているだけだろう」


 晶は反対を押し切って、扉を右へ引いてみた。かつて見たことのある、寺へ続く廊下が目の前に現れる。ほら変わらないだろ、閉めろ、と背後で声がした。


 しかし、晶は今度は反対側……右側に集まっている扉に手をかける。二枚の扉をまとめて、一気に左へ動かした。すると、その奥には、今まで見たことがない急な階段があったのだ。


「!」


 凪とブテーフが、そろって晶の肩をつかんだ。


「……まさか、とは」


 そう、わかってしまえば実に単純な仕組みである。晶たちは常に左側を使って通行していたが、貴人は右の通路を使って参拝していたのだ。


 とりあえず、廊下の見張りが帰ってくる前に、晶たちは隠し階段に入る。幅は狭く、一段一段が急だ。荒い息を吐きながら、ブテーフがつぶやく。


「考えたやつは……僕と同じくらい頭がいいね……単純だけど、わかりにくい……はあ」

「戦闘になっても便利だしな」


 凪も口を開いた。


「たとえば、敵に追われていて、この廊下に逃げ込んだとする。次はどうしたい?」

「そのままうろうろしていると見つかるから、こっちの階段へ逃げ込むかな」


 晶は頭の中で、敵の動きを考えながら回答する。


「そして、最後にはちゃんと扉を……閉めて……隠れる……ぜえ」

「いや、それは必要ない」


 だいぶ苦しそうな息をはきながら、ブテーフが締めくくる。しかし、凪はそれをあっさり否定した。晶は納得がいかず、凪に言い返す。


「閉めないと中が丸見えじゃない」


 晶の主張を聞いても、凪は表情を変えなかった。


「敵がこの廊下に入るためには、だろ」

「あっ」


 凪が言わんとすることが、ようやく晶にもわかった。ブテーフ一人がひどく傷ついた顔をして、晶の服をつかんでくる。


「一体どういうことか説明したまへ」

「こちらに入るには、扉を片側に寄せなきゃならないんです。寺の広間から開けられた場合、自然と扉は階段側に集まる。つまり、敵が勝手に階段を隠してくれるようになってるんです」

「敵が完全に廊下へ踏み込んだ時には、閉まった扉しか見えなくなってる。後は、うろたえる相手から逃げるもよし、不意をついて戦うもよし。全くこれを作った奴は大したもんだ。一度会ってみたい」


 皮肉屋の凪が、珍しく素直にほめている。明日は槍が降らないかしら、と晶がぼんやり思ったところで、階段の一番上までたどり着いた。


 長い廊下の途中に、鍵のかかっていない木戸がある。そこを通り過ぎると、道が二つに分かれている。一つは立派な鳥の模様が描かれた扉に通じ、もう一つは下りの階段になっている。


 晶たちは、先に立派な扉の方から調べることにした。幸い、鍵はかかっていない。

 室内は、八畳ほどの広さだろうか。実際は経文や祭具の鈴が置いてあるため、それより狭く感じる。正面に縦長の窓がある。そこはガラス張りになっていて、広間の像が見下ろせるようになっていた。


 その窓の真ん前に、立派な座布団が置いてある。人質の姫も、ここに座って祈りを捧げていたのだろうか。


「調べたが、ここには特に気になるものはないな。さっきの階段まで戻るか」


 凪の提案で、晶たちは来た道を引き返す。連れだって、下りの階段の先を目指した。しかしこちらはどこにも通じておらず、井戸が口をあけているだけである。


 晶は井戸に手をかけた。表面はつるつるしている。石を積んだのではなく、大きな岩を削ったのだろう。手が掛かったつくりだ。


「ここから水をくんでるのかな?」


 ようやく追いついてきたブテーフが、首をかしげる。


「どうだろうね。人が住んでるわけでもないから、そんなに必要ないと思うけど」


 そう言いながら晶がふと井戸を振り返ってみると、凪が井戸の中へ通じるロープにぶら下がっていた。


「……何やってんの?」


 晶があきれても、凪はそのままロープをつたって井戸の中へ消えていった。仕方がないのでしばらく休憩していると、井戸から声がする。


「おい、この井戸、通路になってるぞ。早く来い」

「ほんと!?」


 晶は立ち上がって、さっきの凪と同じようにロープをつかんだ。一気に滑ると手を痛めるので、石壁に足をひっかけながら底を目指す。よく見ると壁に規則的なくぼみがあり、降りる人間を補助する仕組みになっていた。


 ようやく足が地面についてほっとしていると、ブテーフが落下してきた。彼はしたたかに尻を打ってうめいている。


「ぐむむ……」

「全く」


 凪があきれつつも、ブテーフに手を貸してやる。三人固まって道を進んだ。しばらく歩くと、急に行き止まりになる。そして、誘うようにまたロープが垂れ下がっていた。


「……どこへ出るかわからんから、俺がはじめにあがる。合図があるまでこっちへ来るなよ」


 そう言うが早いか、凪はするするとロープを昇る。しばらくしてから、凪からOKサインが出た。降りるのと違って、ブテーフが時間を費やしたが、全員なんとか無事に登り切った。


 下からは見えなかったが、扉がある。それを開けると、冷たい風がすっと全身をなでた。地下から脱出したのだ。


 周りを見回すと、すぐ白い塔が見つかった。見張りの兵はうろついているが、まだ発見された様子はない。晶たちは急いで地に伏せた。


「非常時の抜け道かな?」

「そうだろうな。昔の人は、攻められることも想定して準備してたわけだ」

「ここまで来たら、姫に姫に姫に」

「落ち着け。会いに行く前に、怪しまれない方法を考えないと」


 凪がブテーフをなだめる。しかし、塔の周りは切れ目なく兵士が巡回している。さっきよりだますのも難しいと思った方が良い。


「正面からはとても無理だぞ……」

「君、なんとかぶちのめせないかい。役に立たないなあ」

「よし、じゃあやるか。お前を囮にしてな」

「あっ冗談です」


 ひそひそとささやきあう二人の横で、晶はじっと地面を見つめていた。そして、違和感をおぼえた場所まで這って移動する。


「見つかるぞ、君」


 ブテーフの声が飛んだが、晶は止まらない。目的地まで到達すると、地面をひたすら手でさすり、土を払いのける。すると、草の下から黒ずんだ木の扉が顔を出した。さっきとは違う場所に通じている隠し通路だ。


 見守っていた二人が晶をほめる。一個隠し通路があるのなら、他にもあるのではと思って探してみただけだ、と晶は謙遜した。草の生え方が周りと違う場所をすぐに見つけられたのは運がよかったと思う。


 一行はすぐに、その通路にもぐりこんだ。狭い道を抜けてたどり着いたところは、さっきとは全く違う場所だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る