第45話 立つのを忘れた兵士たち

「俺、もともと像を造ったり、それの修理をして稼いでます。だからあそこだけじゃなくて、国中の施設に行くんですよ」

「面白そうだな」

「そういいもんでもないですよ。親方は厳しいし、日雇い共は責任感ないし。昼間は参拝の邪魔になるから、動くのは夜ばっかりなのもきつい。おかげで全然、日焼けしないですよ」


 それを聞いたなぎがにやっと笑った。何かひらめいた様子だ。


「器用なんだな。そこの施設にあった大きな像も、君のか?」

「あんなすごいものは、とてもとても。俺は隅っこの小さいものしか」

「でも、定期的に行ってるんだな。領主の奥方様なんか、会ったことはあるか?」


 凪の問いに、テルーダは首を横に振る。


「いいや、会うのは下っ端の兵隊ばっかりですよ」

「じゃあ、兵士からこんな話を聞いたことはないか。今、奥方様の中で猫がもてはやされてるとか」

「ちょっと前までは、やけに頭がでっかい犬がもてはやされたのは知ってますよ。ただ、俺が知ってるくらいになると、流行なんてもう終わりかけなんだろうけど」


 さすがにテルーダでは、そこまでつかむのは困難なようだ。しかし、凪は失望した様子を見せずにうなずく。


「じゃあ望みはあるかな。この猫、領主様の館で見せてみようかと思ってるんだ」


 凪が黒猫を両手で持ち上げた。黒猫がわざとらしく「うにゃん」と鳴く。


「へえ、毛並みのいい猫だね。それに、左右の目の色が違う。これなら値がつくかも」


 ほめてくれたテルーダに対して、今度は凪が悲しげな視線を送る。


「しかし、今回の仕入れはさっぱりでなあ。売り物になりそうなのはこいつくらいしかいなかった。一匹じゃ、さすがに格好がつかない」

「舟代とかを考えれば赤字になるかもね」


 同意したテルーダの腕を、凪はがっちりつかんだ。


「そこで相談がある。この猫を元にして、像を造って欲しい。大きさは掌にのるくらいで、とりあえず三体ほど」


 テルーダは黒猫を見ながら、考え込んでいる。凪とあきらは、同時に彼に向かって語りかけた。


「金ははずむぞ」

「趣味の活動に、お金も必要でしょう?」


 晶が趣味の話をちらつかせると、明らかにテルーダの顔色が変わった。一拍おいて、彼は像の制作を承諾する。


「時間はどれほどもらえるの?」

「今日一日で頼む」


 無茶振りに、テルーダが呆れたように口を開いた。


「悪いとは思ってる。しかし、ぐずぐずしてると他の商人が割り込んでくるんだ」


 凪が頼み込む。結局、そのまま押し切った。テルーダと再会の約束をして別れてから、晶は凪に聞いてみた。


「像の制作なんか頼んでどうするの?」

「商品が一個だけじゃさびしいのはホントだからな。それに、商人らしいとこ見せとかないと、後から疑われるかもしれん」

「ブテーフさんにも話を合わせるよう、ちゃんといっとかないとね」


 必要なことを済ませると、時間があいた。その間、晶たちは空き地で剣術の稽古をすることにした。街中は平穏そのもので、これから戦になるような気配は微塵もない。


「熱心だな、兄ちゃん」


 晶たちが休憩していると、見回りの兵士たちが声をかけてきた。


「商人は、狙われることも多いんでね」

「危険な山道を通るからだろ」

「一日、二日の差が大事になるんだよ。モノを売るには、速さが肝心。さ、晶。もう一本」

「うん」


 晶が立ち上がると、兵士たちからあざけるような野次が飛んだ。


「お兄さんたち、兵士でしょ? 鍛えとかないと、いざという時困るじゃない」


 あまりにからかわれるので、晶はむっとして言い返した。しかし、兵士たちは悪びれた様子がない。


「俺たちは大丈夫だ。なんせ、無敵の騎兵隊がついてるからな」

「あいつらはすげえぞ。風のように来て、風のように去る」

「その後には敵の死体が残るだけ。俺たちゃ楽で仕方ねえ」


 たるみきっている。晶は内心で、彼らに向かって舌を出した。いつまでテンゲルがその地位に甘んじていると思っているのだろうか。


 凪を見ると、彼も冷ややかな目をしていた。しかし、晶と違ってすぐに愛想を振りまきにかかる。


「ここの国はうらやましい。俺たちもそんな傭兵が欲しいですね」


 凪の自虐を聞いた兵士たちは、めいめい勝手なところへ去って行った。晶はため息をついた。


「……他人事なんだけど、あれじゃ今後が思いやられるね。忠告してあげたくなっちゃった」

「やめとけやめとけ。本気にされないし、目つけられるだけだ。しかし仮にも兵士があんなんじゃ、テンゲルの部隊が来た途端にボコボコだろうな」


 やるべきことを他人に押しつけ続けてきた結果、周りの状況すら見えなくなってしまう。それが怖いことだ、とすら思っていない。


「ああいうのを見てると、原則下界に干渉しないっていう白猫の考えも、間違いじゃねえかもな」

「確かに。自分のことは自分でしよう」


 日が沈んで、橙色の光を投げかけてきた。晶たちは剣をしまい、宿に戻って休む。翌日朝食をとっていると、包みを抱えたブテーフがやってきた。


「これ、頼まれていたものだそうだよ。我が同志の力作、しかと見るがいい」

「にゃ」


 黒猫も便乗して鳴く。晶が包みを開けると、中から石彫りの猫が出てきた。円柱に耳をつけて顔を描いただけだが、なかなか愛嬌のある顔をしている。


「お、できたか」

「急ごしらえだから、身分の高い奥様方が満足するかは知らない、と言っていたぞ」

「いいんだよ、あとはしゃべりでなんとかする。これで準備完了だ。晶、今日から忙しくなるぞ。心の準備をしとけよ」

「うん」

「僕は何をすればいいのかな!?」

「とりあえず邪魔にならないようにしてろ」

「にゃふーん」


 張り切るブテーフに凪が困っていると、黒猫が面白そうに鳴いた。凪は黒猫をにらんだ。


「お前が一番大変かもな。せいぜいご婦人がたの前でしおらしくしてろよ」


 それを聞いた黒猫は、一際低い声でうなった。



☆☆☆



 さっそく凪を先頭にして、一行は寺院へ向かった。昨日までの埃まみれの服ではなく、きちんと金のかかった身なりをしている。


 晶たちもまあそれなりに見られるが、正装した凪の華やかさは群を抜いている。寺院の庭に入るやいなや、若い娘たちが歓声をあげた。


「おい、そこの男! 止まれ」


 しかし、さすがに領主館の門番たちはこれで騙されるほど甘くない。厳しい声をかけられ、凪は素直に立ち止まる。


「何の用だ。通行証はあるか」

「いえ。しかし、この猫は昨日こちらにお邪魔したようで」


 凪は黒猫を抱え上げ、門番に向かって差し出した。呑気にびろーんと体を伸ばす猫を見て、その場の緊張が少しほぐれる。


「不審に思われるのは当然ですが、奥様方に一度聞いていただけませんか。昨日、両目の色が違う黒猫が来なかったか、と。だいぶかわいがっていただいたようなので、お礼を申し上げたいのです」


 門番たちはしばらく迷っていた。しかし、奥様方を敵に回すのはまずいと判断したのだろう。


「待っていろ」


 一人が奥へと消えていく。黒猫は彼を待つ間、周りに向かってややヤケクソ気味に愛想をふりまいていた。


「……参られよ。しかし貴君とは面識がないゆえ、見張りをつけさせてもらう。そちらの従者ともども、妙な動きをすれば命が無いと思え」

「はい、それはもう」


 凪にならって、晶たちも笑顔をつくった。一行は槍を持った兵士たちに取り囲まれながら、領主館の右側へ入っていく。


 しっかりした扉のついた小間を三つもくぐる。小間には家具もほとんどなく、ただ防犯のために造られた部屋のようだ。


 小間を抜けると、廊下に出た。青い柱が等間隔で並び、金の旗がかかっている。床はタイル張りで、四角と三角を組み合わせて様々な模様が描かれていた。


 所々に文机が置かれ、若い文官がそこで書類をめくっている。その前を通って突き当たりまでいくと、右手に大きな扉が見えた。


 扉の両側の柱には、大きな金の海蛇が巻き付いていて、周りの建築より手がかかっている。ここからが、貴人の住まいにあたるようだ。


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