第42話 結局カロリー制限が一番
「でも、どうやって依頼を達成するの? 運動もダメ、食事もダメって」
「いや、その片方にはまだ可能性がある」
「え?」
首をかしげる
「彼女は『食事が減らせない』って言っただけだからな」
凪が意味ありげに言う。しかし晶は、それのどこが可能性なのかなあ、と思うだけだった。
その時、凪の足が止まる。彼の視線の先には、周りに比べて不自然に大きな屋台があった。ここだけ店主の横に、屈強な男が二人も立っている。
店先には、奇妙な茸がてんこ盛りになっていた。白く丸く、茸というより巨大な枕でも積んであるようだ。
屋台には先客がいた。丸ごと買う客もたまにいる。しかし、だいたいの客は店主がナイフで切り分けた小ぶりのものを受け取っている。
「これ、本当に食べられるの?」
晶は無遠慮に店主を見つめていた。すると、彼がむっとした顔になる。
「食べられるかだって? これは高級品なんだよ、坊や。貴族の奥方様が、先を争って買っていくんだぞ」
「ふつうの人は食べないの?」
「こんな高いモン、その辺のカミさん連中には無理だよ。お金持ちが買うようになってから、値がつり上がったからな」
晶は唸った。振り返って、今度は凪に聞いてみる。
「そんなに美味しいの、これ」
「こんにゃくみたいな茸だ。弾力はあるけどな、そのものはほとんど無味」
凪の説明を聞いて、晶はようやく依頼達成の方法を思いついた。なるほど、この手があったか。
「なるほど、食べてるのにやせてるってことは」
「おそらくこの茸はカロリーがほとんどない。こっちの世界じゃ飢えてる奴の方が多いから、貴族くらいにしか需要がないんだろ」
そう考えてみると、自分たちはけっこう豊かな生活をしているわけだ。晶はぼんやりそう思っていたが、新たな疑問が頭をもたげる。
「それなら、あっちの世界の茸を勧めればいいじゃない。カロリー低いのは一緒でしょ」
「甘いな。以前、検査機関に勤める知人に調べてもらった結果だが」
「知人って女性?」
「うん」
「だと思った」
晶が冷たい視線を向けると、凪はあわてて咳払いをした。
「まあ聞け。この茸には、脂肪燃焼効果のあるカルニチン、余った脂肪を吸収されにくくするCLA、さらにマカにEGCG……」
「わかった。わかったからその呪文やめて」
要は、ダイエットに必要な成分をバランスよく含んだパーフェクト茸ということだ。それだけ理解していれば十分だろう。
「これを食事に入れてもらって、あとはマクロ栄養素のバランスを整える。あれだけ太ってれば、それだけで痩せてくだろ」
「マクロ栄養素?」
「炭水化物、タンパク質、脂質の三つだな。この三つからとるエネルギーのバランスが、食生活では重要だ。コレが理想値に近いと、まんべんなく栄養が取れてるっていうことになる」
「ふうん」
「だいたい炭水化物で五~六割、脂質で二~三割、タンパクが一~二割が正常と言われてる」
晶は食卓を想像してみた。この頃はちゃんと肉も魚も食べているし、けっこう自分は良い線いっているのではないだろうか。
「それなら余裕かな」
「ほう、自信ありげだな。試しにお前の一日の食事を言ってみろ」
と言われても、急には出てこない。晶は悩みながら、ようやく一つひねり出した。
「朝はコンビニの菓子パンが多いかな。昼は学食で牛丼とサラダ、夜はお風呂上がりにアイス食べて、ご飯と肉野菜炒め」
「……一見優等生だ。しかし、このままだとお前、確実に腹が出てくるぞ」
晶が自信たっぷりに提案したのに、凪はそれをばっさり切り捨てる。さすがに晶の表情も険しくなった。
「どこがダメなの」
「まず朝からいかん。……いいか晶。ダイエットをしたいのなら、この世に菓子パンなど存在しないと思え」
凪が真面目な顔で、両肩をつかんでくる。揺さぶられながら、晶は魚のように口をあけて、凪の顔を見つめた。
「そんな極端な」
「炭水化物と脂質の塊。カロリー過多。これぞメタボリックシンドロームとロコモティブシンドロームの入り口、地獄へようこそ」
「ものすごく一部の人から怒られそうなことを……。もっと悪そうな食事だってあるじゃん。唐揚げとか、ケーキとか」
「その二つはまだマシ」
先に並んでいる客が遠巻きにこちらを眺めている。しかし凪はお構いなしに、自説をとうとうとしゃべり続けた。
「唐揚げは元が肉だ。タンパクが取れる分、栄養バランスが少し補正される。そしてケーキは栄養的には似たようなモンだが、ハイスピードで何個も食べたりできないし、見た目が豪華なので満足感がある。菓子パンはどこでも気軽に買え、二~三個消費することも珍しくなく、その上特別感や豪華さがなく満足感も低い。こんなにダイエットに向いていない食品は他にないといっていい。まさに呪われた食物」
菓子パンの神と関係者よ、罰当たりなことを言っているのは目の前の男だけです。僕は毎朝おいしくいただいています。
「あと牛丼と野菜炒めも一緒な。バラ肉だと脂肪と炭水化物が多いから、結局カロリーオーバーになりやすい。できるだけ赤身やヒレを選んだ方が良い。それに野菜が全体的に足りん……」
「ねえ凪!! ロコモティブシンドロームってなあに?」
凪がさらにダメ出しをしようとするので、晶は強引に話題を切り替えた。
「ん?」
「さっき出てきたじゃん。メタボは分かるけど、そっちは僕知らない。教えて」
「あー、そうか。まだいまいち知名度ねえか、これ」
凪が頭をかいた。やっと解放され、晶はにこやかな表情を作る。全く、ひどい目にあった。
「ロコモティブシンドローム、つまり運動器症候群」
「日本語にしても、わかったようなわからないような……」
「骨や関節・筋肉の衰えで、日常生活がスムーズに行えなくなることだ。メインの層はもちろん老人だが、運動不足と破綻した栄養摂取で、若年にも最近増えてきている」
「そんなの、よっぽどひどい子だけじゃない?」
「今度クラスの女子捕まえて聞いてみろ。片足立ちで靴下がはけない、家の中でなにもないのにつまずく、十五分以上続けて歩けない。こんな子が一人はいるはずだ。太ってても痩せててもどっちでも構わん」
晶の脳裏に、ひどく痩せた同級生の顔が浮かんだ。もしかしたらできないかも、という人間が、続いて数人は浮かぶ。
「ロコモの行き着く先は、骨折・要介護・寝たきり。下手すれば人生最後の何十年かを、ずっとベッドの上で過ごすことになる。死ぬほどつまらんだろうな」
「うん……」
「ま、結局は食事と運動。正しいダイエットはそれしかねえの。今回の依頼人は言っても聞かないだろうから、痩せてきてから運動も勧めようかと思ってる」
凪がちょうどそこまで話し終えたところで、順番が回ってきた。店主に必要な分量を伝え、切り取ってもらう。金を払って店を出てから、凪が悔しそうにつぶやいた。
「……本当はな、テンゲルの山の中に自生してんだよ、これ」
「それを採ったらただだもんね。だからあそこにいたんだ」
「ああ。今回は儲けが出るかと思ったんだが……このザマだ」
凪が舌打ちをする。
「おかげで僕は助かったよ?」
買った茸を持ちながら、晶はむっつりしている凪をなだめた。その時、一つ目の鐘が鳴る。二人はそろって、足を速めた。
☆☆☆
幸い海の荒れもなく、一行は全員無事にルゼブルクまでたどり着いた。
「うぇえええええ」
ただし、ずっと山育ちのブテーフだけは、舟の動きに全くついていけなかった。さっきから吐いてばかりいる。
「……どうする、凪?」
言い出しっぺのブテーフはこの体たらくだし、黒猫もさっきからにゃあにゃあ鳴いてばかりいる。ブテーフの前で本性を出したくないのだろう。晶は困っていた。
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