第38話 恋する駄青年
「さっきの村にも、人質に出された少女がいてな。頭が、外に出てこないかと気にしてた人間がいたろ」
「ああ……ハワルさん、だっけ」
確かに、ずっと強ばった顔をしていた頭が、その時だけは素の顔になって心配しているようだった。
「その人が人質なんだね」
「ああ。美人で気立てが良くて、料理の腕も抜群。こんな肖像画まで出回るくらい、村の男共は夢中になってたようだな。頭の妹だ」
すらりとした細い体と、黒い瞳が印象的な、顔立ちのはっきりした女性。彼女の生き生きした笑い顔は、絵であっても人の心を引きつけた。
「……まあ、人質に取る方にしてみたら、そんな美点はどうでもいい。万が一なにかあったら、真っ先に殺されるだけだがな」
あまりの言いように、晶は気まずさを感じた。後ろにある茂みが、また大きく動く。
「殺されると決まったわけでもないんじゃない?」
「バーカ。今ですら絶対逃げられないように、王宮の奥深く押し込められてるんだぞ。ことが起こったらすぐ首ぱっつんに決まってるだろ。人質ってのはそういうもんだ」
凪がとどめとばかりに大きく胸を張る。とうとう、後ろの茂みからうめき声が聞こえてきた。
さっきからどうもおかしいと思っていたが、そういうことか。晶はようやく、今までの凪の行動に得心がいった。
凪が腰から短刀を抜き、茂みに向かって投げつける。がすっという刃物が突き刺さる音とともに、「ひいっ」というなんとも弱々しい声が上がった。凪は二本目の短刀を構えながら、深いため息をつく。
「おい、今のはわざと外したんだからな。次の一発が眉間に刺さらないうちに、とっとと出てこい」
凪がすごむと、茂みからそろりそろりと革靴の先が出てきた。次いで、刺繍の入った毛織物の帽子が見えてくる。
やがて、小柄な男が気まずそうにこちらにやってきた。細い八の字眉毛に、小さく丸い目。自信のなさそうな、すぼめられた口。仮にこの場に百人いたら確実に埋もれるであろう、自己主張の弱い顔立ちだ。
「……さっきの村の連中が着てた服だな。頭の命令でつけてきたのか?」
「い、いや」
「いつからいた」
「村を出るときから、ずっと……。身を隠すのは、得意なのである」
青年は嘘がつけない性格のようで、凪の質問に素直に答える。しかし、ただ一点。なぜつけてきたかについては、なかなか口を割らなかった。
「……なんか妙なことを考えてる気配がするな。縛ってみるか?」
凪が恐ろしいことを言い出した。青年が傍目に気の毒なほど体を細くする。フクロウでこんなのがいたような。
「まあまあ。誰にだって事情が……」
「甘い。こっちじゃ『疑わしきは罰せよ』が原則だ。ちゃんと血流が残るようにはするから、両手両足を出せ」
晶は止めたが、凪は結局青年を縛ってしまった。完璧な捕虜スタイルになった青年を、凪がじろりとにらむ。
「お前が妙にガサガサゴソゴソし出したのは、人質の話が出てからだったよな。お前も姫さまにのぼせてたクチか」
青年は相変わらず無言だったが、一瞬で耳まで真っ赤になった。その姿を見れば、凪が図星をついたのは明らかだ。
「戦になる前に、一目姫に会いたいとでも思ったか? けなげで結構だが、こっちは姫がいる国とは正反対だぞ」
「ち、違うぞ」
青年は一言つぶやいて、もじもじと縛られた手足を動かした。そしてようやく、決定的な一言を口にする。
「手伝え。姫様を、お助けするのだっ!」
青年の言葉を聞いた凪が、阿呆のような顔で振り返った。
☆☆☆
長い話になりそうだったので、三人は座りやすい岩があるところまで移動した。青年は食料も水もたいして持っておらず、晶が手持ちを口に入れてやると喜んだ。
「……とにかく、全部話せ。お前がどうして、そのとんでもない考えを持つに至ったかまで」
凪が言う。さっさとテンゲルからは手を引くつもりだったのに、どうしてこうなった。そう顔に書いてある。
「僕はハワルさまが大好きなのだ。彼女が元気でいてくれさえするなら、死んだっていい。本気で、そう思っているぞ」
「それ以上こっ恥ずかしいことを言ったら、谷底に落とす」
「へやっ」
「凪、あんまり厳しくしないの」
晶は凪を制して、青年に続きを促す。
「戦が始まったら、ハワルさまが危ないことは自明。僕は助けたかった! 自分にできることは、全部やろうと決めて、知り合いに声をかけ続けたのだ。そしたらようやく、一つだけ活用できそうな情報が入ってきた」
青年の声に、熱がこもってきた。
「『テンゲルの姫は、普段は厳重に警備された塔の中にいる。でも、月に一回だけ、そこから出てくる』。情報提供者は、確かにそう言ったのだ」
「どこからの情報だ。商人か?」
「よく分かったな、愚民よ」
青年は細い目を精一杯見開いた。凪がそれを見てため息をつく。
「お前、見るからに騙しやすそうだもんな。適当なこと言ってる商人に、小銭稼ぎに使われただけだろ」
凪の言葉を聞いて、青年が海老のようにのけぞった。
「テルーダは確かに商人だけど、僕を騙したりはせん。だって、同士なんだからな」
「……二人でなにかの組織に属してるの?」
いまいち青年の話が読めず、晶は首をかしげた。
「同じ物語を愛好する仲間さ。国も地域もバラバラでも、仲間同士では、嘘も裏切りも御法度なんだぞ」
「女神?」
「古代に、不思議な石に導かれし、七人の少女がいて……」
そこからしばらく、青年は一気に長い物語をまくしたてた。正直早口かつ話があちこち飛びすぎて、結構本を読んでいる晶でさえ話についていけない。ただ、青年がめんどくさいオタク気質だということだけは嫌というほどわかった。
「……いつもこんな話をするのか」
「テルーダはもっとうまいぞ。僕の話も喜んで聞いている」
「よく分かった。お前のこんな会話につきあってくれるということは、善人に違いない。とりあえずその情報は真実だったということにして、先に進もう」
心底うんざりした顔のまま、凪が言った。
「どこまで進んだっけ」
「姫が月に一回だけ外に出てくる、ってとこまで。しかし、なんのために」
「マルモアの儀、っていうのがある。テンゲルとルゼブルグの友好を祈るための儀式で」
これを聞いた凪が、顔をしかめた。
「今となっちゃ、形だけにもほどがある儀式だな」
「賢い僕もそう思う。けど、まだテンゲルがことを起こしてない今なら、予定通りに行われるはずだ。その時に、取り返せば」
前のめりになる青年を、凪が押しとどめる。
「……とりあえず、山ほど言いたいことはあるが、まずは一つ。月一回の儀式ということは、やる日も決まってるのか?」
「うむ」
「だったらなんで、それを頭に言わない。お前だけでどうこうしようとするより、よっぽど確実だろうが」
「言ったに決まってるだろう」
凪の反論に、青年はひどくむくれた。
「でも、聞いてくれなかった。儀式にしても、室内で人に連れ添われているのには変わりない。無理に侵入して、戦の準備をしているのが分かってしまったら終わりだから、だと!」
青年は納得がいっていないようだが、頭の言うことの方が正しい。街や城が守りを固めてしまえば、攻める方が入り込むのは大変なのだ。
「それで、お兄さん一人でやろうとしたの?」
「そうだ!」
「友達いないの?」
晶が言うと、青年は顔をそむけて、虚無を身にまとった。
「……お前はたまに、悪気無く人の急所をえぐるよな」
凪がため息をつきながら言う。晶はあわてて、青年に謝った。
「いいんだ。……ホントはわかってるから。頭も悪い、家畜もなつかない、馬に乗ったら酔う。友達どころか、親にも呆れられる。僕はその程度の男なんだあ」
青年は子供のように大口をあけて叫ぶ。……よっぽど触れてほしくないところに、土足で踏み込んでしまったようだ。
「でも、ハワル様はこんな僕にもいつも優しかった。だから、僕もなにか返したかったんだ」
目に涙をためながら、青年は本音を吐く。
「君たちなら、頭も一目置いてたから、なんとかしてくれると思った。後をつけた理由は……それだけだよ」
すっかり虚勢がはがれた青年が、うつむく。始めはどんな男なんだと思ったが、根はそう悪い奴ではなさそうだ。……そして、凪はこういう無茶をするタイプが好きなのだ。
晶は自分の隣に目をやった。
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