第37話 適当さも有能の証
「大丈夫だ。見ろ」
「いいか! 俺が首領だぞ」
男は大声で何度も繰り返しているが、周りの部下たちはうんざりした顔をしている。巻き込まれないうちに、
「なにアレ?」
「俺と同じ隊商にいた男。前から首領になりてえ雰囲気全開だったんで、全部譲ってやった」
凪はせいせいした、という顔をしている。凪が抜けたあと、あの男がまとめきれるとも思えないが、他にいい手もない。どうにかうまくやってくれ、と祈ることしかできなかった。
荷が入った袋を背負い、晶たちは村を出ようとした。しかしまさに出口にさしかかったその時、背後から声がかかる。
「待て。ずいぶん早くに出て行こうとするな?」
頭だった。その後ろには、弓を構えた側近たちもセットでいる。
「荷物は届けた。また出ていってなにが悪い。後のことを任せた男もいるはずだ」
凪が笑いながらはぐらかすが、頭の表情は厳しいままだった。
「……確かにいた。が、あの男はお前に比べれば、度胸も足りんし頭も回らん。隊商が近いうちに分解するのは目に見えている」
頭は凪に向かって、一歩踏み込んだ。
「そんな不自然なことをされると、俺はこう考える。こいつは何か企んでいるんじゃないかってな」
凪は頭に詰め寄られても、笑いながらどっしり構えている。しかし、頭の中は言い訳探しでフル回転しているはずだ。ここは晶が助太刀するしかなかった。
「頭、鋭いですね」
「うむ」
「まあ、見てれば分かると思いますけど。彼らはこれからの仕事には邪魔なので、ここで穏便に別れようかと」
頭は表で騒いでいる男を見て、軽くうなずいた。つかみは成功したようだ。
「これからの仕事、とやらについて聞かせろ」
「うちはお得意さんに商品を届けた後も、支援をお約束する義理堅い仕事をしてます」
「もっとはっきり言わんか」
「攻めに行くのはルゼブルグでも、その間に他の二国が手を組んで、後ろから攻めてきたら困るでしょう?」
晶が言うと、頭はしばらく黙り込んだ後にうなずいた。どうやら痛いところをついたらしい。
「二国の動きをいち早く伝える密使、欲しくありませんか? お代は成功したらでかまいませんよ」
頭が密偵を放っていたら、いらないと言われたらそれまで。引っかかってくれるか、と晶は内心ひやりとした。
頭の瞳が、左右に動く。晶からふっと目をそらし、凪の顔を見つめた。
「……確かに、よく頭が回る奴だ」
頭が息を吐き出した。
「お前たちがやりたいことはわかった。しかし、他の二国にこちらの情報を売られる可能性もあるな」
「そこまで疑うなら、これを預けていこう」
凪は頭に向かって、懐から古びた銀細工の小片を取り出した。
「これは?」
「商品を仕入れるとき、どうしても必要になる鑑札だ。今回は諜報活動しかしない。関所の通行証だけあれば十分だから、置いていく。だが次回の仕事からは、これがないとこっちはお手上げだ」
凪が顔を歪め、本当に残念そうに言った。晶は息をのんで、騎馬民族の男たちの顔を見つめる。
やがて頭は銀片を受け取ると、黙って一歩後ろに下がった。これは好機、と晶と凪は大急ぎで狭い道を駆け抜ける。
☆☆☆
二人はゴルディアへ向かう狭い山道を、連れだって歩く。谷間に時折突風が吹くが、後ろから追っ手が来る気配はない。
「いや、一時はどうなることかと思ったが。なんとかなったな」
「こっちは寿命が縮んだよ」
晶は凪の背中を叩いてやった。それでも凪は機嫌良く言う。
「わかってるって。お前のおかげだよ。ほめてつかわす」
「とっさに言ったことだけどね。あっちだって、何にも弱みがないわけじゃないだろうし」
晶が照れながら言うと、凪が急に立ち止まった。辺りに誰もいないのを確認してから、小声で話し始める。
「言った通り、テンゲルの兵は陸戦なら無敵に近い。それでも今まで積極的に出られなかったのは、ルゼブルグ側が防衛策をとっていたからだ」
「策?」
「ルゼブルグだってバカじゃない。テンゲルに接する三国のうち、最初に狙われるのが自分の国だってことは気づいてる。だから先手を打った」
凪は岩肌にもたれかかって、さらに続ける。
「率先して、テンゲルの後方二国の仲を取り持った。もしテンゲルが南下してきた場合、残り二国が背後から攻められるように」
「じゃあ僕の言ったことも間違いじゃなかったんだ」
「そうじゃなきゃ、俺たちをああすんなり出さないだろ」
「そっか。でも、ルゼブルクもぬかりないね」
「隣が超戦闘民族だからな、それくらいは用心するだろ」
ここまで納得して聞いていたが、晶は不意に話が矛盾していることに気づいた。
「あれ、そこまで対策されてたのに、なんでテンゲルは結局攻撃することに決めたの?」
「状況が変わったんだよ。最近になって、背後二国の間で小競り合いが続いてる」
「あら」
「国境付近に新たな金鉱山が見つかってな。それをどっちが取るかで、揉めだしたんだ」
「……お金がね、からむとね」
凪は水筒を取り、水を飲む。そしてまた話し出した。
「これが本当に仲が悪いのか、それともわざとテンゲルをひっかけるためのものなのか――こっちの世界でも意見が分かれている。頭も悩んだようだが、結局攻める方に賭けた」
風が吹いてくる。ターバンからはみ出した凪の髪が揺れた。
「だが、今でも頭は二国の動きについて相当気にしてる。だからお前が情報収集を口にしたとき、乗ってきた」
「それにしてもさ。よく僕たちを密偵に選んだね。自分たちでは何もしてないの?」
「ああ。あの騎馬民族の肌、浅黒かったろ」
言われてみると、そうだった。晶たちの世界の黒人ほどではないが、かなり日焼けした人に近い。遺伝的なものと、屋外で活動するのが多いのと。その両方が原因だろう。
「オットーとレオ見てれば分かると思うが、この近辺の国は肌が白い奴らが多い。テンゲルの人間が混じると、目立つんだよ」
古い知り合いの顔を思い浮かべながら、晶はうなずいた。
「しかも肌が黒い民は差別される方だから、なかなか信用もされないしな」
凪の言葉に、晶は顔をしかめた。頭のあの厳しさも、色々苦労してきた名残なのかもしれない。
「まあ、事情はそういうこった。無事に出られたから、もういいだろ。運良く何かつかんだら、飛脚でも送ってやるか」
凪は話をしめくくりたがったが、晶は最後に一つ質問をした。
「ねえ、さっきの銀片だけど。本当に預けちゃってよかったの? 後々困らない?」
「あれは偽物に決まってるだろ。本物はこっち」
しれっとそう言い放ちながら、凪は懐から新たな銀片を取り出した。さっき頭に渡したものより一回り大きく、紋章の彫りが丁寧だ。
「……ワルだね」
「なんとでも言え」
完全に開き直っている。鼻歌まで歌い出した。そんな雇い主に、晶は疑惑の目を向ける。
「これはどうやって手に入れたのさ」
「そんな辛気くさい顔で聞くんじゃねえよ。賊に殺された商人が持ってたんだ。使えるモノは利用させてもらう」
「いつか痛い目に遭わなきゃいいけど」
「まあ、あいつの過去の知り合いとかにぶち当たるとまずいけどな。そんときゃそんときでまたなんとかするさ」
凪は本当にさわやかな顔をして、ひどいことを言い放つ。晶は呆れてしまったが、今更訂正のしようがない。……潔く思い切ることにした。
「晶、こんな話を知ってるか」
凪も気が楽になったのか、心持ち大きな声で話し始めた。
「戦国時代のことだがな」
何で今、この状況で戦国なのだろう。凪も元の世界が懐かしくなったのだろうか。
「人質ってのがあったよな」
あまり歴史に詳しくない晶は、必死に記憶をたどる。確か、大名同士が何か約束事をするときに、互いに身内を差し出すことだ。そうやって、相手に出し抜かれるのを防ぐ。
「うん、あったらしいね」
「こっちの世界でも同じようにやってるらしいぞ、それ。人間のやることってのは、どこに行ってもたいして変わらんな」
凪の声が、ますます大きくなる。一体どうしたのだろう、と晶は不安になってきた。
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