第36話 巻き込まれ体質極まれり
「邪魔するぞ」
戸口には、頭と、その側近らしき三人の男が立っていた。
「なんだ、主人を差し置いて真ん中で寝ているのか」
頭に呆れられて、
「おい、内密な話だ。お前は外せ」
それでも頭の側近たちには気に入らなかったらしい。晶に向かって厳しい言葉が飛んできた。その時、
「そいつは俺の知り合いの息子だ。秘密は守る。一緒に話を聞かせてもらおう」
「しかし……」
なおごねる側近に対し、凪の口調がきつくなった。
「それが飲めないんなら、今後の取引はなしだ。俺はどっちでも構わんぞ」
しばらく側近と凪がにらみあう。それを見た頭が、ため息をついた。
「わかった。その坊主も一緒で構わん」
「話が早くて助かる。地頭は悪くない子供だ、どこかで役に立つだろう」
凪はそう言って、雑に晶の頭をなでる。正直あまりハードルを上げないでほしいのだが、晶はうなずくしかなかった。
「では、時間もないので本題に入るぞ。荷の中身は全て確認した。問題は無い」
「そいつは何より」
「始まってしまえば、ことは短期間で終わるだろう。しかし、その後も補給は不可欠だ。よろしく頼む」
「まあ、あんたらの場合初手が肝心だな。なんせ平時移動してばっかりで、蓄えが少ない。とっとと街から街へ進んでいくしかないだろう」
「中継地への物資輸送は可能だな?」
「ああ」
「ならいい」
頭と凪の会話は、晶にはさっぱり分からない。しかし凪の従者という紹介をされた手前、全て承知しているという顔をするしかなかった。
「それともう一つ。やはりハワルは聖堂から出てくることはないか」
今まで強気な態度を崩さなかった頭が、急に悲しそうな顔になって聞いた。凪はそれを見て、はっきり言う。
「ないな。あれはもう完全に籠の鳥だ。ことが起これば、失うことは避けられんだろう」
凪の言葉を聞いて、頭は顔を伏せた。しかしすぐに元の姿勢に戻り、大きく息をつく。
「……仕方がないな。あれも騎馬民族の女だ。いざとなったら、そういう運命だったとあきらめるだろう」
「頭……」
周りの側近たちが何か言いたげにしていたが、結局彼らは言葉を飲み込んだ。暗い顔をしたまま、頭たちはのそのそとテントを出て行く。
彼らが完全に姿を消してから、ようやく晶は体を伸ばした。凪がそれを見て笑う。
「一気に色々言われて、疲れたんじゃないか。内容、さっぱりだったろ」
「もう、何が何だか全く」
晶が素直に言う。凪は傍らにあったランプに火をつけた。
「よし、あいつらも帰ったし、今までにあったことを説明してやろう。……放火犯も気になるだろうが、ここで上手くやれなきゃあいつらに殺されるかもしれん。しっかり頭にたたきこめ」
凪が真剣な顔になった。晶は座り直して、うなずく。
「まず、ここがどこかってところからいくぞ。ここはテンゲル・フフ。三方を他国に囲まれた山の国だ。わずかに海に接しているが、良い港は持ってない。だから貿易は険しい山を通る陸路を使うしかなく、あまり大々的にやっているとはいえないな」
凪は胸元から羊皮紙を取り出して、ざっと四国を書いてくれた。その中には、この前訪れたゴルディアもある。確かに晶たちの今いる場所は、国境線の大半が他国と接している。
「これといった産業はない。毛織物と塩くらいか。塩が高価だからなんとかやっていけてるが、輸送費を考えると割のいい商売とはいえんな」
「港があれば、一気にたくさん運べるのにね」
「そういうことだ。塩の生産地はここだけじゃないから、あんまり値段をつり上げると貴族も買わなくなるしな。しかし、一つだけこの国でなければ出せないものがある。わかるか?」
晶は考えてみた。あまり出来のよくないベルトのバックルくらいで大騒ぎするのだから、工業系のものは除いた方がいいだろう。となると、思い当たるのは……。
「馬かな?」
この世界では、まだまだ馬は移動の主力だ。良い馬なら、大金を積む人間もいるだろう。晶は自信をもって答えた。しかし、凪は首を横に振る。
「半分ハズレ、ただ半分当たりだ」
「半分……?」
「正解は、傭兵。馬に乗ってどこへでも行ける兵を、この国は周りの国に貸して金を取ってる」
「なるほど」
「実際便利だと思うぞ。相手より遥かに速く攻め込めて、不利になったらさっと引き上げられる。おまけに金で買ってるから、自国の兵は減らないしな」
凪の言葉にうなずきながら、晶はもう一度地図を見た。
「なるほどね。こんな難しい配置で生き残ってるのには、ちゃんと理由があるんだ」
「まあな。ただ、どうしても未開の山の民ってことで、下に見られてるところはある。消耗品の傭兵が雑に扱われるのなんてしょっちゅうだしな」
晶は顔をしかめた。
「なんかやな感じ」
「それも承知で最初はやってたんだろうがな。しかし、次第に外国に対して不満がたまってきた」
となると、次はどうなるか。これは晶にも予想がついた。
「……戦になるね」
「まあな。周りの三つの国のうち、テンゲルが一番ほしがってるのはここだ」
凪は南にある、三角形の国を指さした。
「それは何か理由があって?」
「まず、海岸線が長くていい港をいくつも持ってる。工業が盛んで職人も多い。つまり、取れば今テンゲルに足りないモノが全部補える」
なるほど、と納得しながら晶は腕を組んだ。
「しかもこの国、昔から水軍は強いが、陸地戦には弱い。騎馬隊がぶつかったら、絶対にテンゲルの方が勝つだろうな」
「そこまで言う?」
「一目見れば分かる。あれは大人と子供の勝負だ」
凪は迷い無く言い切った。普段はへらへらしているが、凪は武術にも秀でている。こうまで言うのなら間違いないだろう。
「もしかして……さっきの相談って」
「ああ、もうすぐ三角の国……ルゼブルクに向けて攻め込むから、物資の調達を頼まれた」
「僕が知らない間に、なんでとんでもないことに巻き込まれてくれてるの!?」
晶は凪に詰め寄った。晶の剣幕に押された凪が、頭をかく。
「始めに話をまとめたのは他の商人だったんだ。俺はあくまでテンゲルに行きたかっただけの手伝い、ことの詳細なんてもちろん知らん」
「ええー……?」
「それが、リーダーが内ゲバで殺されちまって。あれよあれよという間に俺が祭り上げられこのザマだ」
思い出を反芻している凪が、うつろな目になっている。これは自分が聞かない方がいい話だ、と判断した晶は口をつぐんだ。
「まあ、成り行きでここにいるわけだ。なんとかしたんだからよしとしてくれ。俺は一般人なんだ」
「その状況で『なんとかした』と言える人を、一般人枠に入れちゃいけない気がする」
「細かいことを言うな。とにかくここまで無事乗り切ったんだ。後のことはこっちの頭がなんとかするさ。俺は逃げる」
「うん。もう、戦になるのは確実なの?」
「そりゃ、数代にもわたる悲願だからなあ。今更中止はせんだろ」
「そっか……じゃあ、戦本番に巻き込まれる前にここを抜けないとね」
「負けるような事態にはならんと思うが、万一ってのがあるからな。とっとと寝て、朝にはゴルディアに抜けようと思ってる」
「ゴルディア?」
聞き覚えのある国名が出てきて、晶は声をあげた。
「ゴルディアも、この国と国境を接してるんだ。ここだな」
凪は地図の中の、テンゲルの左上の国を指さした。全く違う地形に感じたが、前来た場所とご近所だったようだ。
「そうなんだ……」
「オットーかクロエの所領まで抜ければ安全だろ。だから、今日は早く寝るぞ」
二人の意見はまとまった。そそくさとランプを消し、毛織りの毛布にくるまる。馬が鳴く声が聞こえるな、と思った次の瞬間には、晶は眠りに落ちていた。
☆☆☆
翌朝、珍しく凪が晶を起こしてくれた。普段は晶がどんなに怒っても起きないくせに、こういう時はやたら素早い。
「おい、行くぞ」
「うん。でも、この後のことはほったらかしでいいの?」
現代の服を脱ぎ、凪からもらった遊牧民風の衣装に着替える。その間に、晶は凪に聞いてみた。自分たちの身の安全が第一なのは仕方無いが、何もかもほったらかしではあの頭が納得しないだろう。
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