第24話 王の魂

「探せっ」

「必ずアルトワの首をとるのだぞ! 召使いであっても顔をあらためさせよ!」


 あきらたちは馬をおりて屋敷に入る。そこは味方の騎士たちでごったがえしていた。豪奢ごうしゃ刺繍ししゅうで彩られた絨毯は数多の土のついた足跡がつき、壁に描かれた優雅な女神像には血の飛沫がとんでいる。


 そこここで領主側の騎士たちが倒れたり縛られたりしている。それでも赤い騎士たちは満足した様子がなく、目を血走らせている。


「どうやら領主が見当たらないらしいな」


 そんなに意外なことではない、といった感じでレオがつぶやく。


「もう逃げたとか?」

「いや、ここは山の頂上だ。うまく屋敷の外に出たとしても、平地と違って四方には逃れられん。必ず誰かの目につく」

「ということは……隠し部屋か通路?」

「ああ。姿を隠しておいて、ほとぼりが冷めた頃にこっそり逃げるつもりだろう。怪しげな柱や装飾があれば教えてくれ」


 晶はわかった、と答えた。そして柱の装飾や飾り皿をじっと見つめる。しかし、見れば見るほど、全てが怪しく見えてきた。

 柱に描かれた金の植物の模様が、一つだけ違ったりしないだろうか。石壁にかかっている織物のひとつの陰に、扉があったりしないだろうか。晶が細心の注意をはらい、燭台の蝋燭を一つ一つ外して回っていると、レオに笑われた。


「そんなところにあるもんか」

「一つだけ消えてる蝋燭に火をつけると不思議な扉が、とか」

「僕が領主なら、使用人がうっかり触りそうなところには作らない」


 考えてみればレオの言うとおりだ。なんとなく恥ずかしい。晶は燭台に蝋燭を戻しに行った。晶を見守っていた騎士たちが、にやにや笑いながら蝋燭を受け取る。


 何か言い返そうかと思って晶が顔を上げると、彼らの顔色が変わっていた。


「くっ!」


 それとほぼ同時に、晶の背後から苦しそうな声が聞こえてきた。晶は剣を引き抜き、振り返る。


 晶の目の前でレオが、屈強な男たちに取り押さえられていた。前方の壁に、ちょうど人一人が通れるくらいの隙間があいている。隠し通路から、刺客が出てきたのだ。

騎士たちが弓を構えるが、刺客がさっとレオの首筋に刀を突きつける。


「お前らが動けば、この子供を殺すぞ! 武器を捨てろ!」


 刺客が吼えた。騎士たちが悔しさに顔をゆがませながら、己の武器を床に置く。それを確認し終わったタイミングで、鎧兜姿のアルトワがぬっと通路から出てきた。ただでさえ人相の悪い顔が、緊張でひきつって鬼のようになっている。


「捕まえたか! 早くこっちによこせ!」


 アルトワの命をうけて、刺客がレオをひきずっていく。隠し通路に引き込まれてしまったら、奪回はまず不可能だ。晶の周りの騎士たちが、一斉に怒りのこもった叫び声をあげる。


 だがその時、大広間にどっと人がなだれ込んできた。先頭にいるのは、なぎだ。


 凪は、部屋に入るなり状況を理解した。黒い瞳に、怒りの色が浮かぶ。


「テスラ! 暖炉の上!」


 凪が怒鳴る。その一言で十分だった。


 広間の上階に、テスラがいた。彼女は弓を引き絞り、正確無比な矢を放つ。矢は壁めがけてまっすぐに飛び、一つだけ石と石の間が大きく空いている場所に突き刺さった。


 矢が当たった次の瞬間、壁がわずかに軋みながら動き出した。みるみる狭くなる通路の入り口に走ろうとしたアルトワたちの目の前に、上階から獣人たちの放つ矢の雨が降る。


 それにひるんだアルトワが足を止めているうちに、通路の入り口は完全に閉じてしまった。立ちすくむ刺客たちの回りを、凪や騎士、獣人たちが素早く取り囲む。


 形勢は完全に逆転したが、アルトワはまだ諦めていなかった。自らレオをかかえこみ、身軽になった大男の刺客たちを凪に向かってけしかけた。


 しかし、凪はさらりと自分の何倍も体重がありそうな男の攻撃をかわす。晶がよく見ると、刺客の一人に見覚えがあった。


「お、お前らか。確かガストンと楽しいなかまたちだ、そうだそうだ」

「あのときの汚名、返させてもらうぞ!」


 失礼な言い方をされたガストンがいきりたった。が、凪は涼しげな顔をしている。


「あのときねえ。さんざ人のことを卑怯者呼ばわりしてくれたが、子供を人質にとるのはそっちじゃ卑怯って言わないの?」


 痛いところをつかれたガストンの顔が真っ赤になる。雄叫びをあげて凪に挑みかかったが、冷静さを失っては必殺の一撃もただの空回りだった。ガストンが思い切り振り下ろした剣先が、石床の隙間に挟まって抜けなくなる。


「じゃあな!」


 凪が袈裟がけに、ガストンを切り払った。巨体が血しぶきをあげて、どうと地面に倒れる。ガストンはまだうなり声をあげているが、傷は深い。戦闘ができないのは目に見えている。隊長を失った刺客たちに、動揺が走った。


「骨の髄まで腐った奴らめ!」


 そこへ、怒りに燃えたオットーが走り出てきた。オットーは円錐型の槍を構え、まっすぐに刺客たちめがけて突っ込んでくる。剣を構えている刺客たちの胸をあっという間に突き、次々戦力を刈り取っていく。


 その後も凪とオットーの奮戦は止まらず、領主側の怪我人や死体は増える一方だった。それにしたがって、私兵たちの士気は明らかに落ちていき、しまいには武器を捨て出す始末だった。


「くっ……」

「ここまでだ、アルトワ。弟を放せ」


 とうとう一人きりになったアルトワにオットーが声をかける。しかし、アルトワは降伏するどころか、ますます意固地になった。


「誰が放すものか! こうなればこの子供も道連れだ!」


 アルトワがレオの首筋にナイフを押し当て、ひたすらわめきたてた。アルトワは兜を被っているので、うつむきかげんになられると矢でも急所を狙いにくい。テスラたちも、攻撃しあぐねていた。


 室内に沈黙が漂った。晶も凪も、どうしたものかと無言で視線をかわしあう。騎士たちも青い顔でオットーの指示を待っていたが、この勇敢な若き当主も考えあぐねている様子だった。


「……おい、刺すならさっさとしろ。手が震えているぞ」


 沈黙を破ったのは、捕らわれているレオだった。さっきまでのいたずらっぽい雰囲気は消えて、鷹のような鋭い目をしたまま、アルトワに語りかけている。


「う、あ……」


 捕らえている側のアルトワが、がたがた震えだした。レオは軽蔑の念を隠しもせず、言葉を重ねる。


「貴様はいつもそうだ。誰かの影に隠れて自分を有能そうに見せるのは得意だが、その実なんの武勲もない。重い責任を背負うつもりは微塵もないくせに、一番の称賛と名誉が己に降り注いでいなければ満足できない。表面的に騎士を気取ることはできても、鎧の奥に備えておくべき高潔な精神を備えようとすらしない」

「う、あ」


 痛いところをつかれたアルトワのナイフを握る手が、さらに激しく痙攣しだした。


「領主とその息子を殺したまではたまたまうまくいったが、死体を尊厳をもって弔うことすら出来ずじまい。森に捨てて省みることすらなかった」

「それの何が悪い。誰も文句など言わなかった!」


 アルトワが顔を真っ赤にしてわめきたてた。その一言で、レオの怒りが頂点に達した。


「仮にも領主たるものが、文句を言われなければ何をしてもいいなどとという下劣な根性を丸出しにして恥ずかしくないのか! 貴様が捨てた遺体を食って凶暴化した森の主がいた。お前が余計なことさえしなければ、王のままでいられたものを。その墜ちた王に食われた森の民が聞いたら、貴様を八つ裂きにしても飽き足らんと思うだろうよ」


 レオは自由のきかない体をかすかに動かして、精一杯胸を張った。


「そしてとうとう悪運尽きて、最後にやったことが下手な人質取り。自分より小柄な子供しか狙えず、跡取りがいればなんの役にも立たない次男坊を捕まえてなにかしたつもりか。片腹痛いわ」

「このクソガキ、武器も持たぬくせに強がるな!」


 とうとうアルトワが覚悟を決めたらしい。レオの首筋に食い込ませようと、手に持っていたナイフをわずかに引いた。その絶妙なタイミングで、レオが口を開く。


「武器ならある」


 レオの一言はアルトワの虚をついた。そしてアルトワの中で、人質をとらねばという理性より、自分の身を守りたいという本能が勝った。さらに、ナイフの切っ先がレオの首から離れる。


がな」


 その時を待っていたように、レオが平然と言った。アルトワがはめられたことに気づき、はっと身を堅くした時にはもう遅かった。


 横でずっと隙ができるのを待っていた晶が、大きく飛んで剣を振りかぶる。そのまま晶は剣を振り抜き、アルトワの首筋を強打した。峰打ちであっても、こらえきれずにアルトワの体が大きく吹き飛ばされる。


 領主の体が倒れ込んだと同時に、広間は割れんばかりの歓声で満ちた。

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