第19話 静かに迫る影

 あきらはテスラに先導されながら、急な斜面を登っていく。しばらく進むと、急に開けた場所に出た。木で作られた簡単な屋根の下にテーブルがあり、そこで獣人たちが料理を始めている。


 まずテスラが先頭にたって仲間に近づいていく。晶はおとなしく彼女の後からついていった。


「おお、テスラ。……誰だ、そいつは」


 テスラに満面の笑みを向けた獣人たちが、次に晶を見て固まる。晶は居心地の悪さを感じながら、あいまいに笑った。


「弟の恩人。大丈夫、父さんが招いた人だからみんなにはなにもしない」

「そうかあ」


 ホルケウには人望があるのだろう、みなそれを聞くと、なにも言わなくなった。晶は調理場に招き入れられ、手伝いをするよう言われる。晶はなんとなく、テスラの横に並んで作業を始めた。


 テスラは手際よくさっきの鳥肉をナイフでさばいていく。晶もナイフ片手に肉を切り、二人でもくもくと肉の山を増やしていった。


 それが終わると、肉を木串に刺して焼きやすくする。味付けはごく少量の塩のみ。晶がうっかりつまみすぎると、テスラから「いくらすると思ってるの」と怒られた。


(そっか、ここは山の中だから塩がとれにくいし、クロエさんもスパイスは貴重品って言ってたなあ……あーあ、スーパーで売ってる塩コショウでもこっちに持ってきたら高く売れるだろうなあ)


 晶はちょっとよこしなことを考えたが、実行したとたんにカタリナにブチ殺されることは目に見えているのであきらめた。


「あんた、意外とナイフの使い方うまいね」


 テスラが感心した目で晶を見上げてくる。


「少し、料理してたことがあるので」

「へえ。貴族の下働き? それにしちゃきれいな手してるのね」


 テスラが聞いてきたが、まさか違う世界から来ましたとも言えず、晶は適当に笑ってごまかした。


 下準備が終わり、焚き火の近くに肉のついた串をたてて炙っていく。香ばしい臭いがしてきたところで、ホルケウとナイムが帰って来た。


「おかえりなさい。どうだった?」

「大きい骨は大丈夫だが、しばらくナイムは狩りにはだせないな。安静にしていろと言われたよ」


 ナイムは長老に狩りを禁じられたのがよほど面白くないのか、ひたすらぶすっとしている。


「つまんない」

「この方が助けてくれなかったら、そんなものではすまなかったのだぞ。姉を助けようとしたのは偉かったが、一人で行動してはならん」

「はあい」


 ホルケウに怒られて、ナイムはようやく納得したようだ。ぱっと表情を変えて晶の隣に座る。なにかと思ったら、しきりに晶の荷物のにおいをかいでいる。


「甘いにおいがする」

「ああ、クロエさんにもらったケーキかな……食べる?」

「やったあ」


 晶がケーキを分けてやると、ナイムが少年らしい反応をみせる。


「ナイム、あんたって子は……もう、ほら大人しく座ってなさい。お兄さんの持ち物をもうねだらないのっ」

「むぁい」


 テスラとナイムが声をあげると、周りの大人たちがげらげら笑う。晶もそろって笑いながら、差し出された果実水をなめる。


 肉が焼けた。和やかな雰囲気のまま、たき火を囲んで宴が始まった。さっき倒した鳥の肉は思ったより柔らかかったが、惜しいことに晶には塩味が足りない。しかし男たちにはこれが普通なのだろう、全員うまいうまいとむしゃむしゃ食べていた。


「そういえばさあ、お兄ちゃんには兄弟いないの?」


 肉があらかた片付き、みんなでぽりぽり甘い木の実をかじっているときになって、ナイムが聞いてきた。


「僕は一人っ子……兄弟はいないよ」

「さびしくない? うちにおいでよ。俺、お兄ちゃんほしかったんだ」


 ナイムの好意をやんわり断りながら、晶はふとなぎのことを思い出した。


「今は、凪っていう手のかかる雇い主がいて、寂しいどころじゃないかなあ……」

「ナギだと? お前、ナギの知り合いか」


 たき火を囲んでいた、獣人のうち数人がにわかに顔を曇らせる。まずいことを言ったか、と晶の背筋が一気に冷えた。


「は、はあ」

「あの女たらし、どこでどうしてやがる」

「今はえーっと……」


 晶が言葉を濁すと、獣人たちが笑い出した。


「なんでえ、とうとう女でしくじりやがったかあの野郎? そうだとしたらいい気味だぜ」


 凪はどうやらこの獣人たちとも交流があったらしい。顔が広いのは結構だが、あまり悪いことはしないでもらいたい。まさか純朴な村の娘をもてあそんで捨てたりしていないだろうな、と晶は顔をしかめた。


「あれは、村の娘たちが一方的にナギ殿にのぼせあがったと言う方が正しいだろう。あれほど整った顔立ちの御仁は珍しい」

「そうそう、マーリを取られたからって嘆くな嘆くな」

「まあ、不思議なお人ではあったが、悪気はねえよあれは。お前んとこの娘ももう熱が冷めたんだろ? 許してやれよ」


 幸いホルケウや、年配の獣人たちが場を丸く収めてくれた。凪がたいして悪いことはしていないとわかって、晶も一息つく。凪の美貌はこちらの世界でも通じるのだ。


「そんなにモテたんですか?」


凪はいつも大きな口をたたいているのだが、いかんせん客が来ないので実証できた試しがない。晶は試しに聞いてみた。


すると若い獣人たちの目から、一斉に光が消える。


「あいつの周りに、常に人垣ができてた」

「料理を食べてもらおうと、常に鍋を持った女子がうろついてる」

「それで戦いが始まるんだよな」

「長かった。実に長かった」

「最終的には、同盟を組んで抜け駆け厳禁になってたな」

「ごめんなさい」


なんだか知らないが、晶はかわりに謝っておいた。


「そうそう、あの時は大変だったよね」

「あれ、お姉ちゃんも鍋持ってたじゃん。並ぶ根性がなかったから途中でやめてたけど」

「ナイムっ!!」

「テスラ。詳しく聞かせなさい」


掘ってはいけないものに触れてしまったようだ。晶は親子の掛け合いが終わるまで、ただただ無言で肉を返し続けた。


「話を本題に戻そうぜ。ナギはどうなった?」

「領主に捕まって、今は牢屋です」

「はあ?」


 晶の言葉で、その場がざわついた。冷静そうなホルケウですら、持っていた木の実を取り落としている。円陣を組んだ状況で、晶は説明しろと獣人たちに詰め寄られてしまい、仕方なく一部始終を話す。


「……つまりこういうことだな? ナギ殿はそのユーリという少女のために、ラヴェンドラを手に入れようとこちらにやってきた。もちろん、領主と交渉して正当な料金を払った上で入手しようと考えていたのだろう。だが領主が変わってしまい、そうもいかなくなっていた。かえって前の領主とのつながりを疑われ、牢屋行き」

「それを追いかけてきたのがお兄さんってわけね。どうしたいの? ラヴェンドラを手に入れるのか、ナギを助けるのか」


 テスラが晶に聞いてきた。


「もちろん、ラヴェンドラを手に入れるのが先だよ。凪なら、きっと自分のことは自分でなんとかする」


 領主はこれからしばらく、自分の地位を固めるのにやっきになるはずだ。良い傭兵になりそうな相手なら、いつまでも牢には入れず連れ歩くだろう。それなら、自分が助けに行かなくても隙を見て逃げ出せるはずだ。


「ほう……それなら、良い知らせと悪い知らせがあるぞ。どっちから聞く」

「良い方?」

「ラヴェンドラの自生地ならこの近くだ」


 晶は身を乗り出した。やっとここまできた、という興奮で拳を握る。しかし、もう一つ残った知らせの存在が気になった。


「悪い、知らせは?」

「それは……」


 ホルケウが口を開いたとたん、森の中が騒がしくなった。斥候に出ていたらしい獣人たちが、戻ってくるなりホルケウになにかささやいている。


「……お出ましか。こちらが風上だから、すぐに発見はされまい。が、とにかく移動するぞ。話は村まで戻ってからだ」


 報告を受けたホルケウがぴしゃりと話を打ち切って、指示を出す。全員がばたばたと荷物をまとめ始めた。遊んでいたはずのナイムまで、難しい顔をしてぴったり父親にくっついている。


「なにが来るんだ?」


 殺気立っている大人にはとても聞けない。晶はおそるおそる、ナイムに話しかけた。


「森の王様だったものだよ。ぼやぼやしてるとほんとに食われちゃう。お兄ちゃん、走れる?」

「うーん……」


 晶は首をひねった。もちろん普通の人間としては走れるが、獣人たちと同じくらいかと言われると疑問が残る。


「ナイム、心配しなくても客人は俺が背負う。お前はテスラと一緒に来い。みんなから離れるなよ」


 なにか言う暇もなく、晶はホルケウに背負われる。転がるように丘を降り、また違う方角の崖道を駆け上がる。何本かの川を越え、ようやく高台までたどりついたとき、晶はホルケウに声をかけられた。


「下、見てみろ」

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