第17話 断じて! 断じてわざとでは!
「……よし」
人形ができると、
軽く動かしてみて落ちてこないのを確認してから、自分の腰にも蔦を巻いた。それから火をともした
準備は整った。
晶はまず骸骨の付いた方の蔦を大きく引き、離す。重りの付いた骸骨は人間と同じように、弧を描いて川の中央へ飛んでいった。水中から銛が飛び、哀れな骸骨がしっかり捕まる。
そのタイミングで、松明をつかんで晶は地面を蹴った。
弧を描き、獲物を捕食している貝の上を飛び越える。しかし、貝は晶が思うより早く、獲物の身が少ないことに気づいた。晶が向こう岸に飛びうつったその時、貝から放たれた銛がこちらに向かってくる。
しかし、今度はきちんと両足が地についている。晶も落ち着いて銛を迎え撃った。
「このおっ!」
上からの剣の振り下ろし、その一撃で晶は銛を叩く。斬り飛ばされた銛の先がどすん、と音をたてて晶の横に転がった。
「これでもくらえっ!」
晶は攻撃の手を緩めない。間髪入れず、無防備に空いた貝の吸入口目掛けて、松明を思いきり投げつけた。的が大きいので、松明は口の中へ落ちていく。間もなく、大きな貝が苦しげな声をあげて痙攣しだし、ざぶりと水しぶきをたてて川の中へ消えていった。
銛が襲ってこなくなったのを確認し、晶はぺたりと尻餅をついた。しばらく、鳥の鳴き声とザアザアいう川の流れだけが聞こえる。冷たい風に頬をなでられ、やっと晶は立ち上がった。
「や、やった……」
「まあ、格好いいとは言えぬが及第点ではないか」
カタリナがばさばさとマントを
「特に毒の銛を切ったところなどなかなかであったわ。あれが当たれば死ぬのに、ずいぶん思いきりのよいことじゃ」
「死ぬってどういうこと!?」
あくまであの銛は、獲物を一時的に痺れさせるためのものだと思っていた。晶はカタリナの話を聞いて目をむいた。
「……お主は知らんかったのか。あのベッコウカワガイの毒は、当たれば屈強な大男でも即死するくらい強い神経毒じゃぞ」
「げええええ」
「なに今更死にそうな顔をしておる。全く、無知なほうがよいこともあるものじゃて」
「あ、危なかった……」
もちろん知っていたら、あんなに思い切りよく接近しなかった。晶は震える足をなだめながら、剣を鞘に納める。貝がまた浮き上がってこないうちに、晶は森の奥を目指して歩き出した。
☆☆☆
「もっと奥かあ」
なんとか貝のいる川を渡りきった晶はさらに森の中へ踏みいっていく。時々森の木に布を結びつけて、迷わないように目印を作る。しかし、進んでも進んでも目的地は見えてこない。
「うー寒っ、今夜は野宿かなあ」
晶は首をすくめた。もう日が落ちかけている。寝るのなら、今のうちに場所を探しておかないとあっという間に真っ暗になってしまいそうだ。
(いちおう天幕が張れるだけの布は買ってもらったけど……それでも、洞窟があればそこに泊まろう)
晶は大きく目印からそれないように、辺りを探した。しかし、寝るのに良さそうな場所はなかなか見つからない。晶がもう諦めようか、と思ってふと上を見上げると、崩れた山小屋らしきものが眼に入った。
「ラッキー、建物だっ」
今日はせいぜい洞窟泊まりだと思っていた晶は飛び上がった。背後でカタリナが小さく「やれやれ」とつぶやく声が聞こえる。
少しふらつく足で坂を登り、晶は小屋に駆け込んだ。しばらく人が使っていないらしく、室内はかび臭かったが、屋根と壁と床に囲まれているというだけで安心感がこみあげた。松明に火をつけ、あたりを見回す。
所々に、破れた地図や壊れた弓矢が無造作に棄ててある。落ちていたずだ袋の中を覗いてみると、ナイフや金貨が入っていた。狩人たちが使っていた休憩場所なのだろうか。
「さすがに食べ物のストックはないよなあ」
晶はさらに小屋の探索を続ける。戸棚の奥に手を伸ばそうとして、はっと手を止めた。
(待てよ、おかしいぞ。狩人が使っていた小屋にしては、あの落ちてた金貨の多さはなんだ?)
晶はクロエとの買い物の様子を思い出した。確か、金貨ひとつでけっこうな量の乾パンと立派な剣が買えていた。よほど高価で売れる毛皮でも狩っているならともかく、猟師がそこまでためこめるものだろうか。そして、そんな貴重なものをこんな山小屋に置いていくだろうか。
突然、殺気を感じて晶はのけぞった。生木を裂く音とともに、さっきまで晶が覗きこんでいた戸棚が砕ける。割れた木の板から、ナイフの切っ先が覗いていた。
ここは狭い。長剣がどこかにひっかかったらおしまいだ。そう思って晶が短刀に手をかけた瞬間、ぱかりと戸棚の背板が外れた。
そこは隠し部屋になっていた。なるほど、金貨は囮。欲に目がくらんでうろうろ探し回っていると、ここからぶすりとやられてしまうのだ。
戸棚の奥から、小柄な男が飛び出てきた。男から第二撃が放たれる。晶は飛び退いてかわした。
お互い得物は短刀だ。間合いは長くない。晶は距離を保ちつつ、じっと目の前に現れた敵を見つめた。
鎧と手甲をつけた敵はまだ少年だった。しかし、ただの人間ではない。茶色い頭髪の中から、犬の耳が生えているし、大きなしっぽもあった。ゲームによく出てくる半分人間、半分獣の種族だ。普段の晶なら珍しさに惹かれて喜んだだろう。
しかし、今は喜んでいる余裕などどこにもない。獣人の目は、殺気でぎらぎら輝いている。
(来る!)
晶よりも先に、相手が踏み込んできた。一瞬の動きだ。──だが、晶には見える。もともと剣道で鍛えていた動体視力と、これよりもっと化け物じみて手加減してくれないオッサンのおかげだ。晶は慌てず、短刀を持っていない左腕を差し出し、敵の右腕内側にぶつける。
てっきり短刀を出してくると思っていたのだろう、獣人がくっと息をのむ音がした。
晶はその乱れを見逃さない。当てた左腕を外側へ回し、相手の短刀を自分の間合いから外す。あわてて構えなおそうと獣人の腕が上がってきたところへ、思いっきり肘をたたきつけた。
「ぐっ!」
まともに当たった。獣人の顔がゆがむ。しかしまだ安心はできない。さっき肘打ちをした晶の手は、ちょうど獣人の胸の位置にある。そして、いくら鎧といっても、フルアーマーでなければ胸の位置に手を入れられるくらいの隙間が必ず空いている。
晶は鎧の胸当てを両手でがっちりつかみ、相手の体勢を崩す。そのまま一気に獣人を地面に押し付け、仰向けにさせた。鎧の金属で腹を防御している分、仰向けになってしまうと腹筋を使って起き上がれなくなる。
晶は最後に、ばたつく相手の腕を足で踏んでナイフを奪い取り、至近距離から獣人の耳元に向かって大声で「わあっ」と叫んだ。人間よりはるかに耳がいいのだろう、獣人は耳を押さえてうずくまった。その隙に、晶は長剣を手にし、切っ先を相手に突きつけながら話し出した。
「勝手に入ったのは僕が悪かったけど、ずいぶん物騒なところだね」
獣人が耳を押さえながらきっと晶をにらみ、言い返してくる。
「……こんなヒョロヒョロした男に負けるなんて」
「ヒョロヒョロ……」
あんまりな扱いに晶は肩を落としたが、すぐに気を取り直す。
「そりゃヒョロヒョロでも男だからね。組み合いになったら女の子は不利だよ。どこか、骨が折れたりしてないといいけど」
晶がそう言うと、獣人は真っ赤になってしゃがみこんでしまった。
「ほう、こやつおなごであったか。見た目ではわかりにくいの」
恥ずかしがる獣人を見ながら、カタリナが笑う。
「僕だって最初はわからなかったよ。さっき鎧の隙間に手を入れたとき……その……つまり……」
「ナニに触ったわけじゃな。計画的に」
「
晶が正面を向いたままカタリナに怒っていると、また獣人が口を開いた。
「何しに来た」
「野生のラヴェンドラを探しに……」
晶が素直に答えると、相手の目が一気に険しくなった。
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