第14話 お前の血(モノ)は俺の血(モノ)
「おい、行き倒れだ」
「銀貨があるぞ、もっと探せ」
声が聞こえて、
「今盗ったものを返して。嫌って言うなら手加減はできない」
晶はじろりと子供たちをにらみつけた。真剣の輝きと、晶の気迫に負けたのか、子供たちは盗ったものをそこらにばらまきながら四方に散っていく。
「……ふう」
少し大人げなかったかな、と反省しながら、晶は自分の荷物をまとめた。つくづく、ここは元いた世界とは違うのだと実感させられる。外れかかっていたベルトをはめて晶は歩き出した。
街中に降りたかったのが、どうやら外れの人気のないところに出てしまったらしい。
しかし、少し先に石造りの建物がはっきり見えている。歩いて行けばそのうちたどり着くだろう。晶は気持ちを切り替えて、ざくざくと土道を歩き出した。もちろん舗装などされておらず、風が吹くたびに細かい砂埃が晶の頬をうつ。異世界の季節は日本の秋に似ていて、暑くも寒くもないのがありがたかった。
「ううううう」
良い気分で歩いていた晶は、いきなり聞こえてきたうめき声に飛び上がった。見ると、横の茂みに一人、緑色の髪をした若い女が仰向けに倒れている。
最初は助け起こそうとした晶だったが、ふと思い直して手をひっこめた。
女の服装は、大胆に胸元がカットされた黒いドレスに、細かいレース編みのボレロ。はちきれそうな大きな胸の上には大きな宝石がはまったネックレスがかかっている。美しい顔には染み一つなく、目元に黒いアイラインまで引いてある。行き倒れるような格好には見えない。明らかに富裕層の人間だ。
(下手に触るとややこしそうだな)
晶がため息をつきながら女を見下ろすと、薄く眼を開けている女と視線があった。しかし、女は素早く目を閉じて、行き倒れたフリをしつこく続ける。
「……起きてますよね」
「起きてなどいませんことよ」
語るに落ちるとはこのことだ。女はもごもごと口ごもったが、結局諦めて上半身をのそりと起こした。
「あなた、何者ですの? 農民の服を着ているのに、わたくしの美貌にも着衣にも宝石にも興味を示さないとは」
「ただの恐がりですよ。それより、あなたこそこんなところで何をしてたんです」
「道行く健康そうな男女から、ちょっと血をいただこうと思いまして」
もしや、この女は吸血鬼というやつなのか。晶が完全に固まっているうちに、女はじろじろと晶の顔を見つめてきた。小さく「まあ食べられそう」とつぶやいたのがひっかかったが、晶はさっさと女に背を向けて歩き出そうとした。
「き、吸血鬼……?」
「そうも呼ばれますわね。あまり人間と関わることはないから、怖がられても仕方ないけれど」
「日光に弱いんじゃなかったんですか?」
「人間より丈夫な生き物が、どうしてそれくらいでひるまないといけないの」
「聖水は」
「同じ宗教を信仰していなければ、そんなものただの水ですわ」
「香草嫌いは」
「だから人間が大丈夫なものでは死なないって」
「招きがなければ家に入れないんですよね」
「何ですの、その無駄な礼儀正しさ」
「家の前に豆があると、朝まで数を数えてしまうっていうのも……」
「バカにされていますわね。後でそれ言い出した人間の名前を教えなさい」
こちらの世界で流布している俗説は、ことごとく拒絶された。そしてクロエが、本気の面持ちでにじり寄ってくる。
「いや、噂の域なんで僕も確証は……」
「あら、よっぽど田舎からいらっしゃったの。それなら血も綺麗だろうから、ちょうどいいわ」
話が不穏な方向に傾いてきた。晶は後ずさるが、クロエはそれ以上の勢いで追いかけてくる。
「待ちなさい。血をよこしなさい」
「悪い予感が当たった」
「怪しくないですわよ、最初はちょっと痛みがありますけど……実地で試してみればわかりますわ」
女が宗教の勧誘じみたことをつぶやく。身の危険を感じた晶が振り向くよりも先に、がっつりと背後から女がおぶさってきた。首筋にちくりと軽い痛みが走り、晶は自分のうかつさを呪った。
十数分かけて晶の血を吸った後、女は晶から離れていった。晶はどっと疲れが出て、地面にへたりこむ。さっきとは逆に、すっかり顔色のよくなった女が晶を見下ろしていた。
「ごちそうさまでした」
「あああああ、これで僕も吸血鬼だ……
首のかみ跡をさすりながら、晶が嘆く。すると、女は大きく笑い出した。
「吸血鬼になれるのは、わたくしと契りを交わした絶世の美男美女だけですわ。あなたはただわたくしに血を提供しただけですのよ」
「へーそーですか」
血を吸われたあげく、笑われた晶がぶすっとしていると、女はわかりやすくしなを作った。
「まあまあ。路銀を少しあげますから、もう行ってもかまいませんわ。あなた、どこへ行くんですの?」
「ゴルディアへ……」
晶が正直に言うと、女はとたんに難しい顔をした。
「ゴルディア? およしなさい。今はろくなことになりませんわよ」
「どういうことですか? でも、僕どうしてもあそこに行かないと……」
晶がしぶる様子を見て、女は腕組みをした。
「どうしてもというのなら、わたくしと一緒にいらっしゃい。その目で見るなら納得するでしょう」
「え?」
「あなたの血、思っていたよりおいしかったので。吸血鬼のきまぐれですわ」
女はそう言うと、晶の隣に並んだ。晶は断ることもできずに、結局二人並んで歩き出す。いきなり吸血鬼に襲われて気分は最悪だったが、もはや引き返すわけにもいかずに歩き続けた。
しばらく歩くと、立派な石畳の道が見えてきた。ぽつぽつではあるが露店も見えてきて、晶はほっと胸を撫で下ろす。
「ふふん、さっきまでの威勢はどうした」
背後からいきなり、カタリナが声をかけてきた。晶はあわてて振り向いたが、横を歩く女は平然としている。晶はわざと歩くスピードをゆるめ、カタリナに詰め寄った。
「いきなり出てこないでよ」
「心配せんでも、この世界の住人に私の姿は見えておらんし声も聞こえん。貴様にだけ監視がついているような状態じゃと思え」
「めんどくさいなあ」
「何か言うたか」
カタリナにぎろりとにらまれて、晶は慌てて口をつぐんだ。今、吸血鬼に張り付かれている状況で頼れるのは彼女だけだ。
「いえ、なんでも。……ところで、今吸血鬼と会ったんですが」
「あやつもこの世界の住人じゃ。気味悪かろうが、自分でなんとかせい」
カタリナはどこまでも冷たかった。晶は仕方なく、足を速めて吸血鬼の女に追いついた。女の方ばかり向くのも気が引けるので、晶は道行く人たちの様子を観察し始める。
こざっぱりした格好の旅人もちらほらいるが、道を歩いている人間の大半は泥まみれの日に焼けた体つきの男女だった。彼らはいずれも大きなかごを背負って、町の方へ歩いていく。恐らく周辺の村の農民たちが、市へ向かうのだろうとあたりをつけた。
農民たちの列に混じって、晶と女は歩いた。明らかに場の雰囲気にそぐわない格好の女の周りには、人だかりができる。居心地が悪い状態のまましばらく歩くと、なにやら大きな門の前で行列ができていた。なすすべなく順番を守っていると、間もなく見張りらしい兵がじろりとにらみをきかせてくる。
晶たちの前の農民が、片手を差し出して何やら書きつけを見せているのが見えた。ちらりと違和感があったが、それがなにか追求する前に兵士がうなずき、農民は書き付けをしまいこんでしまった。
(通行証かなにかかな……)
晶は慌ててポケットを探る。幸い、魔法のおかげで手書きの文字も解読できた。凪が手にいれてくれていた書類の中に、同じ書式の通行証を見つけて晶は胸をなでおろす。異世界に通い始めて数ヶ月でどうやってこんなものを手に入れたのだろうと首をひねったが、とにかく今は使うしかない。
列が進み、晶の順番になった。晶が通行証を差し出すと、なぜか見張りの兵士がにやりと下品な笑いを浮かべた。そして明らかに小馬鹿にしたような表情で、晶の肩をこづいた。
(一体何が起こって……ああっ)
晶は小馬鹿にされた原因に思い至った。さっき覚えた違和感の正体もわかった。領主が押したであろう判子の図柄が違ったのだ。凪が手にいれた通行証は、交代前の領主が発行したもの。領主が変わってしまった今は、使えないに違いない。
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