第11話 決闘、騎士と傭兵

 なぎ手枷てかせをがっちりはめられ、兵士にこづかれて地面に倒れこんでいた。鎧が重いのか、一度転ぶとなかなか起き上がれない。普段はスマートな凪が、芋虫のようにのたくたと動く姿は衝撃だった。


 凪も兵士も何かしきりにしゃべっているが、異世界の言語のため晶にはさっぱりわからない。あきらが助けを求めてカタリナを見上げると、彼女は大きく肩をすくめた。


「今回だけじゃぞ」


 カタリナが杖を一振りすると、晶の右手甲に赤い本をかたどった魔方陣が浮かび上がった。その状態で凪たちの会話を聞くと、今度は素直に凪たちの会話の意味が分かる。


「すごいね。魔法? 僕でも使える?」

「最初の質問の答えは是、次は否じゃ。魔法はあちらの世界でも、番人とごく限られた魔導士しか使えん。お主には教えてやらん」


 カタリナはすげなく答えた。便利なものを使いこなせる人間が限られているのは、あちらの世界でも同じようだ。晶は淡い希望を捨て、凪たちの観察に戻った。


「あっ、てめー顔覚えたからなっ」


 自分の背中を蹴った兵士に向かって、凪が毒づく。枷までかけられた状況でまだ余裕があるのはすごいが、この人には危機感というものがあるのだろうかと晶は心配になった。


「何を抜かすか。領主さまの直轄地で、貴重な薬草を盗もうとしおってからに」

「だからそこに入る許可をもらってあるって言ってるだろうがっ。お前、絶対後で土下座する羽目になるから覚えとけよ」


 毒を吐くも効果はなく、手荒く凪が兵士たちの手で身ぐるみを剥がれていく。凪が持って行ったのは当たり障りのない金属鎧と古びた剣だから、検査されても特に心配もないだろうと晶は思っていた。


 が、その予想は大きく外れた。凪が脱いだ靴を調べていた兵士が、いきなり大声をあげたのだ。


「おい、なんだこれはっ」


 兵士に怒鳴られて、凪が大きく顔をしかめた。凪の靴底がめくられると、そこは二重になっていた。その下から銀を延ばして作った板が出てきたのだ。


 赤子の手ほどの大きさの銀板は、日を受けてきらきらと輝く。表面にびっしり刻み込まれた優雅な蔓草模様は、明らかに職人の手による装飾だった。凪が持っているのが不自然なほどの高級品だ。兵士が血相を変えるのも無理はない。


「ほんとに身ぐるみはぎやがって。なんだもなにもねえ、領主さまにもらったんだよ。薬草園への通行証。ほら、これで不審者じゃないってわかっただろうが」


 凪が口を尖らせてつぶやく。しかし、疑いが晴れるどころか、兵士たちの顔にびっしり浮かんだ血管は今にも音をたてて切れそうになっている。単に高級品を持っていたから怒っているわけではなさそうだ。


「ほう。ならば、領主さまの名を言ってみよ」


 兵士たちの中でも、ひときわ豪奢な鎧に身をまとった隊長役の男が、凪を見下ろしながら言う。晶の心が、ざわりと波打った。悪い予感がする。 

                               

「……ルネ・ヴェームスブルク・ド・ゴルディア。あんたらの様子だと、今はどうやら違うようだな?」


 凪も事情を察したらしい。にやりと笑いながら、隊長に言い返す。


「その通り。前領主は乱心し、息子ともども皇帝陛下への謀反を計画していたため斬首となった。今はアルトワ・エヴリュー・ド・ゴルディア卿が執務をとっておられる。ゆめゆめ失礼のないよう心掛けよ。処刑までのわずかな間の話だがな」


 処刑、という単語に晶は息をのんだ。が、凪は飄々とした態度を崩さない。


「処刑ねえ、勘弁してくれよ。俺は前の領主に心酔してたわけじゃねえ。あくまで傭兵、金と金での繋がりでな」

「ほう。そんな女のような顔でよく傭兵だと名乗れるものだ」

「試してみるかい。この中じゃ、俺の相手になりそうな奴はいないけどな」

「なんだと!」


 馬鹿にされた隊長が、今度こそ剣を抜いた。凪は涼しい顔をしながら「丸腰の相手を斬ったことを自慢するのかよ」と言い返している。ここまできても、凪は引く気はなさそうだ。


 晶はカタリナになんとかしてくれと泣きついたが、彼女は黙って首を横に振る。その間にも、隊長はじりじり凪との距離をつめていた。


「捕らえられても汗一つかかぬか。なかなかの度胸である。一度戦ってみよ」

「アルトワ様!」


 制止の声がかかって、隊長が足を止めた。兵士たちの後ろから、ひときわ背の高い、豪華な青いマントをはおった男が進み出てくる。すっきりと引き締まった体に、立派な鼻と黒いひげをたずさえているが、その目は始終何かに怯えているようにびくびくと動いていた。


「対戦相手は隊長のガストンじゃ。よいな」

「はっ」


 隊長に否やがあるはずがない。装飾のついたマントを外し、堂々と進み出てきた。彼の様子をみて晶は顔をしかめた。よく見れば、ガストンと呼ばれた隊長は立派な胸板と、丸太のような腕を持っている。いかにも歴戦の強者と言った風情で、かなり凪が不利に見えた。


 しかし晶にはどうすることもできないまま、凪も準備を整え始める。


 ついに勝負が始まってしまった。凪はしゃがみこんだまま、じっと敵の動きを見ている。凪の頭の上ががら明きで、見ている晶ははらはらしっぱなしだった。


「ぜえいっ」


 先にしびれを切らしたのは、ガストンのほうだった。振りかぶった剣を、凪に向かってふりおろす。その瞬間、凪が動いた。


 凪は素早く切りつけてくる大剣の下に入り込み、がっちりとガストンの攻撃を受け止める。そのまま、勢いをつけて一気に立ち上がった。


 凪が立ち上がった時の勢いに押され、ガストンの腕が曲がる。さっき降り下ろしたはずの彼の剣は、すでに顔面近くまで押し返されていた。構え直そうにも、ガストンの籠手に凪の剣の鍔が食い込んでいて、思うように動かせないようだ。


 凪がにやっと笑う。その直後、無防備になったガストンの股間を思いっきり凪の長い足が蹴りあげていた。


「ぐむっ……」


 金属の具足をつけた足で急所を蹴られたガストンの顔が、一気に青紫色になる。いかに屈強な男と言えど、この一撃にはひとたまりもない。晶もちょっと背筋が冷えた。


 崩れ落ちたガストンを尻目に、凪はからからと領主のアルトワに向かって言い放つ。


「勝ったぞ」


 凪は余裕たっぷりに言う。しかし、アルトワの周りの兵たちからは怒りの声があがった。


「卑怯ものぉ」

「こんな決闘など無効だ」


 四方八方から飛んでくる罵声にも凪は動じない。倒れたガストンの首筋にびたりと剣を当てたまま、頭を上げた。


「騎士さまの決闘には縁がなくてねえ。なんせ傭兵なもんで。しかしあんたら、戦場に行ったらこういう戦い方のほうが使えるんだぜ」


 不遜な凪の顔を、アルトワがじっと眺める。決して親しみなど感じていない、ものを見るような目付きではあったが、初めて領主が真っ直ぐに凪を見た。


「……よかろう。召し抱えるものとする。ただし、今後とも薬草園への出入りは禁ずる。精油を扱えるのはわしの部下の中でも限られたものだけじゃ。よいな」

「かしこまりました」


 どうやらアルトワは、金になる精油事業を独占的に取り仕切る気のようだ。カタリナが言っていたことの意味が、晶にもようやく飲み込めた。


「しばらくわしの警護にあたるがよい。前領主を支持しておった不埒なものが辺りをうろついているでな」

「はっ」


 凪がアルトワに敬礼して、なんとかその場は丸く収まった。晶はようやく長い息をついて、地図から目を上げる。

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