第10話 凪、捕まる

「わかりました。勝負はいつ?」

「二週間後です」

「それだけあれば十分か。引き受けましょう。料金は前金で五万、成功したらその三倍払ってね」


 かなりふっかけるなあ、とあきらはあきれてなぎのいうことを聞いていた。悠里ゆうりが怒って帰ってしまったらどうするのだろうか。


「……わかりました」


 しばらく迷った後、悠里は現金で前金の支払いをすませて帰っていった。彼女が出て行ってから、晶はなんとなく罪悪感にとらわれた。


「ほんとに払ってくれた。いいのかなあ」

「いいんだよ、なんとかするから」

「安請け合いして……僕はよくわからないけど、ストレートパーマがきかないって相当ですよね?」

「ちょっとやそっとじゃ無理だろ。が、異世界の力を借りれば大丈夫だ。万能と言われるオイルがあってな」


 凪はさっそく立ち上がると、本棚から分厚いノートを出してきた。晶が横から見る。そこには植物図鑑のようにびっしり細かいイラストが書き込まれていた。


「これだ」


 細い凪の指が指し示す図に、晶は見入った。


「ラヴァンドラ……ですか」


 奇妙な植物だった。細かく枝分かれした箒のような緑葉は地にぺたりと張り付いているのに、そこからすっくと伸びた茎は天を指すように高く上に向かって伸びている。茎の先には、シャボン玉のような紫の丸い珠がいくつもついていた。


「そうだ、鎮静・抗炎症作用で有名だが、健やかな髪の育成を促進したり、痛みを修復する作用がある。この前行ったゴルディアの特産品だ。かつらを作るために髪を切ってる女性にやるとずいぶん喜ばれたぞ」

「……向こうで何やってんですか?」


 晶に突っ込まれそうな気配を察した凪が、ばんとノートを閉じた。その上、よしこれから採集に行こうそうしようと一人でつぶやきながら奥へ引っ込んでしまった。

ひとしきり、奥の部屋からどたんばたんと騒がしい音が聞こえる。


 部屋の外で晶が様子をうかがっていると、中世ヨーロッパの金属鎧に身を包んだ凪が出てきた。さすがに兜まで身に着けてはいないが、体が金属板でおおわれていて、動くたびにかしゃかしゃやかましい。腰には、両手でないと持てないような大きな剣が下がっていた。


「すごい格好ですね」

「異世界に入るんだ、こっちの普通の格好じゃ浮くんだよ」


 凪がポーズを決めながら答える。確かに、この前見た世界では甲冑姿も馴染みそうだった。


「これからほんとに行くんですね? ちゃんと二週間以内に帰ってきてくださいよ」

「おう、留守番よろしく。夜になったら、地図をちゃんとしまって帰るんだぞ」


 地図の見張りといっても、遠征が長期になると、晶がつきっきりになれないときもでてくる。そういう場合は、凪の部屋のどでかいクローゼットに地図をしまってカギをかける約束になっていた。万全とはいえないが、晶にも生活がある以上仕方ない。


 話がまとまると、凪は迷うそぶりも見せずに地図に向き合う。また凪は「ゴルディア」とつぶやき、魔法陣の光に包まれて姿が見えなくなった。


「行っちゃった」


 一人取り残された晶は、ぽつりとつぶやく。やることもないので、とりあえずさっき悠里に出した食器を洗おうと腰を上げた。



☆☆☆



 翌日、晶が店を訪れた時も、凪はまだ戻っていなかった。仕方なく部屋の掃除をしていたが、もともと客が来ない間に掃除ばかりしていたのでそんなに汚れていない。あっと言う間に晶はヒマになった。


「どうしてるかな」


 昨日番人からは覗くなと言われたが、好奇心が勝った。晶は、地図を拡大してゴルディアの街中で凪の姿を探す。


 幸い、すぐに市場で食糧を買い込む凪が見つかった。凪は堅焼きのパンや干し肉、ドライフルーツを買い込んでいる。喉がひたすら乾きそうな品ばかりだが、あちらで食糧を長持ちさせるとなったらやはり乾かすのが主な方法なのだろう。


「こっちから缶詰とか持っていけばいいのになあ」

「それはならんと私が言ったのじゃ」


 晶のつぶやきに、番人が答えた。


「わあ、出たっ」


 絶世の美少女がいつの間にか晶の隣にやってきて、きつい表情でこちらを見据えていた。晶はあっという間にしどろもどろになる。


「出たとはなんじゃ」

「すみません……番人さん」

「カタリナという名がある。前にやたら覗くなと申し付けたはずじゃがな」

「ごめんなさい、カタリナさん。雇い主の凪がそちらに行って帰ってこないので、どうしてるかなあと」


 晶が正直に事情を話すと、カタリナは固い顔をしたままうなずいた。


「まあ、気になるのはわかるがどうにもなるまいよ」

「でも、こっちに比べれば危険みたいだし」


 凪から聞いたことを話すと、カタリナは腕組みをしながらうなずいた。


「ふむ……確かに、庶民に『じんけん』などというものはないが、野生の動物が闊歩するほど未開の大地というわけでもないぞ。お主、私が守護する世界についてはどれくらい知っておるか」

「それが全然。なんか昔のヨーロッパに似てるな、くらいしか」

「よーろっぱ?」

「ああ、こっちの世界の大陸の名前で……」


 カタリナに一気にいろいろ説明してもきっとわかってはもらえないだろうから、晶は簡単に説明した。


「ふむ、ならこちらもかなり部分的に話すぞ。詳しく知りたければあのたわけに訊くがよい。奴がおるこの大陸はカルセル・デルフィーネ。北には荒々しい海が控えており、この外は地獄へ続くとも、天国へ続くとも言われておる」


 晶はうなずいた。そんな状態なら、航海術はあまり発達していないだろう。陸路のみで交易をおこなう、こじんまりした国を晶はイメージした。それが表情に出ていたのか、カタリナにとがめられる。


「バカにするでないぞ。北の海流が激しすぎて航海できんだけで、南の内海ではさかんに船を使った物資のやりとりが行われておる」

「へえ」

「たわけのおる村など、交易でなかなか潤っておるぞ。上質な精油や薬草は、深層の令嬢たちに高く売れるからの」

「そうですか……やっぱり、ラヴァンドラの油は高いんですか?」

「最上級の精油となれば金貨がいくつも飛ぶの。まあ、今は容易には手に入らんがな」

「え?」


 カタリナの不穏なもの言いが気になった晶は問いかけた。


「見たいなら見るがよい。今回は特別に公開してやろう。たわけの泣きっ面がみられるかもしれぬ」


 すっかり地図から全身を露出させたカタリナが、右手に持っていた杖で、とんとんと地図をたたく。すると、さっきまでは小さかった地図の中の光景が大写しになった。凪の姿も、はっきり見える。が、事態は晶が見ていない間に急展開していた。


「……あの……これ、捕まってません?」

「まごうことなき捕縛じゃな」

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