手を組みましょう、金のため。

第5話 貴様のことなどもう知るか!

「僕は許さなくてもいいの?」

「許すか許さないかはお前が決めることだろうが。俺がどうこう言うことじゃない」


 男はまっすぐにあきらを見て言う。その言葉に嘘はない、と晶は感じた。なぜか少しだけ、気が楽になる。


「で、どうするよ。これから俺の話聞いてくれるか? もう関わりたくないってんなら、俺はすぐ消えるが」

「…………」


 どうしたものか、と晶が悩んでいたところへ、後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。


 晶が振り向くと、叔父が顔を真っ赤にして立っていた。さっきは晶を無下に扱ったものの、珍しく後悔でもしたのだろうか。


「晶」

「なんですか」

「その……だから、なんだ。あんまり悲観するなよ。まだ若いんだから、自殺とかするんじゃないぞ。お父さんが悲しむからな。な?」


 叔父の言うことを聞いて、晶は思わず吹き出した。叔父が心配しているのは、晶のことなどではない。晶が自殺して、自分が世間からたたかれることを恐れているのだ。


 さすがだよ、叔父さん。あなたみたいに徹底的に自分のことしか考えない大人には、僕は絶対にならない。


 金に困ろうが大学に行けなかろうが、もう絶対に叔父の手を握ったりするものか、と晶は覚悟を決めた。


「……おい、いきなり出てきてこいつは一体なにが言いたいんだ」


 白衣の男が、突然出てきた叔父をにらみつける。男に向かって、晶はぶっきらぼうに叔父の本性を告げてやる。


「俺を支援したくはないけど、自殺でもされて立場が悪くなるのは嫌だっていう親戚です。父親が死んだばかりの甥を見殺しにした意地悪な叔父、なんてマスコミが飛び付きそうなネタですから」


 図星をつかれた叔父は、びくりと体を強ばらせた。


「もう支援してもらわなくて結構です。奨学金も今後の生活も、全部自分でなんとかします。上っ面だけいい大人がいなくても、僕は大学に行って父さんみたいな研究者になります。あんたは俺の人生には要りません。迷惑です」


 晶は胸を張って、本心からそう言った。白衣の男が、けらけら笑いながらこちらを見ている。逆に叔父の目は三角につり上がった。


「……ああそうかい、勝手にしろ。せいぜい中卒のガキ一人でどこまでやれるか頑張ってみろ。こっちがちょっと優しくすればつけあがりやがって」


 叔父はとうとう本音を吐き、蔑むような目で晶を見た。晶の頭に、かっと血が昇る。


「おーい」


 横で様子を見ていた白衣の男が、叔父に声をかけた。モデルもかすむと思わせる整った顔立ちの男に話しかけられて、一瞬叔父がたじろぐ。


「な、なんだあんた」

「失礼。晶君のお父さんと一緒に商売をしていたものです。今日は、晶君に配当金をお渡ししに来まして」

「配当金?」

「いやあ、辰巳たつみさんはとても先見の明がある方で。彼の言うとおり投資をしたら、もう笑いが止まりませんよ」


 白衣の男は可笑しくてしかたない、という顔をしてみせた。初めて叔父が、彼に興味を示す。


 晶は何を言い出すのだろう、とはらはらしながら白衣の男の様子を見守った。


「儲けのお裾分けをしようと思っていた矢先に亡くなられたと聞いて、びっくりしましたよ。それで、配当金の一億円は晶君にお譲りしようかと」


 今度こそ叔父が本気で目の色を変えた。一気に彼の鼻息が荒くなる。金の亡者になった叔父を軽蔑しながら、晶はことの成り行きを見守っていた。


「配当金? そんな話は。大体あのクソ真面目な兄貴が副業なんか」

「実は辰巳さん、しばらく前にリストラにあってましてね。努力家ではあったんですが、最近の企業はひどくシビアで。まあ、そのおかげで商売の才能が開花したんだから、人生何が起こるかわかりませんね」

「それにしたって、い、いちいちいちおく? こんな子供に?」

「仕方ないでしょう。彼は身内がいませんし、あなたは彼の後見人になる気がないみたいですから。彼の総取りですよ」


 叔父がわなわなと震えだした。白衣の男はもう叔父に興味がなくなったようで、彼にくるりと背を向けて、晶の肩を抱く。


「さあ行こうか晶君、君にお金の使い方を教えてあげよう。なんなら不動産でも買うかい」

「いりませんよ、そんなもん買ってどうするんですか。お金があるなら、まずは大学と大学院です。父さんみたいになるんだから」

「おお、孝行息子」

「晶、ちょっと待ちなさい、な?」


 歩き出した晶の前に、叔父が回り込んできた。さっきとはうってかわって、揉み手でもしそうな勢いで晶に近づいてくる。


「晶、叔父さんな……」

「俺に叔父は居ません。つい最近までいましたが、さっき自分からその地位を放棄しました。さ・よ・う・な・ら。じゃ、行きましょうか?」


 晶は白衣の男に近寄って、ぐいと男の袖を引いた。男もにやりと笑って、晶の胸を軽く拳でこづく。


 取り残された元叔父が、「あきらああああ」と情けない声をあげたが、晶はまるっきり無視してやった。叔父のみっともない声を風がかき消してくれるところまで、白衣の男と晶は並んで歩いた。



☆☆☆




 白衣の男がまだ昼を食べていないというので、二人はそろって路地裏の小さな中華料理屋に入った。


 薄汚れた壁と、安っぽい緑のタイルの床の店内には、古ぼけた木の机と背もたれのない椅子が何組か並んでいた。モデルのような男がこの店に入ると違和感がすごいが、本人は気にしていなかった。


 早歩きでやってきた店員に注文を済ませてから、晶は男に質問する。


「で、配当金一億ってのは」

「ウソに決まってんだろ。そんなにあったら俺がほしいわ」

「やっぱり」


 半ば予想できた答えだったので、晶は大して驚かなかった。やはり、大学卒業まで奨学金を活用して自分で頑張るほかないらしい。それでも、叔父の世話になるよりも遥かに気が楽だった。


「でもまあ、あのオッサンには良い薬になったみたいだからいいだろ」

「そうですね、ありがとうございました。えっと……」

「ああ、名前教えてなかったか。俺は不死川凪しなずがわ なぎ。もともとお前の親父さんの中学の後輩だったんだ」

「そうですか。親父の二つ後輩……ってことはもう四十歳!」

「おう、あらふぉーよ、あらふぉー」


 晶は飲んでいた水を吹き出しそうになった。眼の前の男は、どう見ても二十代だ。こいつ怪しい薬でもキメているんじゃないだろうかと晶が思っていると、エプロンをつけた中国人の店員が無愛想な顔で蒸籠せいろを運んできた。


「きたきた。エビ餃子に大根もち、もう少ししたら麺がくるか。いただきます」


 凪は目をキラキラさせながら、晶より先に丸っこいエビ餃子にかぶりついた。ぱくぱくと凪が口を動かすたびに、点心がすごい勢いで減っていく。よほど腹が減っていたようだ。


 その様子に晶もつられて、箸が進む。結局、凪が食べ過ぎだと言えないくらい、晶も飲茶をたいらげた。


「ごちそうさまでした」


 伝票を見ながら、晶が半分の金額を計算していると、凪が横からひょいとそれを取り上げた。


「それくらいおごる」

「は、はあ。ありがとうございました」


 ありがたくおごってもらってから、晶は店先で凪を待つ。


「時間あるか、晶」


 凪もさっきの話の続きがしたいようで、店を出るなり晶に聞いてきた。晶は黙ってうなずく。


「俺がやろうと思ってる店、この近くなんだ。覗いてけよ」

「あ、そうなんですか」


 この風変わりな男がやろうとしている店に、晶は少し興味を覚えた。そこで話もできるだろうし、ちょうどいい。

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