第4話 乾パンさま

 みなさんは乾パンをご存知だろうか。

 災害が起きた時のためにあるあの非常食のアレだ。


 そしてその賞味期限は缶で未開封なら5年ほどらしい。もっと持つのかと思ってたけど、意外と持たない。

 ほら、サバイバル的な映画とかでよく出るよね?長いサバイバル生活を過ごすのに、一体どのくらい持ってるんだろうってくらい、次から次と出てくるから、10年くらいは軽くもつもんだと思ってた。


 昼過ぎに母さんに言われて非常袋を覗いてみれば、もう乾パンの賞味期限が切れそうだった。


「母さん、この乾パン、もうダメっぽいよー」

「あらそう、なら代わりを買っておくから、あんた、おやつ代わりに食べなさいな」


 おやつ代わりにって。

 まあしょうがない。少し小腹も空いていた事だし、よく買うものでもないし、食べてみるかな。

 勢いよくパカン、とフタを開けた。意外にもふわっと、美味しそうな香りがしてくる。


「お、意外にうまそうじゃん」


 一つ手にとって食べてみた。


 ボリボリ。


 保存食だけあって、硬めだけど、これはこれでイケる。


「・・・これなら、アレが必要だな!」


 僕は冷蔵庫から牛乳を持ってきて、コップいっぱいに純白の液体を注いだ。

 パンには牛乳です。これ鉄則。テンションが上がったところで、もう一つつまんで口に入れようとした時。


『ちょっと、待って』


 このタイミングで1番聞きたくなかった声が聞こえてきた。

 ・・・あー、これは無視しよう。そして乾パンをさらに一つ口に運ぶ。


『いや、だから、ちょっと待ってって』


 言い忘れたけど、僕には神様と話せます。付喪神というやつだけど、一応神様なんです。

 ただ、今回は珍しく、食べ物が相手。

 普通は持ち物のような、食べられないものなんだけど、保存食という意味合いからか、長期間に渡り保管されたためだろうか、話す神様が出てきてしまった。


「すいません。乾パン様。話されると、すごく食べにくいんですけど・・・」


 そんな僕の一言に、乾パン様はため息をつきながら答える。


『うんうん、私も後で食べてくれていいんだけどね、とりあえず話、聞いてくれない?』

「はあ」


 乾パンとして、いったいどんな話があるんだろうか。話をし始めた乾パン様に、僕は即席で作ったテッシュペーパーの座布団へ座らせた。


『いやいや、気を使わせちゃったね、ありがとう。久しぶりに外の空気が吸えたな、と思ったらさ、仲間が君にどんどん食べられちゃうじゃない?もう少しだけ、みんなにも外の空気を満喫させてあげてくれないかな?』

「いや、わかりますけどね、開けちゃったら、こういうものは早く処分しないとですね、湿気っても、もっとカチカチになっても、風味を損なって美味しくないんですよ」


 乾パン様はそれを聞いて少し機嫌を悪くしたようだ。


『・・・君さあ、私達も、せっかくこうして外に出れたんだよ?君だって丸四年部屋に缶詰状態だったら、外に出られれば、嬉しいでしょ?それを処分とかすぐ食べなきゃとか、ちょっとひどくない?私たちは後は食べられるだけなんだよ?』


 この後小さな声で『ま、もともとが住まいがカンヅメだけどね』とか言ってたのはスルーする。


「ええっと、じゃ、どうしましょう?皆さん、乾パン様と同じように並べておきます?」


 残りはまだ10個はある。


『そうだね、とりあえず、お願いしたいんだけど。満足したら食べていいってみんな言ってるから、その時は私から声をかけるよ』


 僕はため息をつきながら残り10個の乾パン様達の為にテッシュペーパー座布団を作り、それぞれ乗せた。


『いや、悪いねえ・・・え?何?もういいって?すまない君、右から二番目は、もうすっきりしたから、食べてもいいって』

「あ、はい。・・・じゃ、それでは」


 僕は右から二番目の乾パンを手に取り食べ始めた。


 ボリボリ、ボリボリ。


 もう全然味なんてわからない。

 本当はもう食欲なんて、とっくになくなっている。ただあるのは神様に対する義理というか、義務感からで、ただ口を動かしているに過ぎなかった。


『どう?美味しいかい?』

「え、ええ、まあ」

『本当?なんだか、義理で言ってる気がするなあ』

「ずっと見つめられてる気がするんです。なんか、お仲間を僕が食べてるのって、複雑な気分で」

『そんな、気にするなよ、噛まれるたびに、よかった、美味しいかい?って言ってるよ』

「・・・もっと食べにくいんですけど」


 そんな会話をしながら、乾パン様は5番目も、端っこも、と次々に食べるのを促していく。


 そしてラスト2つになった。


『うん、そうだね。ああ、君、悪いけど僕たちは明日食べてくれないかな?開封済みでも、一晩くらいなら風味は落ちない。それは僕が保証するよ』

「わかりました。僕ももう、お腹いっぱいなんで、待ちますよ、どうぞごゆっくり」


 そう言って僕は、自分の部屋に乾パン様達をつれて行く。リビングに置きっ放しでは食べられたり、捨てられたりすると、後味も悪いからだ。

 そして夜、僕はベッドに入り、ウトウトしかかっていた時、机の上から会話が聞こえてきた。


『私たちも明日までだな』

『ええ、でもずっと一緒にいられて幸せでした』


 もう1人は女性の声だ。

 乾パンの女神様、と言うところかな。


『はじめて会った時の事を覚えているかい?』

『忘れもしませんわ。缶詰に私たちが投げ入れられて、顔同士で貴方にぶつかって』

『あの時はケンカしちゃったね』


 まあ、手も足もないんだから、しょうがないと思うけど。


『缶詰の底に旅行に行った時の事を覚えてるかい?キラキラしてて綺麗だったよね』

『ええ、とても大きな丸が、見渡せなくて、ほんと大きくて綺麗で、私大きな声をあげちゃって』


 あ、あの中ってそういうこともできるんだ。たまに非常袋が動かされた時かな。


『楽しかったなあ』

『楽しかったですね・・・』

『・・・』

『・・・』


 その後会話も続かなかったから、僕は再びウトウトし始めていた。

 そこに女神様が思い切ったように話し始める。


『私、まだ貴方と一緒いたいの!』

『・・・僕も同じ気持ちさ。だけど明後日になると、さすがに風味も落ち始める。そんな乾パンを、彼に食べて欲しくないな』

『でも、でも・・・』

『いいかい?多分、彼に頼めば、きっとカチカチになっても、カビて色が変わり、崩れ落ちても、ここにいさせてもらえるだろう。そしてもしかしたら』


 え、そんなに置くつもりないし、もしかしたらって他に何かあるんですか?!


『そんな僕たちを食べてくれるかもしれない』


 いやいやいや、それはないです。

 そんなの食べられないですよぉ。


『だったら、お願いしてみましょう。朽ち果てるまで、寄り添うようにずっと、いられるように』

『それはダメだよ。私達は、乾パンなんだ。乾パンであり続ける事をやめてしまうのは、私達が乾パンである意味を否定する』

『・・・』

『一緒に行こう。彼にそう頼んでみる。だから今夜はこのまま側にいてほしい。さあ、近くにおいで』

『・・・愛しています』

『私もさ。愛しているよ』


 その後からは会話が聞こえなくなり、僕は眠りについた。


 朝起きると、乾パン様は1つのテッシュ座布団に並んでいた。本来動くことなんてできないんだけど。神様たる奇跡なのかな。


『やあ、おはよう。私達も旅立とうと思う』

「あ、はい。でも、いいんですか?まだ2、3日・・・1週間くらいなら」

『・・・昨日の話が聞こえていたんだね。でも、いいんだ。それに、だったら話は早い。それじゃ一緒に、私たちを一緒に食べてくれないか』


 ・・・すんごく食べにくい。愛し合っている2人を最後に食べる僕。悪者感満載だ。


『私からも、お願いします』


 女神様も僕に頼んでくる・・・しょうがない。腹をくくろう。


「それでは、いただきます、ね」

『ああ、存分に味わってくれ』


 僕は2つの乾パンを目を閉じながら口に入れ、噛み締め始めた。


『ああ、食べられているな、私達』


 ああ、口から聞こえるのは勘弁してほしい。


『でもその度に貴方と一緒に、同じになっていきます・・・嬉しい。もっと1つになりたい』

『私も幸せだ。君と1つになりながら食べてもらえてる。本当に、幸せだ』


 ・・・僕は複雑な気持ちです。

 乾パンの形がなくなる前には、口の中からも何も聞こえなくなった。僕はそれを飲み込んだ。


「ふう」


 なんか、朝からひと仕事した気分になって、なんだか気持ちが満たされた気分になった。神様の御利益だろうか。


「食べ物はやっぱり、大切にしなきゃな」


 僕でも聞こえない野菜や肉にも、もしかしたら食べてもらえないで悲しんでいるかもしれない。食べて喜んでもらえる神様たちがいるなら、そんな勿体無いことなんて、できないよ。


 ・・・でも、もう乾パンは食べない。

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