第5話 スマホさま

『ちゃんと謝れよ』

「うるさいですよ、ほっといてください。僕と彼の問題なんだから」


 僕は神様と話せます。でもこんな神様、すごく嫌です。今僕が話しているのは僕のスマホ。四六時中持ってるからか、気がつけば『よろしくな!』と話し始めていた。

 そしてこの神様との間にはプライバシーというのが最大のネックなのに、加えてお節介で面倒見のいい兄ちゃんタイプっぽく、何かと意見を言ってくる。

だけど結局口だけだから、とてもうっとおしい。

 さらにバッテリーが減らない限り、四六時中話しかけてくる。今回はこの件で夜も普段よりうるさくて、寝不足でイライラしてる。


『ちゃんと行けよー』

『聞いてんだろ?』

『おーい、朝になるぞ〜』

 もう少し静かにできないものかな?!


まあ、ほんのたまにはいい事も言うけど。


『ま、数少ない友達なんだからよ、大切にしろよな』


 そうです。こんな僕にもちゃんと友達はいて、名前は神山聡かみやまさとし。そしてその名の通り、こいつの周りには付喪神が山のようにいる。本人はそれには全く気がついてないけど。

 だからこいつの家に行くと、普通の家の10倍は付喪神様がいて、うるさくてしょうがないんだ。


 そして今、その神山が愛してやまない小学生の妹の誕生日を祝うから、家に来てくれという誘いの連絡があった。

僕はそういう事情からやんわりお断りしたところ、「俺の百華ももかを悲しませるつもりか」と口論になってしまった。

 そんな邪険にするつもりもないし、外で店を予約するなり、プレゼントを郵送するなりの代案を出したのだが、今回はどうしても神山家でやりたいとのこと。それが喧嘩のヒートアップした原因だ。

 このくらいの年代なら、同級生ともやるだろうに、と言ったら、それは別の日にもするとかなんとかで、とにかく僕を入れて3人でやりたいのだそうだ。


『いいじゃん別にさ。あいつら付喪神なんてずっと無視してればよ』

「いいかな。他の家とは全く違うんだ。実際自分の家より全然多くて、ほとんどのものが神様なんだよ。行けないってか、あの環境に行きたいとこれっぽっちも思わない」

『でもよ、それで神山兄弟を悲しませるのはどうかと思うぜ。たった1日のことなんだ、お前が我慢すれば済むことじゃねえか』

「うーん・・・」


 確かに罪悪感はすごくある。

 百華ちゃんは何かと僕に懐いてるし、神山もずっと楽しみにしてるから、と前々から言ってた。なあなあで答えてたのは僕だし、それも悪かったけど、だけどなあ。


『じゃ、任せな。お前が家に入ったら、他の奴には何も言わせないように俺様が説得しようじゃないか。それなら、気にせず祝えるだろう?』

「・・・ちゃんと説得して下さいよ、スマホ様」

『おうよ、任されたってんだ』


 僕はすぐに神山に詫びのと参加の返事をした。


 今から向かう神山家は、それなりに歴史のある家だ。

 我が家のような本家とは遠い家と違って、そこそこの蔵もあったりするちょっとした名家。蔵には僕が近寄ることは絶対にないけど。

 そして、すぐにスマホ様の俺に任せろ発言が、誤算だったことがわかる。


「やっと来たか、あおい。俺も百華も待ってたぜ」

 神山がそう言って僕を家の中に促す。


 そうです。やっと出ました僕の名前。僕は神無木葵かんなぎあおいと言います。

 神様と話せるのに"神無し"とはこれいかに。


 昔ながらの広く開放的な居間の座卓に小さめのケーキと簡単な食事が並んでいるのをみた瞬間からそれ・・が始まった。


『これはこれは、葵どの。随分と久しぶりじゃのう』


 第一声がここの最古参、江戸中期からある茶箪笥様だ。


『ホントだ、アオイっち。ゆっくりしていきなよ』


 これは大画面テレビ様だ。


『さあさあ、沢山食べて頂戴。お姉さん張り切っちゃうわよ』


 これは座卓様。

 他にも障子やら、懐かしのポットやら色々な挨拶がとんでくる。

 僕はさりげなく、部屋の神様達に会釈する。


「相変わらず、物持ちのいい家だね」


 僕がため息まじりに呟いた。


「なんだよ、いけないことか?何買っても、なかなか壊れたりしないんだもんよ、自然とそうなるんだよな・・・ってどこに向かってお辞儀してんだよ、葵」


 全然さりげなくなかった。神様達は挨拶はいいから、と言ってくれた。

 神山家はどうやら付喪神に好かれる家系のようなんだ。だからなのか、モノは壊れないし、結果なかなか捨てられるような事もない。そしてさらに普通より、付きやすいもんだから目も当てられない。

 おそらくはとても大切に使ってるからなんだろうけど・・・それでも、僕にとっては異常な状態なんだよね。


僕は習慣で、スマホをポケットから座卓に置こうと取り出すと、スマホ様が話し始めた。


『よう、お初にお目にかかる、皆の衆。今日は百華の誕生祝いなんだってな。コイツのことは放っておいて、静かにしちゃくれないだろうか』


 スマホ様がそう言って神様達に話しかけて、僕は思わず小さく呟く。


「・・・スマホ様、なんて事を」


 僕はスマホを握りしめた。痛てて、とか聞こえるが無視する。

 コイツは"格"の事を忘れてやがる。


『おいおい、安物の電話風情がなにかほざき始めたぞ』


 テレビ様が、すこし声を低くしてスマホに答えた。


『ふん、薄っぺらいエレキテルの板きれが、わしらに何の用かのう?』


 茶箪笥様も気分を害したらしい。

 相手が人ではなく、付喪神同士の場合、厳格に"格"による上下関係が存在する。

 つまり、より古く、より多くの人に大切にされている、その強さで格が決まってしまうのだ。

 神山家では、茶箪笥様を筆頭に、座卓様、テレビ様と続く。他にも細かくあるが、割愛させていただく。当然、僕がまだ2年も使ってないスマホ程度の格では、物持ちが良く、神山家全体に使われている神様達に比べ、格下すぎて本来なら話しかけることすら許されない。

 ここは僕という、神様と話ができる相手がいて、ギリギリ許される範囲だったのだ。それをこのスマホ様は自分の立場も弁えず、対等に立とうとしたのが大きな間違いだった。


 これは荒れるな。


「おい、どうした葵。顔が青いぞ」

「葵兄ちゃん、なんか、無理してる?」


 いつの間にか2人が座卓に座って僕を見ていた。このままではいけない。


「そんなことないよ、大丈夫。それより百華ちゃん、誕生日おめでとう。これ、気に入ってもらえると嬉しいんだけど」


 少し震える手で百華ちゃんにプレゼントを渡す。


「そんな・・・って、手が震えてるよ?もしかして緊張してるの?」


 クスクス笑う百華ちゃん。


「そりゃ、うちの妹に渡すんだからな。緊張もするよな!」


 勘違いも甚だしい神山。


「そんな、何貰っても嬉しいよ私」


 僕は今、なによりこの会話の中でも、全く喋らない神様達が怖い。


『スマホさん、なにか言うことがあるんじゃありませんこと?』


 座卓様が凍るような声で僕のスマホに助け船を出している。でもこれは助けられてるのかな?


『あああ、ほ、ほはほはほんじつは、おひ、日柄も良くよくよく』


 僕のスマホがフリーズしかかってる。


「あー、なんだか喉が渇いちゃってさ。飲み物、なんかあるかな?」


 慌てて神山達に話しかける。


「あ、あたし、冷蔵庫のジュース持ってくるね」

「あ、コップも出てなかった。すまん葵、ちょっと待っててくれ」


 そういって台所に向かっていった2人が見えるか見えないうちに、僕は茶箪笥様に頭を下げた。座っていたままからの謝罪だから、ほぼ土下座だ。というか、土下座だ。

 もし今神山達が戻ってくれば、茶箪笥に土下座している僕が見えるだろう。おかしな行動だけど、今の僕はいたって真剣だ。


「申し訳ありません。茶箪笥様。うちのスマホ様が、無礼を」

『いいんじゃよ、葵どのは。頭を上げてくだされい。今日は百華どのが楽しみにしておった誕生会じゃ。楽しんでくだされ』


 朗らかに話す茶箪笥様に僕は少しホッとした。が、それは大きな間違いだった。


『しかし儂は、そのちっこいエレキテルの板に用があるので、な。葵どの、この茶箪笥めの上に、其奴を置いてくれぬか』


 逆らえない。

 僕はスマホをポケットから再び取り出した。


『お、おお、おい、あ、葵。俺様を、ど、どこに置くつもりなんだよ』

「スマホ様ごめん。だけど、少し反省したほうがいいと思う」

『さすが葵どのじゃ。話がわかる』

『茶箪笥のじい様んとこなら、まあ、俺たちは何も言うことないな』


 僕がスマホを置くとテレビ様が、この件は打ち切りとばかりに声を出す。


「すまんすまん、冷やしてたままになってたよ」


 丁度、神山兄弟が2人揃って戻ってきた。茶箪笥から振り向いて、僕は座り直す。その瞬間『お助けを』とウチのスマホが言ったことは気にしないことにする。


「じゃあ、改めて。誕生日、おめでとう」

「ありがとー」


 結果的には、スマホ様の説得?のおかげで、僕はつつがなく誕生会を始めることができた。


「よう、せっかくだから泊まってけよ」

「もっとゲームとかお話とかしようよ〜」

「ごめん、また今度。もうそれに結構遅い時間だしさ」


 実際泊まっていっても変わらない時間になりそうだったが、僕は帰ることにした。

 結局なんだかんだと僕たちが遊んでいた間、神様達はほとんど何も声に出さなかった。


「あ、葵兄ちゃん、スマホ忘れてるよ」


 時折、茶箪笥の上に置いてあるスマホがブルブル震えていたが、震える設定にしていない。少しはクスリになっただろう、と途中からは気にしていなくて、うっかり忘れそうになっていた。


「あ、ありがとう」


 僕はスマホを手に取ったけど、なんの反応もなかった。

 あれ、おかしいな。そう思った瞬間に茶箪笥様が遠くから声をかけてきた。


『葵どの。其奴は数日は喋らんじゃろ。よう、いろいろ・・・・と教えておいたかのでなあ』


 そう言いながら、ホッホッホ、と笑い声が神山家にこだました。

 聞こえてるのは僕だけで、この朗らかな笑い声が逆に怖かった。


「それじゃ、また。楽しかったよ」

「おう、じゃ、明後日学校でな」

「気をつけてね」


 僕は早足で神山家を離れた。

 スマホ様がふたたび話し始めたのは1週間後のこと。


『モウ、アソコ、イヤ』


 そのカタコトのような一言だけで、さらに3日、何も話さなかった。

 その後もスマホ様は、神山から連絡がある度にビクビクしているので、少し気になって聞いてみた。


「いったい、茶箪笥様に何を言われたの?」

『・・・なっ何も。俺は何も。何も』


 フリーズしかかりながら、そう言うとその日は半日ほど、静かになった。

 僕は思いついたようにニヤリと笑う。そしてその日の夜、"茶箪笥"とメモアプリに書いて眠ることにした。


 かくして、僕の寝不足は解消したのだった。

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