第31話 まずは冷静になろう。

 翌日の朝。

 家を出た僕はまだ、明日香のことが脳裏から離れずにいた。

「お兄ちゃん?」

 横には、心配そうな顔で覗き込んでくる美々がいる。一緒に通学路の舗道を歩いているところだ。

僕は言葉を返す余裕がなかった。夜には、夕飯の買い物を母親から頼まれ、外に出る。で、途中で明日香に襲われるはずだ。未来の自分がどうなるか、不安を抱いていた。

「美々」

「何?」

「今日って、部活の練習、あったっけ?」

「何言ってるの? 美々は今日も明日も、部活の練習はあるよ」

「まあ、それはそうだよね」

「もしかして、お兄ちゃん。美々が遅くまで帰ってこなくて寂しいとか思ってるの?」

「別に、そんなわけじゃないけど」

「そこは、ウソでも、『寂しいかな……』って言うところだよ」

「そうなの?」

「お兄ちゃんはそういうところが、色々とダメなんだから」

 美々は言うなり、呆れたような表情を浮かべる。

 僕はため息をする妹の姿を視界で捉えつつ、内心で祈っていた。できれば、何もなく、また明日がやってきてほしいと。

 神様にこの願いが届いてくれないだろうか。

「神様に助けを乞うのはまだ早いと思うよ」

 聞き覚えのある声に、僕は顔を動かした。

近くの電柱に寄りかかるベリーショートカットの女子。相変わらず、学校の鞄をリュックかのように背負っていた。

「誰?」

 美々が尋ねてくるので、僕が答えようとすると、彼女が歩み寄ってきた。

「ごめんねー。ちょっと、お兄さん、今からあたしと用事があるんだけど」

「そうなの? お兄ちゃん」

 美々が視線を向けてくる。

 僕には心当たりがない。ましてや、今の時点では、彼女と話すぐらいの仲ではなかったはず。

「春井、さん?」

「いいからいいから」

「お兄ちゃん?」

「とりあえず、ちょっと借りるね。大丈夫、悪いようにはしないから」

 心配そうに見つめる美々を背に、僕は春井に腕を引っ張られる形で脇道へ連れて行かれる。

 通学路より、人がひとり通れるくらいの幅しかないところで、春井は足を止めた。

「困るねー。せっかく、約束があるかのように振る舞ったのに、川之江くんが変にとぼけたりしたから、妹さんに不安がられちゃったよ」

「あのう、春井さん?」

「驚いたでしょ? 過去に戻るなんて、そう簡単に経験できることじゃないもんね」

「ちょ、ちょっと待って」

 僕は両手を出して、春井の陽気そうに動く口を止めさせた。

「その、ど、どういうこと? 何で、春井さんがそのことを」

「いやあね、神様に仕える身としては、死神の勝手な行為を見過ごし続けることはあれかなあって思って」

「ま、待って!」

 僕はもはや、春井の話についていけなくなっていた。

「あのう、まずは話を整理させてもらってもいいですか?」

「そうだねー。というより、一気に話しちゃったから、川之江くんが混乱するのも、無理ないよね」

「今のようなことを聞いて、冷静にいられる人は少ないと思うけど」

 僕は言うなり、おもむろに振り返ってみた。

 視界には、距離を置いて、美々が心配げに視線を移している姿があった。目が合うと、頬を赤らめてから、瞳を逸らしてしまった。

「妹さん、照れてるね」

「美々が聞いてたら、僕が色々と質問攻めに遭うところだね」

「そうだよね。お兄ちゃんが未来から来たって聞いたら、それは色々と驚くと思うよ」

「で、春井さん」

 僕は真面目な声で春井と正面を向けた。

「人間じゃないんですか?」

「色々と混乱してるかと思ってたら、ちゃんと、あたしの話は聞いてたんだね」

 春井は何回もうなずき、僕のことを褒めているようだった。

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