第8話 ちなみに消去法は、選択問題を解く時に有効なテクニックだ。
さて、問題は今後の僕だ。
デメリットがある選択肢の中から、どれにするかは難しい。全部嫌だという選択肢はない。
「あの世に行くのと、異世界へ転生するのはなしとして、残るは過去に戻るか、生き返るか」
僕としては、元の自分として戻れない選択肢は拒みたかった。なぜなら、明日香とのことを何も解決せずにこの世からおさらばしたくないからだ。他にも、麻耶香が僕のことを本当に好きなのかどうかも気になる。だから、選択肢は自然と絞られていた。
その中で、過去に戻るとなると、死の試練がいつまでも、続く。ならば、間戸宮姉妹のことを気にする余裕はなくなる。下手すれば、明日香がずっと、僕のことを殺そうとしてくるかもしれない。何回も、何十回も。
「それは、怖いな……」
「決まった?」
見れば、リタが顔だけ僕の方を向けていた。
「決まったというより、消去法の選択だけど……」
「ネガティブだね」
「今の状況でポジティブな思考はならないと思うけど」
「そうだね」
リタは起き上がると、僕に正面を向けてきた。相変わらず、周りは真っ暗で、僕とリタのところだけ、白い光が当てられている。
「とりあえず、生き返るということで」
「本当に?」
「それしかないから」
「記憶がなくなることはいいんだ」
「そこは仕方ないということで諦めようかなと」
「ふーん」
リタは僕の顔を見やるなり、「わかった」と口にした。
「先に言っておくけど、これが一番辛いかも」
「そうなの?」
「うん。だって、自分のことを忘れるんだから。これは、私的には、死ぬことより辛いと思う」
「でも、死にたくないから」
「そこまで君をさせる原動力が、わたしは気になるけど」
「まあ、それは色々と」
僕が答えると、「まあ、いいけど」とリタは声を漏らした。
「じゃあ、あっちに向かって歩いて」
「あっち?」
「そう」
リタはとある方へ指を差しつつ、うなずく。とはいえ、先は真っ暗。何があるのか、まったく見えない。
「あのう、リタ、さん?」
「何?」
「もしかして、僕を騙して、本当はあの世へ送るつもり?」
「そうしたいところだけど、それはすると、色々と問題があるから」
「問題って?」
「まあ、君の生きてきた世界にも色々なルールがあるように、この世界でも色々なルールがあるから」
「そうなんですね」
「うん」
リタは首を縦に振る。
「というわけで、ここでお別れだね」
「その、何というか、ありがとうございます」
「別に、お礼を言われるようなことをやったつもりはないけど。あくまで、自分の職務を全うしたまで」
「それでも、一応、お礼だけでもした方がいいかなと」
「ふーん」
リタは僕と目を合わせるなり、足元まで近寄ってきた。香水でもつけているのか、ほのかな甘い香りがした。
「おもしろいね、君」
「おもしろいですか?」
「うん、おもしろい」
リタは言うなり、おもむろに背中から黒っぽい羽根を左右に広げた。長さにして、本人の両腕以上ある。僕はリタが死神だという認識を改めて持った。
「ついていこうかな」
「僕にですか?」
「そう」
「でも、今さっき、『ここでお別れだね』って……」
「わたし、気が変わりやすいから」
「そう、なんですか……」
僕が口にしたところで、リタは何かを思い出したかのような表情を移してきた。
「言い忘れてたけど、わたしとここで会った記憶も忘れるから」
「今この場の?」
「うん。だから、生き返ってから、わたしに会っても、単なる他人にしか見えないと思うから」
リタは淡々と声をこぼすと、おもむろに左右の羽根を動かし始めた。しばらくすると、リタの体が宙に浮き、高さにして、僕が見上げるような形になった。
「じゃあ」
「じゃあって」
「わたしは先に行ってるから」
リタは言い残すと同時に、急に彼女を照らしていた白い光が消えた。で、僕が当たっている白い光の外側から、ぼんやりと見えるだけになった。
ただ、リタの姿も、背を向け、どこかへ行ってしまった。残るはスポットライトに、それに当たる僕と、深い闇だけとなった。
「あのう、これって、僕は取り残されたってこと?」
問いかけるも、誰からも答えはない。場はしんと静まり返り、僕は化物でも出てくるのではという恐怖を感じてきて、身震いしてしまった。
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