第6話 死神の世界も色々と大変らしい。

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 ふと、僕は意識を取り戻していた。

「もしかして、生きてる?」

 僕は口にしてみたものの、返ってくる言葉はない。

 というより、いつの間にか閉じていた瞼からは、光すら感じられない。ということは、僕はどこか真っ暗な場所に閉じ込められているのだろうか。

 恐る恐る、目を開けてみる。

「真っ暗だ……」

 何も変わらぬ視界に、僕は肩を落とした。後、体は車に跳ねられた時と同じ横になっているようで、片方からは地面の感触が得られた。だが、それは車道のコンクリート地面というよりは、真っ平らな屋内の床のようだった。だとしたら、今、どこかの建物内なのだろうか。

「とにかく、自分が今どうなってるか探らないと」

 僕は両手を地面に突き、上半身だけ起こしてみた。

 今更だが、不思議とどこも痛みがなくなっていた。だいたい、自分の力で体をどうにかできること自体、おかしい。まるで、回復魔法をかけられて、治ってしまったかのように。

 僕は周りに顔を動かしてみた。

 真っ暗だ。

 自分がいる場所の広さがどれくらいあるのか。感覚として掴めなかった。そもそも、壁というものが、この空間にあるのかすら、疑わしかった。それぐらい、自分のいる空間は無限に続いてる気がしてならなかった。

「ここは、あの世なのかな……」

「ここはあの世じゃないから」

 不意に、どこからか声が聞こえ、同時に僕のいるところへ白い光が照らされた。

 見れば、僕は車に跳ねられた私服姿だが、ケガや血はどこにもなかった。

 僕は立ち上がるなり、光が放たれている先へ視線を向けようとした。だが、眩しくて、手で目を覆い隠すしかなかった。

 問題は、先ほど聞こえてきた相手だ。

「誰? というより、どこにいるのか、わからないんだけど」

「ここ」

 相手の返事は、僕の真正面だった。

 顔を移せば、僕と同じく白い光がもうひとつ当てられている。で、その場にひとりの少女がいた。

 背中まで伸ばした黒髪。端正な顔つきには細い瞳にアイシャドウを施していた。シャツにジャケットを着て、下はミニスカ、足にはニーソ、ヒールを履いた格好。全体は黒で統一されており、かっこいい女といった感じだった。首のネックレスや腕に巻くブレスレットが白い光に反射し、光っていた。

「あの、誰?」

「死神」

「えっ、死神?」

「そう、死神」

 彼女は言うなり、片手であるものを出して見せた。黒い鎌だ。

「これでわかった?」

「とりあえず、その、わかりました」

 僕がうなずくと、彼女は黒い鎌を一瞬で消した。常に傍らで持っているようだ。

「というより、ここはどこですか?」

「あの世とこの世の狭間」

「ハザマ?」

「あの世とこの世の間ってこと」

「ってことは、僕は……」

「今まさに、死ぬかどうかの瀬戸際ってところだね」

「そっか……」

 僕は口にしつつ、左右の手のひらを目にしてみた。

 実感はないものの、僕は今、生死の境をさ迷っているらしい。

「えーと、川之江卓だっけ?」

「そうだけど」

「とりあえず、もう死ぬってことでいい?」

「ちょ、ちょっと待って」

 僕は慌てて、かぶりを振った。

「何?」

「何って、僕は『死ぬかどうかの瀬戸際』何ですよね?」

「そうだけど?」

「だったら、生きるっていう選択肢もあると思うんですけど」

「一応、あると言えば、あるけど、わたし、死神だから、そういうのはお勧めしないんだよね」

「いや、そういう建前的なことは除いてほしいんですけど」

「でも、それだと、死神として、色々とね」

「困ることでもあるんですか?」

「うん。わたしの評価が下がる」

「そうなんですか……」

 僕は言いつつ、死神の世界も大変だなと勝手ながら思った。

 って、死神の立場を気にしている余裕はない。

「できれば、生きたいんですけど」

「へえー。わたしのことはどうでもいいんだ?」

 死神の彼女は、鋭い眼差しを向けてくる。機嫌を悪くさせたら、問答無用で僕はあの世行きかもしれない。

「ごめんなさい」

「謝るの、早いね」

「その、相手は死神だから……」

「そう言われると、今まで死神をしてきた甲斐があるというものだね」

 死神の彼女は何回もうなずいた。

「そうだ、自己紹介してなかったね」

「別に、その、名前を知らなくても」

「こっちは君の名前を知っておいて、不公平だと思わないの?」

「それはまあ……」

「せっかく、相手が名乗ると言ってるんだから、そこは断らないで、聞いてあげないと」

「はい……」

 なぜか、死神から説教されるような形になる。とはいえ、抗う気も起きない。生と死の境をさ迷っているという特殊な状況なら、なおさらだ。

「わたしはリタ」

「そう、ですか」

「何だか元気ないね」

「いや、こういう状況で元気だと、おかしいと思うけど」

「そういえば、そうだね」

 リタは両腕を組むなり、うなずく。とぼけているのだろうか。

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