クラスメイトの妹に「死んでください」と言われてしまいました。。。。

青見銀縁

第1話 「死んでください」と言われても、僕は素直にうなずくことなんて、できるわけがない。

「死んでください」

 目の前にいる彼女の淡々としたか細い声。高校一年の僕はどう反応すればいいか困ってしまった。

 放課後の校門前。生徒らが帰っていく中、僕は足を止めていた。

 向かい合って立つ小柄の彼女は、地元中学のセーラー服姿だった。肩まで伸ばした黒髪にあどけなさが残る顔。両手で学校の鞄を正面に持ち、着崩れしてない格好は真面目さが垣間見えていた。

 僕がいい返事を思い浮かばずにいると、彼女は鋭い眼差しを移してきた。

「死ぬのは簡単です。首を吊って死ぬか、はたまた、高いところか電車が来る直前のホームから飛び降りるかです」

「いや、その……」

「生きるという選択肢はありません。死ぬ勇気がないのでしたら、わたしが殺してもいいんですけど」

 彼女は口にするなり、学校の鞄から何かを取り出そうとする仕草を取る。まさか、刃物とか入っているのか。

「と、とりあえず、落ち着いて話した方がいいかなと思うんだけど……」

「そういうのは不要です。というより、わたしは落ち着いてます」

「いや、落ち着いてないと思うけど」

「落ち着いてます」

 より睨みを利かした表情に、僕は一瞬後ずさりそうになった。

 彼女に対して、恨みを買うようなことを僕は何かしたのだろうか。

 考えてみるも、心当たりがない。

「人違いじゃないかな」

「県立菅野高校一年B組の川之江卓ですよね?」

 氏名とご丁寧にクラスまで言われ、僕はただ、「はい」とうなずくしかなかった。

「というより、何で僕の名前を?」

「当たり前です」

 彼女は苛立ったような調子で答えた。

「姉さんをたぶらかしてるクラスメイトなど、嫌でも名前を覚えてしまいます」

「姉さん? たぶらかしてる?」

 どうも、彼女の姉は僕と同じクラスらしい。といっても、誰だかわからない。中学からの顔なじみがちらほらいるとはいえ、女子とはあまり関わらない方だ。なので、軽く頭を巡らしてみても、彼女の姉だろうという女子はわからなかった。

「自覚がないんですね」

 彼女の口調は冷たかった。

 気づけば、校門から出ていく生徒の何人かが去り際に視線を向けてくる。やはり、目立つようだ。

「とりあえず、その、別の場所で話さない?」

「そう言って誤魔化すのですか?」

「そういうわけじゃ……」

「こんな人のどこがいいのか、姉さんはおかしいです」

 彼女はおもむろにため息をつく。僕としては、かなり見下された態度に、ショックとともに、少しばかり腹が立ってきた。初対面だというのに、なぜ、色々と言われなければいけないのか。第一、はじめの言葉が「死んでください」だ。彼女の姉に、僕は一体、何をしたというだろう。

「君の言う、その、『姉さん』のことだけど」

「何ですか?」

「僕が、たぶらかしてるっていうことになってるみたいだけど」

「みたいじゃなくて、事実です」

 彼女ははっきりとした調子で言い切った。

「姉さんはあなたにご執心です」

「難しい言葉を使うんだね」

「褒めてるんですか?」

「まあ、そうなるけど」

「といっても、褒められても、あなたに死んでほしい気持ちは変わりません」

「だよね……」

 僕はわかっていたとはいえ、肩を落とした。

 先ほどから、通りすがりに同じ高校の生徒らから見られるのが恥ずかしくなってきた。

「ねえ、本当にちょっと、別の場所に……」

「明日香?」

 不意に、背後から誰かの名を呼びかける声が聞こえてきた。

 僕が振り返ると、視界にひとりの女子が立っていた。

「姉さん」

 彼女の反応に、僕はようやく、「姉さん」と顔を合わせることになった。

 後ろをふんわりと浮かせ、前は睫毛にかからない程度に切り揃えている髪。睨んでくる彼女とは、目鼻立ちは似ているものの、胸だけは違って、大きかった。といっても、制服からわかる程度ぐらい。スカートから伸びる足は姉妹揃ってすらりとしていた。身長はお互いに差はあまりなく、姉の方が同学年の女子より低いせいかもしれない。雰囲気としては、どこかお淑やかな感じだった。

「えっと、間戸宮さん?」

「えっ? か、川之江くん!?」

 クラスメイトの間戸宮麻耶香は、僕と目が合うなり、驚いたような表情をした。持っていた学校の鞄を誤って落としそうになったぐらいだ。

「姉さん。しっかりしてください」

 対して、麻耶香の妹、明日香は姉に歩み寄るなり、ぽんと肩を軽く叩いた。

「よく見てください。目の前にはただのしがないクラスメイトの男子がいるだけです」

「ひどい言い様だね」

「当たり前です」

「えっと、何で明日香が、か、川之江くんと」

 戸惑ったような調子で問いかける麻耶香は、頬が真っ赤になっていた。

「決まってます」

 明日香ははっきりと言うなり、僕の方へ人差し指を向けてきた。

「彼が、姉さんをたぶらかしてるので、その罰として、死んでくださいと言いに来たのです」

「だから、それは心当たりがなくて……」

「明日香! バカ! そんなこと言わないで!」

 見れば、麻耶香が明日香の両肩に寄りかかる形で叫んでいた。

「姉さん?」

「そ、その、わたしは別に、川之江くんにたぶらかされてるわけじゃなくて……。その、別に、わたしが極度に意識してるだけで……」

「でも、姉さんはいつも、彼の話ばかりします。最近は家までついていって」

「やめて!」

 麻耶香は甲高い声を上げるなり、場にしゃがみ込んでしまった。

 さすがに校門前にいた生徒らは何事かと群がり始めていた。

 まずい。

「ねえ」

「はい」

「とりあえず、この場を去ろう。その、お姉さんが色々と大変そうだし……」

「気に食わないですが、仕方ありません。姉さんを悪くするようなことはできないです」

 明日香は言うと、しゃがみ込んだままでいる麻耶香の腕を掴んだ。

「姉さん。場所を変えます。動いてください」

「うううう。わたし、もう、嫌だ……」

「何を言っているのですか。ここにいても、何も変わらないです」

 明日香は周りに人がいても、平然としていた。目にしていると、どちらが姉かわからなくなってしまう。辛うじて、着ている制服が中学か高校かで見分けがつくくらい。

「それで、どこに行くのですか」

 俯かせたままでいる麻耶香の腕を引っ張ってきた明日香が尋ねる。眼差しは鋭い。

「とりあえず、駅前のミックとか」

「しょぼいですね」

 明日香の嫌悪感がある言葉は慣れ過ぎて、文句を発する気力がなかった。

 ミックはハンバーガーやフライドポテトを出すファーストフード店だ。

 生徒らの視線を浴びつつ、僕と明日香、そして、麻耶香は校門前を後にした。

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