009
布袋が提案したアンケート案を実施して一週経ち、返答を集計した。
クラスに二名ずついる学級委員を通して、朝・夕学活での数日前からの事前告知と即時回答形式で行った。[記念樹]の説明と病状、その治療の可否ならびに、[記念樹]との競合状態にある自習棟建設に対する是非を問う欄、投票権の委託を示す項目、その他に自由記述欄を設けた。
集計時の印象では、学年別では三年生から下へ順に[記念樹]派が多かった。自習棟については圧倒的に一年生が支持し、それに対して三年生は委託の割合が比較的高かったように思う。
結果は、五四パーセントが無回答か
つまり、二分した。
*
「『えー、生徒会からお知らせです。今日の臨時評議会に出席する委員会長その他の方々は、午後四時二十分に第二講義室へ来てください。繰り返します、生徒会からお知らせです。今日の臨時評議会に出席する委員会長その他の方々は、午後四時二十分に第二講義室へ来てください。以上です………………あー、絶対潰す自習と』『おい、まだ音入ってるぞ!』『えっ』『ブツッ』」
昼休みに校内放送が響いた。
橙ヶ崎と大葉だ……
*
生徒会規定には、今回のような
評議会とは、基本的に本部生徒会役員と、その下に組織される学校運営機構である各委員会(の代表者たち。普通は委員長)によって成り立つ会合だ――平たく言って、学校のアレソレは大方ここで認可されることになっている。つまり、学校運営的な観点からこの問題を見てみるという提案だ(どちらにせよ、結果的に評議会で認可されるものだけれど、本当に決定をここで決める問題は意外に少ない)。
全校アンケート結果は事前に委員会長に通知され、各委員会会議が定例的に行われる際にそれについて、委員会としての見解をまとめて来てもらった。
「気を付け、礼――本日は
我が校の委員会は七つある。環境風紀委員会。放送委員会。保健委員会。図書委員会。福祉委員会。学級委員会。学校行事実行委員会。前の五つは名前の通りの活動で、学級委員はクラスごとの代表者であると共に生徒会活動や付随する委員会活動を各クラスに分配する末端のような役割もこなす。加えて学級、学年単位での風紀管理や行事運営、目標作りなど、多岐に渡る。実行委員会は、体育祭や分化祭での中央管理を生徒会と共に行う、前六つとは色の違う特別な組織だ。
故に、今回は前の六つのみが参加している。ちなみに学級委員長は学年ごとで活動内容が大きく違うため、各学年三人がそれぞれ出席している。
各委員会長は、基本的に私と同じ二年生で担当されていて、特に三年生は進学のための勉強に励むことを求められているため、ほぼ学校運営的役職のポストがない。ただしし、三年学級委員長のみは役職柄仕方なく例外で、一年学級委員長と共にこの評議会においては唯一の存在だった。
「生徒会と先生方に対して質問をしたいとの意見が幾つか出ていますので、まずはこの問題についての質疑応答から始めたいと思います」
「いいですか」
まず、手を挙げたのは保健委員会長だった。大柄の女子、ポニテ。
「保健委員会長さんどうぞ」
「えっとぉ、そもそもその、例の樹を治すか退かしてしちまうかのふたつで考えてるよーですけども、例えば樹を別ん所へ移しちゃうっていう、折衷案みたいな解決は出来んじゃないですか。あぁ、これは生徒会の人に質問してます」
「これに対して、答えてください」
立ち上がったのは、椰子根だった。手元に用意した資料を見、また後ろに座っている荏胡麻先生を一瞬見遣り、半ば不安そうに。
「えっとですね……それについて一度、荏胡麻先生から専門の業者さんにお願いして、樹の状態について調べてもらったそうです。曰く、今移したら、ダメになる。今立ってるのがかなりの奇跡だ、と――そもそも、移植するアテが校内にはなかったんですけれども」
「保健委員会長さん、如何ですか」
「なるほどね、ありがとーございました」
単なる疑問に過ぎなかったみたいで、素直に座った。
次に挙手したのは放送委員長。二つ結びの女子。
「どうぞ」
「生徒会にっていうか、環境風紀にでもあるんですけど。学校の樹の問題って、環境風紀の管轄下の問題じゃないんですか」
「えっと――」
どちらに振ればいいんだろう。
「あぁ、それはですね」
私が迷っていると、環境風紀委員長が立ち上がった。
「僕もそれは思ったんですよ、初めて話を聞いたときに。それで、先生に問い合せて委員会規定を再度読み直してみたらですね、環境風紀委員会の活動のうち、『環境』に当たる活動は、要約しますと『校舎内の植物管理や生活環境の諸問題』と『指定の花壇の管理』でありまして、実は北校舎裏のあの樹木は管轄の外だったんですよ。だから生徒会に任されたままだった――んですよね、荏胡麻先生」
「彼の言う通りだね、ぼくも環境風紀の顧問の先生と話したし」
「放送委員長さん、如何ですか」
「へぇ……あ、はい、大丈夫です」
「………………えー、他にありますでしょうか」
質問はこれで止んだ。
「では次に、各委員会よりこの件についての意見を採りたいと思います――と言っても、答えづらいものがあると思うので、事前にお伝えした通り、この時点で意見が特にない場合は、決定権の委託という形で済ませて頂いて構いませんので……では、席順に、環境風紀委員会から奥へ進む形でお願いします」
「はい――」
これで――票が多い方に決まるのだ。
正確には、最初の意見表明の後、議論する時間が設けられるけれども、残念ながら形骸化している。学校側が放任主義だと言っても、特別に生徒側の意欲が強いわけでもなかった。
だから結局、数で――多数決でこれは決まってしまう。
私は司会だから、生徒会長だから、会議を進めなければならない。
「当委員会としてはですね――まああの、普段の活動もあることですし、今のところは[記念樹]――例の樹を保護する方針で動ければ幸いだと思っています。今回の件は生徒会の方々に任せてしまいましたが、規定の線引きの方も見直す必要がありそうですし……以上です」
「ありがとうございました。では次に――」
それから、福祉、保健、放送、各学級委員会がそれぞれ、委託、委託、樹保護賛成、上の学年から順に、樹、樹、自習棟を支持した。
福祉や保健は、本来的にあまり関わりのない仕事なので仕方ない(そもそも関連の薄い委員会までもここに招く必要は、本当はないんだけれど、公式な会議としての体裁を守るのも大切だ)。放送が支持してくれたのは意外だった――曰く、同委員会で発行している新聞や、放送内容のネタとして、だそうだが……三年学級委員会が樹を支持したのは、アンケート結果からも判っている通り、思い入れのある生徒が多かったからだった。 卒業後になくなってしまっているのは悲しい、とか。多分、彼らにとっては自習棟はあまり身近なものではないという理由もあるだろうけど。彼らが卒業するまでに建つとは思えない。二年はどちらかと言えば、自習棟反対派の側面が強かった。
「そもそも、自習なんて教室でも図書室でも家でもどこでもやれるものでしょう。やれるべきことでしょう。わざわざそのためだけに学校のお金を使って、本当に活用されるかどうかもわからない――いえ、出来たらそれは、奨励するとは思いますけれども――とにかく、自習棟は個人によって要請されたものであっても、本来的に要請されるようなものではないというのが二年学級委員会の見解です。便利かもしれませんけれど、必要性はない、と思います。樹については、深く理由はありませんが――腐らせてしまうよりはいいんじゃないでしょうか、特に反対する根拠もありませんし」
などなど。二年学級委員会のメンバーと空気感は知っていた。ほぼ、一年のときの持ち上がりで、一人だけ違う――私たちの一年学級委員長は菫野だった。今はそこが新しく埋め直されてはいるが、雰囲気は菫野に近く、真面目集団だった。だからてっきり、自習棟支持かと思ったが――かなり厳しい見解だった。
一年学級委員会は、予想に易く自習棟がフル活用できる世代だから、ということだった。
そして、図書委員会は、
「自習棟を建てて欲しいと思っております」
入りが
「自習棟建設に賛成です――あの、最近ですね、図書室で自習してくれる人たちが多いんですが、三年生の方たちはそうでもないんですけど、他の方で、自習しに来ているのか、騒ぎに来ているのか、判らない人たちがいらっしゃるんです――凄く、迷惑なんですよ、
多分この中では一番に切実な願いだった。普段からそうなのかは知らないが、幾分切れ切れな話し方で――ちょっと、昔の私みたいだった。
「……い、以上でよろしいですか?」
「あ、はい、すみません」
今のところは、樹が多数派だった――私の余り関与しないところで、穏便に済んでくれるならそれでもう良いという気持ちにもなっていた。
どうせこれ以上波風も立つまい――と。
「では、今の意見らについての質疑応答等を採りたいと思います、意見がある方いらっしゃいますか――」
いらっしゃらないだろう、と思いつつ、ではこれでと進めそうになったけれども、そのゼロコンマ数秒前に、視界の隅で手が上がった。
「はい、いいですか?」
環境風紀委員長だった。
「あっ……はい! どうぞ」
来ると思っていなかったために狼狽した。彼は難しい顔をしながら立ち上がった。
「今の図書委員会さんの話を聞いてですね、正直、お恥ずかしながら図書室の状態の悪さについては認知していなくてですね……でも、『風紀』の管轄にはあると思うんですよ、図書室だって――なので、なんといいますか、自習棟を建てた方が管理しやすくなるのではないか、と思いまして。僕たちが出来ることが、まだあるならば、それは」
気まずそうな顔だった。
「つまり?」
「つまり――さっきの意見、
「え…………あ、はい、そうですか……」
まずい、ひっくり返った――
そして彼は、まるで言い訳をするように、
「――[記念樹]については、必要性もそこまであるわけではないですし……」
「………………」
そして、座った。
「………………」
これも半数、だ。
委託を除いて六つのうち、三つずつが互いの意見に分けられた。
唾を飲み込む。
「………………ちょっと、会長」
声を潜めて菫野が話しかけてきた。また黙ってしまっていた。
「あっ! ……ごめんなさい、ありがとうございました……」
そういえばあれ以来、菫野とは言葉という言葉は交わしていなかった――最低限の事務連絡だけだ(そもそも無駄話をあまりしない間柄だったけれども、それと比べても、だ)。 気まずかった。だから今話しかけられたことにびっくりして――自分が黙っていることにびっくりして、二重だった。彼女を横目で見ると、既にこちらを向いてはいなかったが、あちらも至極気まずそうな、というか、嫌そうなオーラが出ていた。
「あ、あの――他、誰かいますか、意見……」
もう、片言だ。
「はい」
そのとき、満を持していたと言わんばかりの表情で手を挙げたのは、メガネ男子――またもや二年学級委員長だ。
「いやあの、自習棟作ったからと言って、本当にそれが解決されるのですか? 確かに分散はするでしょうが、そもそも自習棟の制度がわからない以上、どう管理されるかもわかりませんし、先生はあまり多くありませんし――環境風紀委員会だって、今の仕事に決して余裕があるわけではないんじゃないですか。樹の件も認知してなかったようですし、図書室の件だって……それに生徒会は委員会を束ねる機関でもあるわけですから、些か的外れでは」
彼は二人を睨むようにしている。
「……でもそれは、図書室が環境風紀委員会にとって不可侵の領域だったからで」
「それに、もしやるならもっと前からやっておくべきだったんではないですか、提携とやら……今、無理矢理に関連づけてますけれど、自習のための自習棟を風紀整備のために用いるとか、あまり褒められたようなことではないように思いますけどねえ」
図書委員長の言いかけた反論も
「………………」
「いやでも、正直なところ、環境風紀と学級委員って、仕事多少なりとも被るわよね」
「!」
いきなり声を上げたのはツインテールの放送委員会長。
「なんか他人事みたいに批判してるけど、一番図書室で騒いでるのって、うちらの学年じゃない? うちらの学年の代、表、さん――学年の風紀は、あんたたちの管理するところでもあるんじゃないの」
「そ、それは……」
「あとそれと、うちは頼まれれば注意喚起の放送くらいならするわよ――まぁ、自習棟を支持はしないけれども」
あんまり興味無さそうにしてたのに、意外と攻撃的だ。思わぬダークホースだった。丸みのある外見をして案外恐ろしく鋭い。
そんな感じで、そのままそれ以上は進まなかった。結局環境風紀は意見をそれ以上覆さえずに恥ずかしそうにしていただけだし、二年の委員長は不機嫌そうに腕を組んで黙ったままだった。図書委員長の彼女は放送委員長とメガネの彼の間を見ていた――
「えっ、と……」
どうするんだろう、これ。
「他に、意見の変更などありますでしょうか……」
無言空間。
「放送委員会と二・三年学級委員会が樹に、一年学級委員会と図書委員会、福祉委員会が自習棟に――三対三に分かれました。結論は……結論……荏胡麻先生、どうしましょう」
問題が解決しない。
「そうだねぇ……決議に関しての規定には――」
パラパラと、手元の資料を
「――あぁ、あった。『何らかの理由により評議会での決議の行使が不可能になった場合、生徒会長の権限を以て決定することとする』――」
「!」
「――『ただし、良心と他の生徒会本部役員の意向を踏まえた判断であり、独断ではならない』、だそうだね……」
「それって――」
「つまり、きみが決めることになるそうだよ」
私が?
「ああでも、良心と〜って書いてあるから、再度話し合いしてもらうことになるのかな……でも、時間ないし、ここで決めてしまおうか。また各委員会に通知するのも二度手間だからね――生徒会メンバーで今話し合って、決められるよね?」
「………………」
平和そうな先生の顔が、痛い。
――別に、会長一人の意向は、言ってしまえばそれだけでは大した力にはなりませんし、大丈夫ですよ。
布袋の言葉が、皮肉に響く。
生徒会の皆に、顔を向けた。
割と皆、澄まし顔だった。
*
「えっと、どうしよ」
「言うまでもなく自習棟派です」と菫野。
「僕も自習棟派ですかね、一年ですし」と椰子根。
「俺は自習棟かなぁ、実利的に」と大葉。
「あたしは……まあ樹。樹はどうでもいいけど、自習棟が嫌だから」と橙ヶ崎。
「僕は…………自習棟を推します」と布袋。
「樹です、樹」と、蘭原。
四対二で、自習棟の多数決。
「わ、私は…………」
「先ほどの二年学級委員長の主張は、論点をすり替えているだけで学力や意識の向上とは関係がない事柄のはずです」
私個人の意見を言おうと逡巡した瞬間、菫野は狙ったかどうか、そう付け加えた。
「図書室の件も踏まえれば普通に考えて、圧倒的に自習棟に利があるのは、明白です」
チェックメイトだと言わんばかりの見切り方だ。ただし白桃のようなその頬は、以前のそれとは違い、口調ほどには紅く
「図書室の件なあ……俺も見たことあるけれど、普通に本読んでる奴らは勿論騒がないし……ただ、それを流したところでっていうことはあるけど。普通に俺は場所が欲しいだけだな」
大葉は菫野を
でも確かに――普通に考えて、自習棟が支持されるべきでありそうなのは、事実だ。事実だった。
そして布袋は――私の方を見てはいなかった。
「………………」
ちらりと橙ヶ崎と蘭原に目を遣る――前者はやっぱりどうでも良さげだった。
蘭原は、薄く笑顔を浮かべ、多分役員の中で一番の静けさを保っている。
――会長はわたしの話解る人だなって思って。
……本当に解ってたんだろうか、私は。この子を。
人の振り見て我が振り直せ、じゃないけれど。
そのときの私の気持ちを言葉にすることは難しい。彼女の薄笑い――いや、客観的に見ればそれは微笑以外の何物でもないそれが、しかしその意図するところを知っている私には、それでも尚表現するとすれば、まるで底のない大穴を覗いたときのような――言い知れない悪寒がしたとしか、言えない。
数秒間見つめ合っていた彼女の瞳は、正に深淵だった。
私とは、違う。
この、年下の、小さい、可愛い、良く働く――異常な彼女は、私とは違う。違うところに生きている。今はっきりとそう自覚させられた。何をその身に抱えているのかさえ、想像がつかない。私のとは、まるで違うのだろう――あるいは、過程の問題かもしれないけれど。
家庭の問題かもしれない。
私の場合は、そうだった。
そして私は――多分私たちは、それに気づかずに過ごして来た。目を背けたり、内に秘め守ったりしながら、わけも解らずに生き過ぎ去って来た。
それらがいつ枝分かれしたのか、それとも幹からして違うのか――真相は、私の知るところではない。知りたいとも思わなかった。
同時に私は、彼女とは意識の中で明確に
私は愚かしくも、今までと同じように、彼女から目を背けて――身体さえ背を向けて、彼女とは分かれた道に進んで行かなければならない。
分かれた枝を広げなくてはならない。
そしてこれが、最後だ。
これで最後にしよう――
私が、命を天秤に掛けるのだ。
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