008

「わたし、人間なんて滅べばいいと思ってるんですよ〜」

「ブッ………………は?」

 数日後の学校食堂で聞いた台詞だった。カレーライスを吹きかけた。

 蘭原花穏らんはらかのん

 小柄な少女。高校一年生。生徒会総務。ショートヘア、揺れる髪先からは甘酸っぱい柑橘かんきつ系の香りがする。私の中のイメージカラーは黄色。ややふわっとした印象だが、天然というわけではない。立ち姿勢で話すと、上目遣いが可愛い。

 が、

 人間なんて滅べばいい。

 と、言う。

 は?

「いや、わたし思うんですよ、登下校の電車とか乗ってるときに。この線路が敷かれる前は、どんな土地だったんだろうかって。酷いときは山に穴を空けるじゃないですか。駅を作ったら人が集まって、周りに人家が増えたりして。市街地を通るときも、車の排気ガスとか、アスファルトとか、高層ビルとか、植樹されただけの寂しそうな並木とかツツジとか、下水道とか、マンホールとか、工場とか、ちょっと遠くに行っても、山道はコースに舗装されてるし、河岸はコンクリートで打ってあって、海岸はテトラポッドや堤防だらけ、どこでもGPSで居場所が判るし、どこでも電気が通ってる。右を見れば発電所、左を見れば歓楽街、先に進んでも人家人家、後ろを振り返っても漁船や水田――人の手が全く行き届いていない場所がないじゃないですか、この世界は。砂漠だってどこだって、地球の周りを廻っている衛星が監視しているじゃないですか。人間っていう一種類の生き物のためだけにどうしてこんなに地球が陵辱されなければならないのかなって、凄く思うんですよね。もうレイプですよレイプ。暴行、強姦ですよ。それに、国と国の間では侵略が悪とされても、人間と動植物――自然の間では侵略は悪ではないって、おかしいですよね。結局、そういう『正しさ』って、人間の中だけの話なんですよね。なんか勘違いしてる人間たちが道徳とか正しさとか謳って自然を守ろうとかしていますけど、そもそもから見た道徳とか正義が通用するわけないじゃないですか。本当に公平に見るなら、人間だけに判断する権利があるっていうのがそもそも不公平じゃないですか。正しくないじゃないですか。地球には人間以外にも皆住んでいるのに。環境アセスメント法ってありますけど、あれなんか本当にわたしは気持ちが悪いです。エゴです。自己満。自己満っていうか、言い訳ですかね? 例えば、例えば植物が支配した世の中があるとして、二酸化炭素が足りないからとかいう理由か何かで工場や市街地の周りにコンクリートで囲まれたの中に人間を放り込んで飼っていたら、どう思うんですかね、皆。わざわざ連れてきてきったない空気の中で飼い殺して、――彼らが言葉を持たず、感情を持たないからって、が導くような、傲慢な、傲慢な傲慢な勘違いをしているんですよ。なんで人間が主導なんですかね。知能が発達しているんなら、むしろその矛盾に気づいて、せめて弁えるべきなのに。例えじゃなくたって謙虚に弁えるべきなのに。自分たちの知能が全知全能に程遠いことなんて高校生だって解ってるのに――でも――わたしだって人間なんですよね。人間の親とか、人間の社会とか、人間のエゴに来たんですよね。それは事実ですし。わたし個人がそれに感謝しないっていうのは筋違いだと思うんです。でも――からこそ、やっぱりおかしいと思うんです。思えるんです。生きてるだけで、他の生命を疎外して、阻害するような生き方しかできない人間が、おかしいと思うんです。わたし本当は死にたいんですけど、人間に侵されたその他の命を思うと辛くて辛くて死にたいんですけど、死んでしまいたいんですけれども、わたしが死んだところで何かが変わるわけでもないじゃないですか。わたしが死んだって、精々せいぜい人間が悲しむだけで、人間の枠からは逃れられないじゃないですか。わたしが死んだら世界がならなんてありえないじゃあ、ないですか。ならやっぱり意味がないなって。だから出来るだけわたしは謙虚に慎ましく生きるようにしてるんです、他の命に対して。ごめんねごめんねって、生きてるだけで迷惑かけてごめんねって。いつか人間が滅ぶような未来にしてあげるよって。無理だと思いますけど。だから、まだ見えない人間っていう悪循環の仕組みを理解するために、色々精力的に、むしろ精力的に頑張れるようになったりしたんですけど。もしかしたら、人間が滅ばなくてもいい未来があるかもしれないですし。わたしも人間ですから。それに、昔は疑念ばっかりで何も手がつかないことが多くって、病院に行ったりしたり――あれ? なんでだっけ。忘れました。あっごめんなさい、なんていうか――会長はわたしの話だなって思って。今までも思ってたんですけどで確信したんです。それで、丁度食堂に来たらいたんで話しました。なんか会長はいいですよね、人間だけど。信用出来ます。結構初めてなんですよ。会長みたいな人間。唯一なんですよ会長。あ、判ります? が出たときに考えてたことなんですよ、これ。とにかく、[記念樹]に申し訳ない気持ちでいっぱいです。なんでわたしたちの裁量の上で左右されるって決めつられているんだって。天秤に掛けるような意気込みなんだって。これが人間だったら、人権問題なのに。ごめんなさいって思います。やっぱり人間は滅べばいいと思うんですよね」

 僅か、食事の間の二十分の出来事だった。

 カレーライスは冷えきっていた。

 眼球は乾いていた。

 私は首を、縦にも横にも振ることはなかった。

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