第1話

人口6000人未満。四方を山に囲まれた100k㎡未満の町。僕が生まれてから高校卒業まで暮らした東北の田舎町だ。

国道が1本に川も1本。コンビニが2件。

ゾンビでも出てきそうなほど閑散とした商店街もあるにはあるが、まともな買い物をするには車が必要不可欠。

高校生のうちに学校にバレずいかにして免許を取っておくかが、この町で生きるための最初のミッション。

保育園が1園、小学校が3校に、中学校が1校、高校は隣の市に3校。大学進学ともなればはるか彼方へ。

ほとんどの若者が高校卒業後は実家を出る。


まずはこれが舞台の環境。どこにでもあるド田舎。どうしようもないほど平和な町。

僕自身の紹介も兼ねて僕の行動を追いながら説明したかったが、先に思いつくだけ全部紹介させてもらった。


なぜなら僕は今動けない。

町中紹介できるほど動き回れないのだ。

僕は今、シノサキ邸の地下に監禁されている。


「少し見ない間におっきくなったね、ゲンマ君」

「今身長どのくらい?190超えた?まさか2mくらいある?」


ジャラジャラと鎖の音がコンクリートの壁に反響する。ものすごく耳障りだ。しかも錆臭い。

僕の両腕は机の脚にダクトテープで後ろ手に縛られていて、脚にも同じようにテープが巻きついている。

最悪なのは犬の首輪だ。こんなに重いものだとは思わなかった。着ける必要はないと思うんだが、結構屈辱的だ。

首輪から伸びた鎖を少年が握っている。


「少しは垢抜けたね、ゲンマ君」


そう言って鎖を揺さぶる少年は、恐ろしく美しい金髪を肩に乗せた、恐ろしく美しい風貌をしている。

瓜二つのそれが2体、僕の目の前に仁王立ちしている。

一人は勝ち誇ったように僕を見下ろし、もう一人は悪巧みしているような表情を浮かべ。


「お前達は変わらないよ、全然。おかしいよな、5年も経つのに」


僕には圧倒的不利な状況だ。余裕の表情なんてできないぞ。きっと彼らには懸命な苦笑いに見えただろう。

二人は答えない。その端正な貌に不敵な笑みを貼り付けたまま、こっちを見下ろしている。


「ゲンマ君、アビーのパパは子供の頃、この家で犬を飼ってたんだって。知ってた?」


「…犬くらいどこの家でも飼ってる。田舎じゃ猫より多いくらいだ。珍しくない」


「へー、そうなんだ」

「…アビーのパパは大型犬が欲しかったんだけど、思ったより大きくならなかったんだって。

その時は中型犬サイズだったんだけど、犬の成長は早いでしょ。だから気づかないうちに大きくなってるかも知れない。

それでアビーのパパは大型犬の首輪を買ってきて着けてあげたんだって」


「何の話だよ」


「まあ最後まで聞けよ。どうせそこにいるしかないんだから」

「アビーのパパはそれでも心配になって、少し緩めといてあげたんだって」


話が見えてきたがこいつらが何をしたいのかさっぱり分からない。

ここに監禁するつもりならさっさとどっか行け。その隙に逃げてやる。僕はダクトテープを引きちぎるくらいの力なら持っている。

今ここで2人を振り切って脱出することも、単純にパワーだけなら自信がある。

問題なのはそこではない。


「翌朝犬は消えていて、鎖に繋がれた首輪だけが虚しく残されておりましたとさ」

「でね、この話には続きがあって」


「ゲンマ君家のレトリバー、あの子の母犬はさぁ、ゲンマ君のおじいさんが拾ってきたんだって?」


「………だったらなんだよ」


「当時のレトリバーは今よりずっと高価だったらしいよ」

「売りはらうよりはマシだけどね、酷いよゲンマ君」


「知らねえよ」


「シラを切る気かい?」

「血は争えませんな」


アビーの父親が飼っていた大型犬とやらは、うちの爺さんが掠め取ったと言いたいわけだ。

確かにレトリバーが今の猫や小型犬ブーム並みに流行した時代があったらしいことは知っている。

実際にはどうだか知らないが、その犬の首輪を僕が着ける義務はないぞ。



「今度はキツく締めておかないとね」



………まずい。二人は俺の上に覆いかぶさり、革の首輪に手をかけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る