9-4 閑話
× × ×
スポーツジムの入り口を抜けて、非常階段を4階まで駆けのぼる。昼間に妹から色々と焚きつけられたせいか、我ながら足取りは軽い。自宅の玄関まで16秒もかからなかった。
オレの寝室までは30秒ほど。ちょっと鈍ってるな。
今日は大変な一日だった。
まさか妹が同志の部屋にやってくるとは……伏原と小山内には迷惑をかけてしまったな。仲田さんも年上なのに呼び出すような形になって申し訳ない。あとで十分にフォローしておくとしよう。
妹にも声くらいかけておかねえとな。
あいつなりにオレのことを想ってくれていたんだろうし。
ただあいつ、あれで部活がけっこう忙しいから、家でもたまにしか会えないんだよな。
「……手紙でも書いてみるか」
オレはさっそくペンを取り出す。マンガの枠線用のミリペン(1ミリ)だが別に構わん。むしろシャーペンだと安っぽいとか文句を言われるかもしれない。妹はあれで形にこだわる性格だ。
恥ずかしくない程度にお世辞を記しておいて、妹の部屋まで手紙を持っていく。
「何の用なのよ」
妹はベッドに顔を伏せていた。あれは考えごとをしている時の仕草だ。他人に兄妹ゲンカを見られたのが今さらながら効いているんだろう。足りない頭で恥ずかしさと戦っているに違いない。
本人がいるなら別に手紙を渡すこともないんだが、せっかく作ったわけだし渡しておこう。
「おい。お前に手紙だよ」
「どこの誰からよ」
「オレからだ」
「…………」
妹は黙って手紙を受け取る。
そして表紙の文字を見て――かぁっと赤くなりやがった。
まさか手紙が予想外で嬉しかったんだろうか。
「あんた……なによコレ!」
「お前に向けた手紙だが」
「あたしの名前、裕子になってるじゃない!」
妹は手紙の冒頭を指さした。
よく見るとたしかに「裕子へ」と書いてしまっている。こいつの本当の名前は祐子だ。字が似てるから、たまにわからなくなるんだよな。
「ははは。すまねえ」
「すまねえじゃないわよ! 妹の名前も覚えられないの? この脳みそ筋肉!」
「なっ! 脳筋はお前のほうだろうが! 期末テストで数学一桁だったんだろ!」
「あんなの解けるほうがおかしいのよ!」
妹はクラスメートの大半をおかしい奴と決めつけた上で「アニキは名前をまちがえたからゼロ点よ!」とミドルキックを入れてくる。
それを右の手刀で捌きつつ……オレは名前を書きなおしてやるために妹から手紙を取り返そうとした。
ところが、妹はオレの左手をパチンと叩き落とす。
「なにすんだ」
「なに人のものを取ろうとしてるのよ。人をものを取ったらドロボウだってポケモンで習わなかったの? それとも主人公に女の子を選ぶか男の子を選ぶかで悩みすぎてそこまで行ってないのかしら」
「お前、そんなのよく覚えてるな」
「今思えばあの頃からリンヘン? があったのね」
「それを言うなら片鱗だろうが」
「あーもう!」
オレの指摘に妹は恥ずかしそうに頭を掻く。
やがて妹は「とにかくこれは読ませてもらうから」とオレを部屋から追い出した。カギまで閉めやがるもんだから、ついカッと頭にきてしまいそうになる。
まったく。いつものことながら相手するだけで疲れちまう。
妹は二次元にかぎるな……見るにしても「なる」にしても。
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