インターリュード


     × × ×     


 閉館間際の図書館に女子中学生が入っていく。

 彼は苛立ちを隠せないでいた。小山内を己の下に引き込んであげようとしたのに拒絶されてしまった。しかも正体までバレてしまった。

 中等部のセーラー服の下には大きなパッドが入っており、他者の視線を顔に向けさせない工夫になっていたのだが、今となってはジャマなだけで役に立たない。


「――久慈(くじ)。我が忠実な下僕よ」

「なんでございましょう」


 どこからともなく女子生徒が現れる。

 両手をニギニギさせており、いかにも小者然とした様子であるが、赤ぶちメガネの似合う美少女である。

 河尻と同じくセーラー服に腕章といった出でたちだが、こちらは本物の中学2年生だった。


「お前のやってくれた変装が見破られてしまった」

「なんと。こんなにもお美しいのに」

「ウィッグを取られたのだ。あいつにな」


 久慈に荷物を持たせ、二人は連れ立って中央受付の内部に入っていく。これは鳥谷部すら知らないことなのだが、受付の奥には螺旋階段があり、地下に降りることができる。

 私立図書館『むらやま』地下3階。

 各エリアに入りきらない本を納めている「開架書庫」の下に設けられた秘密の空間には、この土地を支配する者の執務室・通称「石室」があった。

 なぜ石室と呼ばれているのかはさておき、全体的には石積みの厳かな造りになっている。灯りの類はあまり灯されておらず、ロウソクを模したランプが点在するのみ。

 壁にはペンキで描かれた「河尻委員長万歳万々歳」「偉大な河尻はあなたを見守っている」などの文字がチロチロと照らされている。

 その中心に、机と椅子がある。そしてハードカバーの本がある。

 河尻はその本を手にとると、小さくため息をついた。


「あの小山内をわかってやるために持ってこさせたものだが、やはりオレ様にはTSとやらの良さがわからん」


 彼の変装は王の務めによるものである。すなわちヨルダン国王のように身分を隠して市民に接することで内情を探ろうというわけだ。

 久慈の推薦もあって中学生ちゃんと化していたが、決して河尻修二に女装をしたい気持ちはないつもりだった。彼は彼であることに過大な自信を持っている。


「お前たちはTSの良さがわかるのか」


 河尻の下問に中学生委員たちは「わかりません」と声を揃える。

 すでに中学1年生の委員候補である弓長沙織は彼の下についており、あとは高校1年生の小山内を加えるだけだった。なのに彼はそれを拒絶した。


「ふむ。お前たちにもわからないとなれば、なおさら変な趣味を持った奴を入れるわけにはいかないな」

「別の者を候補にいたしますか?」

「口を挟むな上坂。オレ様は一度決めたことを変えない」


 河尻は上坂の意見を退けると、「変わるのはあの者であるべきだ」とハードカバーに手を添えた。

 あの者に、小山内にTSを捨てさせるにはどうすればいいか。ひいては自らに弓を引いた忘れ物班の奴らにも制裁を加えなくてはならない。河尻修二の尊厳は守られるべきなのだ。


「河尻様。わたくしめの発言をお許しくださいませ」


 久慈が媚びたような笑みをぶつけてくる。


「なんだ」

「はい。その本によれば彼らは女性化したキャラクターの不幸を楽しんでいるようです。であればやるべきことは一つではないかと」

「奴ら自身を不幸に陥れてやるわけか……あいつの力を使ってやるのはシャクだが、面白いアイデアだ、久慈」


 河尻は彼女の意見にほくそ笑んだ。

 例えるなら火に焼かれる様子を楽しんでいる者が、自らも火で焼かれてしまう。さも寓話のごとき正当性が彼の心に火をつけた。


「決めた。その意見を取り入れてやる」

「ありがたき幸せ」

「ふふふ。オレ様への反抗は許されない。奴らに自己批判させてやるのだ。そのために奴らが望むだけの苦悩を奴ら自身に味あわせてやる!」


 支配者はハードカバーをつかみ取り、あろうことか机に叩きつけてしまう。

 その本のタイトルは『私説TS論』――作者は大和路快足。

 地下深くの石室で、静かに心は傷つけられ、そしてTSは行われた。

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