5-4
× × ×
いらっしゃいませとベルが鳴る。
仕切りに囲まれた4人席にはセットメニューが立てかけられている。ここはお高いファミリーレストラン。
インペリアルホステス・なんば店。
ランチだけで千円札が飛んでしまうために高校生には馴染みがないお店だけど、中学生ちゃんが「ここがいい」と言ってきかなかったので入ることになった。
なぜ彼女と食事を共にすることになったのかはさておき。
とばっちりを受けたのは、僕の隣にいる伏原くんである。
「小生には今日中に『最弱魔法少女りあら』『同点ハニー』『くぶちぇん』を手に入れるという使命があったのに……」
彼は予定外の出費にすっかり落ち込んでしまっていた。
ちなみに僕は『同点ハニー』だけ知っている。以前五郎さんに貸してもらったのだ。少女マンガらしいキュートな絵柄で正統派の入れ替わりモノをやっていて面白かった。強気な主人公とヒロインのトボけたキャラが対照的で良かったなあ。
「ごめんよ、伏原くん。なんか巻き込む形になっちゃって」
「なんでニヤついてるんですか」
「あ、ごめん……」
まさか伏原くんに本気でにらまれてしまう日が来るとは。
咄嗟に「よければ半分出すよ」と申し出てみたものの「いいです」と断られてしまう。
しかし「なら今度ウチで『私が、生きる肌』を一緒に観ない?」と誘ってみたら「もちろんです!」と飛びついてくれた。なんてチョロい子なんだ。
それぞれなりに注文するメニューを決めたところで、中学生ちゃんが口を開いた。
「センパイにはまともになってもらいたいです!」
彼女は「これから委員になるのだから色んな修正はしてもらいます。まず多くの人に不信感を持たれないように変な本を読むのはやめてください」と口をすっぱくさせる。
何でも僕の教育係らしいから気をかけてくれているのだろう。
この言い分に反応したのが伏原くんだ。
「小生たちが好きなのは変な本ではないですよ。ごくごくフツーに売られている一般作品ですからね」
「たしかに個々の作品はそうかもしれないけど……そればかりを追っているとなると他人から偏見を持たれても仕方ないじゃない。それは委員全体に迷惑だわ」
同じ中学生とあってか、彼女は伏原くんには敬語を使わなかった。となると中学生ちゃんは3年生なのかな。
あれほどスタイルが良いわけだから1年生ではないと思っていたけど、そもそも全く素性を明かしてくれない人だからね。
ちなみに、もう一人の委員候補である蔵書班の弓長沙織さん(中学1年生)は伏原くんよりも背が低いので小学生にしか見えない。
2ヶ月前までランドセルを背負っていたのだから自然なことではある。
「というか、センパイって運営委員になるんですか?」
今さらながら伏原くんが訊ねてきた。
そういえば、この子には話してなかったな。
「候補になったみたいだけど……なるつもりはないよ」
中学生ちゃんにも聞こえるように、はっきりと話しておく。
すると、対面の彼女は――ピクリと口元を歪ませた。前髪のせいで目元が隠されているからわかりづらいけど、やはり怒らせたみたいだ。
エプロン姿の店員さんによりハンバーグのプレートが運ばれてきたにも関わらず、彼女はそれに手を付けようともしなかった。
「……偉大(ビッグ)な委員長(カワジリ)はいつも見守っているんですよ。まさか河尻さんに逆らうと仰るのですか、センパイ」
「仮に退部になったとしても伏原くんや五郎さんとは仲良くやれそうだからね。それに『むらやま』が世間一般に開かれている以上は『第2保管室』に入ることもできるはずだよ」
そんな僕の楽観的な考え方に中学生ちゃんは釘を刺してくる。
彼女は「ステキではないです、センパイ」と呟くと、カバンから『河尻語録』なる文庫本を取り出した。
「河尻さんは言っています。委員長は『むらやま』の出入口の管理権を譲られている。だからセンパイを入れないようにすることもできちゃいます」
「ウソッ!?」
「本当のことですよ、センパイ。この本には真実しか記されていません!」
中学生ちゃんはカバンから同じ『河尻語録』を2冊ほど出してくると、僕たちの前に配ってみせた。どうやら読ませてくれるらしい。
手に取ってパラパラとめくってみたところ、本文では河尻さんによる自慢風訓示が延々と続いていた。
こんなもの、どこで作らせたのやら。さすがにネットオークションでも売りに出せないだろうな。伏原くんも怪訝そうに本を読んでいる。
それにしても……いくら教育係に任じられているとはいえ、中学生ちゃんがここまで河尻さんの下僕だったとは知らなかった。
どちらかといえば、奔放で自由なイメージがあったのに。
もっとも従属的とはいえ、中学三年生代表の委員に選ばれているわけではないから(たしか上坂さんだったはず)、彼女は鳥谷部さんみたいな外にいる支持者なんだろう。
河尻さん――僕は会ったことがないけど、よほどのカリスマの持ち主とみた。
できるなら僕も女の子を侍らせてみたいものだ。女の子になりたいのはあるけど、だからといってモテたくないわけではないからね。
「お待たせしました。アナトリアなエキメキとキョフテのセットです」
エプロン姿の店員さんが料理を持ってきてくれる。
彼女は続けてサンドイッチも机に載せた。そして僕たちに顔を向けると「こんなところに食べにくるなんてお金持ちだね」と笑い始める。
本来ならムッとくるところだけど、よく見るとその顔つきには既視感があった。エプロンの似合わない貧相な体つきから察するに、
「もしかして仲田さんですか?」
「小山内くん、ボクをおっぱいで判別するのはやめたまえ。すぐにわかるんだからね」
「あ、ごめんなさい……」
どうやら女性が視線をわかっているのは本当らしい。勉強になった。
彼女は「まあ今日はピエロのメイクをしてないからね。特別に許してあげるよ」と言いつつ、チラリと中学生ちゃんに目を向ける。
見れば、中学生ちゃんは明らかに狼狽していた。
「な、仲田さんがなぜここに……いつも通っている店なのに……」
「昨日からバイトに入ったの。バンドするにもお金がいるからね。それで一体何のつもりなのかな。こんなバカみたいな本をボクのかわゆい後輩たちにプレゼントしてくれて」
仲田さんは赤い文庫本に手を載せる。
大切な本をバカにされたからか、中学生ちゃんは両肩を怒らせていた。
「もう卒業生なんだから仲田さんには関係ないでしょ……」
「あるよ。だってボクたちは同志なんだから」
その台詞に、伏原くんの目が見開かれる。
仲田さんはそれを見て、とても温和な笑みを浮かべてから、
「――ねえ明佳。良い物を見せてあげようか」
「良い物ですか?」
「ふふ、せっかくこんなに素晴らしいものがあるんだから、みんなで楽しまないとね」
中学生ちゃんから髪の毛を奪い去った。
その姿に僕はあっけにとられる。
なぜなら、ウィッグのなくなった彼女は――どう見ても河尻さんだったからだ。
写真でしか見たことがないとはいえ、そこらじゅうに写真が貼ってあるのでイヤでも風貌を覚えてしまう。
彼はこれといって特徴のない背の低い高校2年生だった。
「どうだい小山内くん。女装っ子だよ。萌えるかい?」
仲田さんの問いかけに、僕は「いえ……わかってしまうとダメですね」と返す。
でも、それまではたしかに女の子だった。ずっとドキドキさせられてきたし、フラグを感じたりすることもあった。僕の本能は中学生ちゃんを女の子だと認識していた。
つまり伏原くんの考えが三次元で実証されたのだ。
リアルに男の娘は存在できる。
当の伏原くんも右手を握りしめていた。
僕たちが密かに感動していると、河尻さんは仲田さんからウィッグを奪い返して、また中学生ちゃんの姿に戻ってみせる。
残念ながら「男である」とわかってしまったので、かつてのような疾しい気持ちは沸いてこない。こうしてみるとレベルの高い女装だ。体型にもまるで遜色がない。足のあたりもストッキングで上手く隠されている。
「……お前たちはオレ様にケンカを売ったのだ」
河尻さんは立ち上がると、千円札を伝票に差し込んだ。
そして「いわば『むらやま』そのものであるオレ様に逆らえばどうなるか、きっちりわからせてやろう」と捨て台詞を吐いて、そのまま女装姿でファミレスを去っていった。
後には冷めたハンバーグセットだけが残される。
「オレ様ってヴォルデモートみたいでしたね」
「そうだね。あれは死喰い人を従えている感じだった」
「ハリーポッターといえば……」
「明佳。ポリジュース薬の可能性を探るよりも早く食べちゃいな」
仲田さんに促され、僕たちはようやく料理に手をつけた。
おいしい。
ただ、僕のトルコ料理も伏原くんのサンドイッチもそこそこボリュームがあったので、さすがにハンバーグまでは対応できそうになかった。
そこで援軍として電話で五郎さんを呼んでみることにする。
彼は帰宅していたわけではなく『芸術・哲学エリア』でマンガの描き方を調べていたそうで、すぐにもファミレスに来てくれた。
「おい。なんで最初から呼んでくれねえんだよ」
「まあまあ。タダでハンバーグが食べられるんですから」
「除け者みたいでイヤなんだよ。大体、同志のことで河尻さんと話し合いしてたならオレだって参加してしかるべきだろ。まったくわかってねえなあ」
冷めたハンバーグにため息をもらす五郎さん。
そんな彼に、僕たちはとっておきのプレゼントを差し上げることにした。
伏原くんが密かに撮っていた「中学生ちゃんの写真」を先に見せてから、その正体を明かそうというわけだ。はたして五郎さんの反応は如何に。
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