偶然という名の婦人 2

 二人が向かい合っている床には三浦が脱がしたブラウスにブラジャー、多恵子が脱いだスリップドレスや白いスカートにストッキング。それらが無造作に散らばっていた。

 どう見ても、これからそこにあるソファーの上で抱き合う男女が脱がしあったかのよう。そんな痕跡がそこにあるのに、裸の女と絵描きの男がただ向き合っている。


 いつものソファーに多恵子を座らせ、三浦は床に跪く。

「チークをもう少し濃くしてもらおうか」

 多恵子の傍らには化粧ポーチ。彼女のバッグから出してもらった物。白いソファーの上に、彼女愛用のコスメが既に散らばっていた。

 画家の指示に従い、多恵子はコーラルピンクの頬紅を手にする。携帯用のブラシで頬にチークを乗せていく。それを三浦は彼女を見上げながら眺める。

「うん、それぐらいでいい。女性が化粧するには不自然な濃さかもしれないけれど、イーゼルとソファーの距離からすれば、それぐらいが貴女の肌を引き立てるだろう」

 多恵子も黙って頷くだけ。微笑みはない。

「睫はそのまま、マスカラがついたままでいいよ。その、キラキラとしているの、今、流行のメイクだね」

「はい。お洒落をする時にだけ使っています」

 瞼の周りに白い粉が時々煌めくのを三浦は見逃していなかった。

「画廊屋の彼も、僕の息子と同じぐらいの年頃のお嬢さんがいるんだけれどね。彼女もそんなメイクをしていた。目元を際だたせるね。それ、もっと瞼に塗ってくれるかな」

 先程、アイラインとアイシャドウを拭ってしまった三浦だが、その光は欲しいと思った。そして多恵子はなにも疑念を抱かず、ただただ三浦の指示に従い、まるで絵の具が詰められているような丸い透明なケースを手に取った。

 初めて見たラメ入りのシャドウ。三浦はしげしげと眺めてしまった。そんな男の顔が面白かったのか、やっと多恵子が少しだけ微笑む。

「チークと同じ感覚で良いですか、先生」

 飲み込みの良い彼女に、三浦はうんと頷く。

 従順に三浦の裸婦として仕上がっていく多恵子。指先にとったシルバーのクリームがくっきりと彼女の瞼に塗り込まれていく。鏡で今の多恵子を見たら、それは奇妙なメイクになっていることだろう。

「メイク的に美しくではないからね」

「イーゼルから見てどのように先生に見えるか。先生の目をどのように感じさせるか……」

 そんなことをただ呟きながら黙々とシルバーのシャドウを瞼と眉の間の皮膚にめいっぱいに塗りたくる多恵子。三浦も『うむ』と頷く。多くを言わずとも、多恵子は三浦の意志をきちんと察し、モデルとしての感性で『偶然の裸婦』を造りあげていく――。

 カンバスにこの奇妙なメイクがそのまま反映されるわけではない。多恵子はそれを心得ていた。しかしそのメイクがカンバスに描き出す自分を如何に映えさせるか。描き手の三浦だけじゃない。描かれる多恵子も『多恵子という裸婦』になるために真剣だった。

 多恵子のメイクは三浦が望むとおり、完璧だった。


 さらに三浦は櫛とドライヤーとヘアスプレーを手にして、多恵子の髪も変えることにした。

 多恵子は人形のように大人しくそこに座っている。念入りにカールをしてきただろう黒髪の毛先を手にして、三浦は癖毛直しのミストスプレーを容赦なく吹きかける。

「カットをしなくても、こんなアレンジも出来るんだね」

「あの手この手、変身しようとなんでもしますよ。私だって」

 可笑しそうに多恵子が笑う。

「そして、それもきっと『ありきたりな女』のすることなんですよ」

「なるほどね。それは、ありきたりでも女性らしい良いことだね。僕は女性が綺麗に見えるのが好きだから」

「本当に先生って――。女性には優しいんですね。男性が皆、そうだと良いのに」

「言っただろう。皆、そう思っているよ。だからありきたりでも続けて欲しいね」

 三浦の手の中には、多恵子の黒髪。いつもひとつに束ね、それを解くと髪留めの跡が付いてしまっていたり、毛先が跳ねていたり。簡単にまとめられていた黒髪を、今は三浦の手で丁寧に櫛を通しドライヤーの温風を当て真っ直ぐに手入れしていた。こうしてブローをすると多恵子の黒髪にも艶が出てきた。しっとりすんなりと細い黒髪が三浦の手の上でするんと滑り始める。


 やがて多恵子の黒髪を、三浦はするりとその手から離す。

 彼女の肩から鎖骨を降りて、そして三浦の指先から落ちていった黒い毛先は、多恵子の乳房の上にはらりと落ちていった。

 いつも癖が付いてまとまりなく、ぱさぱさとしていた多恵子の髪。しかしブローをすると、そこには、はんなりたおやかなムードの裸の婦人が現れた。

 明らかに、いつもの多恵子ではなかった。でも多恵子。そんな彼女の隣へと、三浦もソファーに座った。

「気分はどう」

 直ぐ隣に緑の香りがする裸の女性。彼女と三浦の肩が触れ合った。

「まだ、すこし……」

 いつもと違うムードになった自分を鏡で確かめている多恵子。

 夏から見慣れてきた裸体を三浦は上から見下ろした。画廊屋の彼が自分のことのように自慢していた雪国の女性とやらを頷かせる白い肌、そして乳房、少しだけふっくらと丸くなっている腹に小さな臍、そして淡いグリーンのショーツ。こんな時でもきちんと足を揃えて床にのばしている。床には三浦の手より小いさくみえてしまう足。

 そんな多恵子を眺めながら、今度の三浦は自然と多恵子の両肩に触れていた。

 手鏡の中に映っている多恵子の表情が固まった――。

 三浦の手はそのまま女の肩を撫で、ほっそりとした腕を滑っていく。

「画廊屋の彼がね、言ったんだ。雪国の女も良いぞ。だから札幌に来ないかと――」

 鏡の中の多恵子の戸惑う顔。それは明らかに、今まで三浦を『画伯』だと信じて、裸体を預けてきたモデルとしての顔ではなかった。彼女が今、女性として戸惑っているのが判る。それだけ、三浦の手つきが先程よりずっと男として変化しているのを感じ取っているのだろう。

 手のひらが、そして指先が隙間なくぴったりと多恵子の肌に吸い付き、そんな男の手が行ったり来たり彼女の肌を何度も撫でているからだ。

 本当に素人だった多恵子。硬いポーズ、着衣で戸惑いながらスケッチのモデルをしていた多恵子。そんな彼女もいつしかモデルとして身体はしんなりとリラックスし、画家の三浦に対して予想以上の創作力を湧かせてくれた。そんな多恵子の身体が今は強ばっている。

 もし今までの信頼関係がなければ、これは画伯からモデルへのセクシャルハラスメントだと決めつけられても仕方がない。いや、画壇という世界でそれを言うのも野暮かもしれないが、少なくとも三浦と佐藤多恵子の場合は――。三浦の多恵子に対する今の手つきは、それほどのもの。

 流石の多恵子も強ばってはいるが、その手がいったい何であるのか懸命に理解しようと葛藤しているような鏡の中の顔、瞳。ほんの少しの怯え。そんな鏡を三浦は覗き込む。多恵子の小さな顔の隣に三浦の顔が映る。暫し、鏡の中で二人は見つめ合う。鏡の中で目が合っていた。


「……描かないのですか、先生」

 ほんの少し震えている声。

「描くよ」

「この手で描いてくれるんですね」

 やっと多恵子の手が、腕と肩をさすっていた三浦の手に触れてきた。

「描くよ。今日、僕の目の前に飛び出してきた『女』である貴女をね」

 三浦は黒髪に隠れている小さな耳に囁く。気のせいか、多恵子の緊張が解けてきた気がした。僅かに三浦の手の中で力を抜いたような、いま窓辺で舞い始めている小雪のように、そんな柔らかさが胸の中にふわりと落ちてきた。

「寝てみようか」

「はい」

 三浦に抱かれたまま、多恵子は素直に頷いてくれていた。

 寝かせるために抱き寄せると、多恵子もそのまま三浦の胸の中にそっと倒れてくる。本当に今から許し合った男女がソファーの上で重なるために寄り添っているかのような流れ。そして三浦もまさにそんな気持ちで多恵子を抱き留め、さらに強く抱きしめていた。

「暖かいね、多恵子さん」

「私も暖かいですよ、先生」

 徐々に暖房が隅々まで行き届いたせいもあるかもしれない。だが三浦の黒いハイネックのセーター越しでも、多恵子の素肌の体温が伝わってくる。

 手に触れている肌は柔らかく、変わらずに緑の香り。そしてしっとりとした真っ直ぐな黒髪の中に、小さい顔。優しい顔つきの、ころんとした黒目の。そんな多恵子は目をつむって三浦の腕の中にいた。

 するすると多恵子の身体を腕の中で傾け、三浦は自分の手で多恵子をソファーの上に寝かせた。

 寝そべって多恵子がそっと目を開け、傍に座ったまま見下ろしている男を見つめてくれる。

「どのようなポーズにすれば良いですか。先生、造ってください」

 どんなふうに指示されても、描いてもらうために従う。そんな多恵子の真っ直ぐな目。三浦はそっと手元で寝そべった多恵子の額を撫でる。黒髪を掻き上げ、何度も撫でていた。そんな三浦の仕草にも、多恵子はまるで愛する男から可愛がられているかのように、うっとりと目を閉じてくれる。

 三浦の中でも徐々に身体の内側が熱くなってくるのが分かった。それでも三浦は今度こそ立ち上がり、寝そべっている多恵子をソファーの縁から見下ろした。

 多恵子の顔をのぞき込む。三浦と目が合うと多恵子がいつものように微笑んでくれる。その頬を三浦はそっと撫で、そのまま寝そべっている多恵子の首筋に指先を滑らせ鎖骨に触れ、ついに指先は見るだけで終わっていた多恵子の乳房へと向かっていた。

「嫌なら……」

 こっちも緊張している。三浦の声が掠れていた。だが多恵子はただ微笑み、小さく頷くだけ。三浦の指先は柔肌の上をじっくり少し遠慮するように滑り、白く丸い小さめの山の上を昇っていった。ふわふわとしている白い山肌。うっかり指先に力を入れてしまえばささくれた男の指は優しく沈んでしまう柔らかさ。女の乳房に触れるのは当然初めてではない。久しぶりと言えば久しぶりだが、それほど欲していたわけでもない。それでも――この女の乳房に触れることはまるで何かの禁を破るかのような、そんな狂おしさを三浦は初めて感じ取っていた。

 やがて三浦の手はそのまま多恵子の片胸をすっぽりと包み込んでいた。手の中に優しい存在。柔らかで暖かく、そして決して触れることはないだろうと目だけで描いていた乳房を三浦はそっと静かに握ろうとしている。

 もし、これが男女の交わりを前提にしている行為なら、今の多恵子はとても悩ましい顔をしてくれているに違いない。なのに彼女はそんな画家の静かな手を、変わらぬ微笑みで見ているだけだった。

 ご主人に叱られるだろう。いいのかい。とうとう僕に触らせてしまって。ご主人だけが知っているはずの乳房を。彼はこんな優しいものを、日常の中にただの置物のようにして、流して済ませているのか。でもたまには触れて、その時はたとえご無沙汰でも、彼は必死に愛しているのだろうか。

 三浦の脳裏に様々な思いに憶測に、あろうことかちょっとした嫉妬も生まれていた。

 ただ多恵子の片胸を揉みもせず、握りしめたまま。彼女の乳頭がつんと尖り、三浦の手の中で膨れていくのが分かった。まるで花が咲くように形が変わり、手のひらに口付けるかのように触れている。それでもただただ静かにそこにいる多恵子。しかし彼女の黒目がいつもよりずっと濡れていることに三浦も気が付いてしまった。

 本当に一歩間違えれば、なにもかもを忘れて抱き合ってしまいそうな男と女そのものだった。

今すぐ彼女の素肌に飛びついて、その裸体を貪ることだって出来る。触れたら男の大きな手すらもあっと言う間に奥へと喰らってしまうだろう、ふっくらとしている肉付きの白い太股。そこにこの手をねじ込ませ膝を押し広げ、その隙間にすかさず男の身体を割り込ませ、彼女の上に覆い被さり、我を忘れて今触れている乳房の甘さを存分に味わい吸い尽くすことだって――。だが三浦はそこで歯を噛みしめる。

「寝ながらテレビを見ることがあるかな」

「ええ。ソファーの上で……。そんなポーズをすれば?」

 やっとの思いで三浦は頷く。多恵子もそのまま、仰向けになっている肢体をそっと横向きにして寝そべる。横寝になった彼女の腕と腕の間で愛らしい乳房が悩ましく下へと垂れ下がる。どうしてか三浦はそんな艶っぽく変化した乳房からも目を背けそうになる。裸婦画家にあり得ない刺激――。それでもさらに三浦は密かなる深呼吸をして、多恵子の手を取った。

「下の腕は、君の頬の下。枕のように。上の腕は脇から腰の線に沿って乗せて、手のひらは尻の上で……」

  多恵子自身もそうして動いてくれるが、三浦も彼女の手首を取ってその流れ静かに沿わせる。最後に腰の上に手のひらを置かせ、指先も、尻の上――。そこで三浦も多恵子もふと気が付いた。まだショーツを脱ぎ終わっていないことを。

「いま、脱ぎます」

 三浦が整えたばかりのポーズを、やや勿体ぶるようにして多恵子が少しだけの動作でそろそろとショーツへと指を差し込んだ。

 淡いグリーンの艶やかな生地。腰の線に沿うように入っていく指先。ゆっくりと少しずつ彼女の指が滑り込み、静かに身体の線に沿わせ降ろしていく。

 横たえている上半身を少し屈める。また彼女の乳房が深い谷間を刻んでふっくらと胸元で柔らかに膨らむ。彼女の白い両腕に押しつぶされながら、でも妖艶な匂いに形を醸しだし、三浦の目を釘付けにさせた。ゆっくりと身体の線に流され降りていく小さな布きれは、最後まで隠していた黒毛に覆われた股を露わにする。曇り空の頼りない明るさがあるだけの窓辺なのに、いつものように多恵子のそこは黒々と艶めき、そしてふわふわとした毛先を小さく揺らして秘密の場所を守っていた。

 三浦はゆっくりゆったりととショーツを脱ごうとしている多恵子の一部始終をただただ黙って見ている。手も出さず、ただそれを見ている。

 目の前でこの彼女が映し出す光景の全ては『見てみたい、触れてみたい』と望んだ画家の為にしてくれているのだと、もしそうでなくても、今の三浦はそんな気持ちで見届けている。

 だが心は穏やかではなかった。女性の裸など見慣れているはずの裸婦画家、三浦という男。何気なく日々見ていたはずの多恵子の黒毛の小股。彼女が寝そべったままでなかなかつま先まで届かないショーツをもどかしそうに手先で脱がす様が、どうにもエロチックにみえてきた。折り曲げた膝と膝を摺り合わせながらも、なかなか脱げないショーツ。脱ぐことに苦戦しているその足が動くたび彼女の黒毛が形を変え、時にはそのベールを薄くし、もうその向こうが見えそうだった。決して三浦が踏み込めない、そして見てはいけない触れてはいけないと意識し『無いもの』として日々やり過ごしていた物。――多恵子というモデルだけじゃない。どのモデルにもそうだった。なのに今日、この時。三浦はそこに誘惑されている。『偶然に飛び出してきた婦人』から漂ってくる仄かでも艶美な匂いを嗅ぎ取っていた。『ありきたり』という一種の女の入れ物に押し込められ取り残されて隠れてしまっていた『女』に。

 刻々と色濃くなってくる裸婦の色香を嗅ぎ取り、三浦はその全てに取り込まれても良いと彷彿としていた。

 多恵子の手が膝の下で止まる。脱がそうとしていた手が届かなくなったのか。両足を折り曲げたまま、何かが出来なくなって困り果て男にすがるような眼差しで三浦を見つめている。『先生、脱がして』。そんな声が聞こえてきそうな目。

 黙ってじっと三浦を見ている。その目が既に女であると……三浦は思った。

 その目にすんなりと三浦は負かされていた。男の手は静かに多恵子の腰に触れ、女体の流線と肌の柔らかさに連れ去れるように滑り始める。――多恵子の身体が僅かに震え身動ぐ。微かな吐息が三浦の耳に届いた。肌を触れゆく三浦の手は多恵子の足もゆっくりさらりと撫でていく。また多恵子の足がもどかしそうに僅かに蠢く。徐々にモデルではない女の姿に変わってしまいそうな多恵子。三浦の手に伝わってくる女の熱。膝下まで向かい指先にやっと触れたショーツ。今度は三浦がじっくりとつま先へと持っていく。しかも勿体ぶるように――。

 多恵子はそんな三浦を黙ってみている。先程の三浦のように。

 だが多恵子の場合は一言、三浦に呟いた。

「まるで、これから先生と抱き合うみたい」

 その一言に、三浦はもう少しで転げ落ちそうだった何かが粉々に砕ける寸前に手に受け止め阻止できたような気にさせられた。

 最後、小さな彼女の下着を三浦はつま先から抜き取って、そのままソファーの上に放った。そして多恵子にやっと微笑む。

「何故、貴女があの日、流行遅れの白いワンピースを着ていたのか。解ってきたよ」

 あの日から全て、この裸婦モデルに三浦はやられていたのだ。そう思った。

「あの日、私はとても張り裂けそうな思いで歩いていました。でも誰も気が付いてくれないことも分かっていたんです。あんなに奇妙な格好で街中にいるのだから、誰の目にも滑稽に見えているはずなのに。でも見えていないに等しいまま私を押し流してくれる。どうせ誰も私はここにいるものとはさせないままに忘れていくだろうと分かっていたから、余計にワザと。なのに……先生だけが、私に気が付いてくれて……」

 途端に多恵子の小さな瞳が揺れたので、三浦は驚かされた。

「……だから。怖かったけれど先生に会いに行こうと思いました。あとは先生も知っているとおりの私です。あのワンピース、十五年も取っておいたんです。でもあの後直ぐに捨ててしまいました。やっと捨てられたんです」

 哀しそうな目でそう呟いた多恵子。そこに今日現れた女性の全てを見た気にさせられ。三浦はもう少しで本当に多恵子に飛びつきそうになっていた。

「ごめん。ちょっと……」

 立ち上がり、三浦はそこから逃げるようにアトリエ部屋を飛び出した。


 


 キッチンへ向かい慌てて蛇口を捻る。

 出てきた水は皮膚を切り裂きそうなほど冷たい。それを手で掬い上げ何度も顔にぶつけた。

 雪が降り始めた北国の冷水は凍るようにひりひりと冷たく、一気に三浦の火照った顔を熱を冷ましてくれる。

 冷蔵庫からも冷えたミネラルウォーターを取り出し、忙しなく白いキャップをこじ開ける。一気に飲み干して、残った冷水を後先考えずに頭から被った。

 そのままシンクに力無く手をつき、三浦はがっくりと項垂れた。

「こんなこと」

 濡れた白髪交じりの前髪から、ぽたぽたと落ちる水滴。小さなシンクに幾つも落ちて消えていく。

 俯いている三浦の呼吸は荒く、吐き出す息は熱かった。そして自分の股間へと視線を落とす。ジーンズのジッパーの辺りが見事に膨らんでいる。

 ――男として反応していた。


 

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