第24話 ため息の真相

□第24話□

□ため息の真相□


 ――翌日。リューゲン島、“L” 病院。


 むくとウルフは、BMWで、“S” 城ホテルを後にし、海岸を望む様に切り立った所にある、“L” 病院に着いた。


 ババーッキイッ。


 ウルフに誘われて、AyaもHondaで追って来ていた。


 ブルッルルルッ。


 この、“L” 病院は、殴ったように白い壁を造り、入口も堅苦しく真四角で、むくは、帰りたかった。

「緊張します。どうして病院へ来たのですか?」

 むくの顔は磨り硝子の向こうにある様であった。

「大丈夫じゃよ。四階だそうだから、そこのエレベータで行こうかいの」

 肩をぽんぽんと叩いて緊張を解そうとした。

「むくは、病院が苦手です」


 ポーン。


 エレベータが告げた。

「四一二号室は、この奥右手の様じゃ」

 少し歩き、角を曲がった廊下で、空の花瓶を持ちながら向かって来る人を見掛けた。

「むくちゃん……?」

 お互いに思わず足を止めた。

「美舞まーま……!」

 たたっと駆け寄った。

 そして、美舞の袖をつんと引いた。

「びっくりした。今から病室に行くから、ついて来てね」

 美舞、むく、ウルフと続き、群れないが、近くにはAyaもいた。

 四一二の数字が読み取れ、戸を開けた。

  

 ガラガラガラガラ。


 そこは、広めの個室だった。

 白いカーテンが開け放されており、眩しかった。

 ラジオは見知らぬピアノを奏でていた。

「玲ぱーぱ……」

 ベッドにはむくの父、玲がいた。

「れい……? ぱーぱ?」

 誰の事かと言わんばかりであった。

「玲ぱーぱです」

 むくは、目をぱちくりした。

「俺の事か?」

「はい。むくのぱーぱです」

「むく……。聞き覚えがあるな」

「玲ぱーぱの子ですよ」

 父子は、お互いに何が起きているのか分からなかった。

 むくは、表情を固くし、作り笑いで首を傾げた。


「まあ! むくちゃん……! それに、ウルフも!」

 ウルフの妻、マリアも来ていた。

 玲に緑茶を煎れていて、遅れてこちらに気付いた。

「久し振りじゃの、マリア。傭兵時代以来かの?」

「もう! 結婚前に契約切ったわよ。何の冗句よ」

 ウルフとマリアは、ハグをして、お互いの健康を確かめ合った。


「玲ぱーぱと美舞まーまにマリアおばあちゃまは、どうしてここにいるのですか?」

「まーまは、玲ぱーぱの付き添いをしているのよ」

 美舞に続いてマリアが答えた。

「ばあばは、玲君のお見舞いよ」

 むくは、色々な再会があって驚きの連続であった。

「“L” 病院には、玲ぱーぱの入院と美舞まーまの付き添いの為もあって、ドイツの旅をして来たのですか?」

 むくは、振り向いてウルフを仰いだ。

「そうじゃな」


 コンコン。


「先程、電話いたしました、Kouです」

 パステルカラーの花束を持って入室して来た。

 花は、窓辺にある花瓶の横に置いた。

 そして、点滴と繋がっている玲と状況が呑めないでいるむくに、深く頭を下げた。

「巻き込んでしまってすまない。この通りです」

 土下座をした。

 全身全霊で謝罪をしたかった。

「謝って済む問題ではありません。しかし、謝罪の意を伝えたく、参りました」


「いや、俺も油断していたのですから。医学の学会に来ていて、殴られたらしいと病院で聞きました。もう前後不覚ですよ」

 玲は、苦笑いでお茶を濁した。


「申し訳ございません。実は、むくさんにも謝らなければならない事があります」


「え? むくちゃんは関係ないわよね?」

 美舞はどきりとした。

「そうよ」

 マリアも関係ないと思った。


 Kouは、むくに向き直って、手をついて頭を下げた。

 その姿勢のまま語った。

「むくさん、朝比奈麻子さんが、ミロのヴィーナスを外に置いたと、もしかしたらお考えかも知れませんが、それは、“未来への手紙Jの刻印撲滅機構”の者がやった事です。彼らは、“ジレとアデーレ” に特別なメッセージがあると思い、虫食いの手紙と共に探していました」

 むくは、びくついていた。


「それから、むくさんの描いた絵の習作に赤で×バツをつけたのは、朝比奈麻子さんです。Ayaがむくさんの渾身の油絵、“タイトル未定” を鑑賞しにアトリエに入った折り、Ayaが出た後に、蚊の様に一緒に入ったのです」


「そうだったのですか……」

 ため息をつき、言葉を失っていた。


 ***


 ――廊下の自販機コーナー。


 Ayaは、病室の外で何かと耳をそばだてていた。

「Kou……。渚で別れたらこの病院にいるなんてね」


 Kouは、ひとしきり謝罪をした後、退室して来た。

「失礼いたしました」


 ガラガラガラガラ、バタン。


「よ。Aya」

 Ayaの所に行った。

「何よ。こっちは、一生会えないと思ったわ」

 がたっと立ち上がって、肩をいからせた。

「すまない」

「すまないですまない!」

 つい、語気が荒くなってしまった。

「分かった。ここは、病院だ。出よう、Aya」

 Kouは、Ayaの手を取り、きゅっと握った。

「そ、そうね」

 気恥ずかしいとAyaの顔に書いてあった。


  ***


 ――四一二号室。


「美舞まーま、玲ぱーぱ。むくは、お留守番をしていたのですか?」

「むくちゃん、悪いね。俺が精神科の学会で単身こちらに来たのだが、暴漢に襲われて入院したのだよ。やっと連絡がついたら、美舞が飛んで来てくれてね」

「夏休みじゃし、儂が、可愛いむくちゃんを守るよと美舞と約束したのじゃ」

「ウルフおじいちゃま……」


「むくは、どうして、お家に誰もいないのか知らなかったです」

 むくは、急に哀しみから解かれた様であった。

「もう、がんばれますかね。むくは、美舞まーま、玲ぱーぱにお話を聞いて欲しいです」

「何? むくちゃん」

 美舞は、花を触る手を休めた。

「個室だ。誰も聞いていないよ」

 玲は、身を乗り出した。

 いつになく、川底の様に薄暗いむく。


 家族の誰もが知らなかった恐ろしい話が、むく自身の口から明かされようとしていた。


 病室のカーテンも、ふわりとし、窓を閉めよと物語っていた。

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