第20話 リューゲンの方程式

□第20話□

□リューゲンの方程式□


 ――日本。再びのアトリエにて。


 カチカチッカチャリ。

 ガチャ。


 当たり前の様にお手製の鍵でドアを開く。

「体力は、ある方だと思うけど、日独一泊二日は、大変だわ。私は、レンタルDVDと違うのよ」

 Ayaは、まっしぐらにアトリエに来た。

 アトリエは、もう真夜中であった。


「えっと、ここに銀髪のお兄さんが、包んでしまっていたわね」

 アトリエの隅にあった『無垢の妖精』を出した。


 ガサガサガサガサ。


「……ん? キーがあると言っていたけど、ヒントではなくて、ダイレクトに鍵があったわ。どこかで見た様な気がするのよね」

 すると、何か閃いて、たったっと駆け寄り、その鍵を使った。

「地下室の鍵……」


 カチャリ。


 地下室から、風が吹き、まるくまとめた後に編んで垂らした長い髪を、ふゆっと揺らしながら、Ayaは、奥へ降りて行った。

「ねえ、Kou? ここにいるの?」


 カツーッカツーッカツーッ。


 少し歩んだだけで、Ayaのヒールは音を立てた。

 特に足を忍ばせず、居場所を知らせるかの様に。

「Kou、ここにいるのなら、返事をして?」

 壁を探って、地下室の明かりをぱっぱぱっと点けた。

「いない……」

「この鍵は何? 何の為に『無垢の妖精』に隠してあったの? 何かヒントがある筈よ」

 鍵を握りしめ、方程式の解を辿っていた。

「そうだ、ゴッホの向日葵の後ろは、どうなっているかしら」


 ガッコン。


 ゴッホの向日葵を外すと、埋め込まれた壁があった。

「前に来た通りだわ。アトリエの上で、美術部員が、地下室に誰かがいるとか騒いでいたわね。むく様は、私だとわかったみたいでしたけど」

 Ayaは、その小さな壁を外した。


 ゴトリ


「袋が梱包してある。中を見てみろとしかとれないわ……」

 二通の手紙があった。

 一通は、Kouが工作する前の本物の虫食いの手紙。

 Jの封蝋がしてあり、誰も開けていない風に見える程、完璧であった。

 もう一通は、黒い封筒に入っており、Ayaに宛てたものであった。


 ――Ayaへ

 もしも、この手紙を読んでいるのなら、“Rügenリューゲン Inselインゼル” リューゲン島に来てくれないか。

 Ayaが望むのならば、話す事がある。

 詳しい場所は、地図を同封した。

 ローマの男に気を付けてくれ。

 追伸 Ayaの事を嫌いになった訳ではない。

               ――Kou


「又、ドイツ? しかも、ここって……」

 手紙を大切に自分の胸に当てた。

「Kou! でも、やっと貴方と繋がれた! 今度は離さないわ……!」

 胸が詰まって、声を絞り出す様であった。

「今、行くから!」


  ***


 ――全日空機内。


 グァーキイィィィ……。


「ふう。無事離陸だわ。リューゲン島かあ」


「お客様の落とし物が届いております」

 キャビンアテンダントからハンカチが渡された。

 身に覚えのない赤い無地の物であった。

「ありがとうございます」

 受け取ったのには、訳があった。


「メッセージ?」

 “富有兎とみあり うさぎSophiaゾフィア Haseハーゼ

「……?」

 また、裏に返すと別のメッセージがあった。

「誰の話かしら?」

 “Emiliaエミリア Bachバッハ小川おがわえみりあ”

「どの名前にも心当たりがない……」


「あの、さっきのキャビンアテンダントさん?」

 Ayaは、呼び止めた。

「はい」

「私は、どこでこれを落としたかしら?」

「あちらのお席だと拾ってくださった方が仰っていました」

「ありがとうございます」

 笑顔で頭を下げた。

 Ayaは、あの文言を思い出した。


 ――ローマの男に気を付けてくれ。


「あちらのお席に行ってみるしかないわね」

 トイレへ向かう振りをして、席を立った。

 ちらりとみたが、男ではなく、女であった。

「あの、こちらで私のハンカチを拾っていただいたのですが」

 赤いハンカチを見せて、座席の若い女に訊いた。

「ああ、機内の男性に、『あの方が落とした様だが、恥ずかしくて声を掛け難い。頼む』と言ってどこかへ座りに行ったみたい。照れていたわ」


「ああ、お礼を言いたかったの。ありがとうございます」

 挨拶をして、席に戻ったが、ローマの男は見つからなかった。

「このハンカチのメッセージ、誰だろう……。やはりあの時のローマでKouと電話を取り交わした男。フランス語の男」

 又、長旅になる。

 ベルリンに一泊して、乗り換えて、目的地に着くのだから。


「既に一杯食わされたしね」

 Ayaは、ハンカチをポケットチーフにした。

 赤い薔薇が、闇に咲く様に。


  ***


 ――ドイツ。リューゲン島。


 ドイツ北部にあり、バルト海に面している。


「リューゲン島のここ、好きよ。綺麗な海岸線。そして、波を寄せようかと愛らしいコテージが並び……。向こうには海へと繋ぐ桟橋……」

 うしおの運ぶ風に髪を任せるのも胸を高鳴らせた。

 もう直ぐKouに会える。

 Ayaは、ひとつのオレンジ色したコテージに入った。


 ギイッ……。


「Kou!」

「Kou! 私よ! 来たわ……!」

 薄暗いそのコテージで、己の存在を示した。


「Aya! 隠れろ!」

 コテージの奥から、Kouの声がした。


 バギューン。


 銃声が、Ayaを出迎えた。

 美しい潮の香りを硝煙がイタズラした。

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