第4話 夫妻の名画

□第4話□

□夫妻の名画□


 ――翌朝七時。アトリエにて。


「お早う、皆」

 格好つけの亮。

「お早うございます」

 しっかりと椛。

「お早う。ふあー」

 欠伸で麻子。

「お早うございます。お疲れ様です」

 ぺこりとむく。


 美術部員四人が全員揃った。

「やはり、四人揃うと言うのは良いものだな」

 部長風を吹かせた訳ではないが、率直な感想であった。


「はい。そう思います」

 むくは、普段からおもねているつもりはない。

 寧ろ、自分の意見を述べているつもりだ。

 ただ、やたら反対したり、割り込んで何かをするのを得意としなかった。


「昨日見つけた地下室に行ってみようと思う」

 亮は、汚れたら目立ちそうな白いカッターシャツに黒のジーンズ姿であった。

「わかりました」

 むくは、水色のカチューシャとカットソーにお手製のうさぎさんのエプロン持参であった。


「今日は、構わないのだな、むく」

 念の為訊かれた。

「はい。寧ろ、むくからお願いいたします」

 深く頭を下げた。


 口に指を立てて考えていた椛。

 橙色のチュニックが似合った。

「んー。どうやって入るの? むくさん、亮兄さん」

「むくは、アトリエの鍵が二つではなく、地下室への鍵の可能性を考えました」


「なら、早速使おう。はい、全会一致ね」

 赤いフレームがきらりとした。

「亮兄さん、その言葉おかしいよ。まあ、皆行くけどね」

「亮が行くなら、あたし、付いて行くう!」

 一人うるさいのがいた。

 麻子の豹柄は、論外であった。


 カツンカツンカツ。


 むくは、コンクリートの階段を三段降りた。

 黒塗りの鉄扉てっぴは階段の途中にあった。


 ガチャリ。


 新しい鍵の様でシリンダーがあった。


「気を付けて降りてください」

 むくが先を行き、懐中電灯で導いた。

 そして、全員を地下室に入れた。


「む、むせるわ、ここ。ケホケホ」

 麻子に悪気はない。

「仕方がないよ、朝比奈副部長。鍵で閉ざされていたのだもの」

 椛も独特の空気に飲まれた。


 むくは、壁を手探りしていた。

「ありました。明かりだと思いますのでスイッチをいれます。皆さん、暗がりからだと眩しいので、目を瞑ってください」


 バチッ。


 むくは、両目をしっかり瞑っていた。

 そうっと瞼を起こすと思ったよりも甘い間接照明であった。

 むくは、回りを見渡した。


 Vincentフィンセント vanファン GoghゴッホCraudeクロード MonetモネJean-Françoisジャン フランソワ Milletミレー が、地下室に華を与えていた。

 模写ではあるが、十分その美を損なわなかった。

「この絵の為に間接照明なのですね」

 むくは、ほうっとした。

「うん、美術館みたい! 素敵ね、むくさん」

 むくもやはり絵が好きである。

 ひとしきり観賞すると、ふうと深く息を吐いた。


「では、参ります。皆さん、お静かに願います」

 

 コンコン。

 コンコン。


「何をしているの? むくさん」

「空洞を叩いて調べています」

 隅々迄、ノックをする様にしていた。


 コンコン。

 コンコン。

 コンコン。


「むっくん、地味」

 麻子は、ブランドもののハンカチを見せびらかして口元を押さえた。

「それを言うなら、地道ですよね。朝比奈副部長」

 再び火花が散った。

「止めろって。ケソ妹も余計な事言うな」

 この二人は犬猿の仲で、亮も手を焼いていた。

「ケソ要らないって。亮兄さん」


 コンコン。

 コンコン。


「ん……?」


「この、ゴッホの、“Les Tournesolsトゥールヌソル” 向日葵 の近くで音が変わりました」


 コンコン。

 コン……。


「この絵を外しますね」

 

 カタタ。


 他の三人は、離れて見ていた。

 むくに任せてばかりであった。

「何だこれは……? むく」

 亮は、左手で口元を触り思案した。


「はい。調べてみます」

 壁の四角い溝をなぞる様に確かめた。

「約六〇センチに五〇センチですね。壁に一回り小さい壁が入っています。中の壁を取ってみます」

 

「そうだな。できるか? むく」

 亮は、左手で指した。

「外せると思います」

「むくさん、手伝うよ」

 にこりと自分を指差して、椛が一歩近付いた。

「助かります。椛さん」

 椛が名乗り出たので左がむく、右が椛で取り外しに掛かった。


 ガタ。

 ガタピシ。

 ガッガッガッガタン。


「結構、重たいねー。むくさん」

「そうですね。置きましょう。むくの方に」

「うん、そっちに。せーの」


 ガタリ。


 秘密の壁が外れた……!


「中から紙に包まれた四角い何かが現れました」

 むくは、もしかしてAyaさんの言っていた事が、これなのかと思いを巡らせていた。


「何これ? お宝?」

 椛は、口を手で覆った。

「そうかもな、兄さんはそう思うぞ」

 赤いフレームがきらりーんとした。


「どうする皆、これを取るか?」

「亮! もみじん、むっくん。反対! 反対!」

「何をなさって……。朝比奈副部長」

 椛の目が細くなった。

「あ、あたしは反対だからね!」

 両手に力を入れて割り入って来た。


「分かったから、離れていていいよ」

「分かったから、離れていていいよ」

 亮兄さんとケソ級妹椛がハモった。

 基本仲良しであった。


「あー。悔しい! 亮も開けたいの?」

 シャギーをくるくると弄った。

「仕方がないが」

 眼鏡の中が反射で見えないおすましさんであった。


 とうとう、地団駄踏み出した。

「大丈夫だよ。……麻子」

「怪しい! 呪われていない? きゃあ、嫌だ」

「朝比奈さん、落ち着いてください」

 むくが頭を下げてお願いした。

「分かった。仕方がないわ。ちょっとだけ怖いからここにいてあげる」


「椛さん、むくと、開けましょう」

「そうしよう」


 二人は、先ず、取り出して壁に立て掛け、中に入っていた紙を優しく開いて取った。


 ガサガサ。


「神崎部長、約四五センチに四〇センチです。これは、F8号キャンバスに見えます」


「そうよ、油絵だわ」

 椛も納得した。

「……。むくさん?」

「むく?」

「むっくん?」


「これは、誰の肖像画だろう」

 むくは、目をまんまるにして、この二人の、“portraitポートレイト” 肖像画に釘付けになった。


 金が所々剥げかかった額縁の下中央に、“Gillesジレ untウントゥ Adeleアデーレ” とあった。


「これが、“ジレとアデーレ” ……」


「これが……」

 ふううーと胸の中を空にする程、長いため息をついた。

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