第3話 美術部員の失踪

□第3話□

□美術部員の失踪□


 ――アトリエから美術部室へ。


 徳川学園では、まだ、練習をしている部が沢山あった。

 部活専用棟から、吹奏楽部の既に完成された音色が綺麗に響き渡っていた。

「美術部は、四名しかいないがな」

 亮が、苦笑いをしてぶちぶち言い出した。

「神崎部長、内容です」

 むくの口癖も役に立った。


 それどころではない。

 朝比奈麻子は、果たして美術部室にいるのか。

 三人は、徳川学園の第一校舎に着くと三階迄一気に駆け上がった。


 タタタタタタ……。


「美術室に居てください、朝比奈さん……!」

 祈る様に呟いた。

「はあ、はあ……。むくさんは、何故そう思うの? いつも、こき使われているのに。普通嫌でしょう? 変なあだ名で呼ぶし、意地悪っぽいよ」

 椛は、そこ迄純粋になれるむくが理解できなかった。


「朝比奈さんも大切な方です。むくは、美術部のお仕事をするのは大丈夫です。慣れています」

 そうして、にこりとするむくを見て、椛は、それがむくの優しさなのだと思う事にした。


 むくは、廊下の突き当たりの方を指した。

 美術室と美術準備室の看板と明かりが確認できた。

「美術室が見えました。カーテンは開いている様です」


「麻子!」


 バンッ。


 亮が、一番に入った。

「麻子! 麻子はいるか? 返事をしてくれ!」

 ただ、虚しく北窓のカーテンが風に吹かれていた。


「神崎部長、準備室を見て来ます。美術室に “Vénusヴィーナス deドゥ  Miloミロ” ミロのヴィーナスの胸像がありません」


「麻子! 僕だ、亮だ!」

 亮は、美術室を草の根を分けても捜した。

「神崎副部長ー!」

 椛にも焦りが出て来た。

「朝比奈さん、朝比奈さん」

 むくも麻子の身を案じた。


「神崎部長、準備室に朝比奈さんは見当たりません。ミロのヴィーナスの胸像もどこにも……」

 準備室で随分がさがさと捜したむくは、息急き切って隣室に来た。


「そ、そんな事はない! あの生意気な麻子が消える訳がない」

 亮は、頭を左右に大きく振った。

「麻子、隠れていないで出ておいで」

 眼鏡をずらして涙を拭った。


「あ……。神崎部長、失礼致します」

 むくは、はっとして亮の後ろのカーテンのはためく北窓の下を覗いた。

「ああ……。あれは、石膏像。お二人とも、塀と校舎の間にあるのが見えますか?」


「多分、あれがミロのヴィーナスだろうな、むく」

「備品から見てそう思えます」

 むくは、美術の原田結夏はらだ ゆいか先生の手伝いもよくしていた。

「酷い。何故あんな事に……?」

 椛は、口を両手で覆った。


 椛は、かさりと言う音に振り返った。

「て、手紙が……。むくさん、あの手紙よ」

 椛は、麻子の脚の長い椅子の上に赤茶けた洋封筒を認めた。

「そうです。これは、間違いなくあのJの封蝋のある手紙です。神崎部長、椛さん、今から開けた方がいいと思います」


「そ、そうだな。な、椛」

 どきどきし過ぎて挙動不審にさえ見えた。

「“あ、あたしが預かる”って言ったのは、朝比奈副部長よ。副部長の権限だって」

 皆、知っていた。

 あの七日前の事だ。


「自業自得よ」

 つんとした。

「止せよ、椛! お前が麻子の事を気に入らないのは分かるが。人を呪わば穴二つだぞ」


「落ち着いてください」

 むくは、冷静沈着であった。

「では、開封します」

 二人は、突っ立ったまま、固唾を飲んだ。


 ――中には虫食いの手紙が入っていましたが、訳あって、この紙に記します。


 新しい真っ白の紙一枚に書かれていた。


 ――徳川学園美術部の諸君。以下の場所に私達が眠っている。是非捜して欲しい。鎮魂を込めて。


「……以上です」

 むくは、手紙を畳んだ。


「私達を捜してか……。切ないね」

 椛が泣きそうであった。

「うん、青葉区二の三の一と言ったら、アトリエのある所だな」

「はい、祖父母の住まいと同じです」

 むくは、おとなしく頷いた。


「分かった。明朝七時、むくのアトリエに集合しよう。それで明らかになる」

 亮がまとめた。


 ♪ ブーブー。


「ごめん、僕のスマホだっ。えい、うるさいな」

 さっと電話に出た。

 学園内は、スマホ禁止であった。

「……」

 むくは、亮の様子をよく見つめていた。


「おい、何を考えてそうなった!」

 怒っているの域を越えていた。

「亮兄さん、どうしたの?」

「神崎部長……?」


「麻子だよ! 暗くなったから家に帰ったってさ!」

「はあー、なんなの?」

 へたりこむ椛をむくが支えた。

「朝比奈さん、無事で良かったです」


「石膏像について伺ってください、神崎部長」

「ミロのヴィーナスは、どうした? うん、うん。描き終わったからそのままにしておいたと……。鍵は、原田先生が持っているらしいぞ」

 むくは、もう一つの質問を頼んだ。

「投げたりしなかったか? 麻子」

「うん、うん。しなかったと言っているが」


「では、何故なのでしょうね」

 むくは、疑問を抱いた。

「帰りに確認して片付けます」


 カナカナカナカナ……。


 がさ、がさり。


 むくは、一人で、ミロのヴィーナスの胸像を回収し、傷のない事を確認した。

 重たいが、馴れた持ち方で運び、美術準備室に片付けた。


「誰がこんな事を……」

 拳を握った。

「誰が……」


 夏の風が、むくの中を通り抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る