第2話 虫食いの手紙
□第2話□
□虫食いの手紙□
「皆、荷物は手回り品だけにして最小限に。支度が出来たら出発しよう」
亮は、額にうっすらと汗を明らかにした。
「アトリエの鍵は、むくが締めます。神崎部長、椛さん、お二人とも先に出てください」
速やかに三人はアトリエの入り口へ向かった。
ギッ。
ギギイー……。
「きゃああああ……!」
先程は戸惑いを見せなかった椛が、咄嗟に口を両手で覆った。
「うわー、何だ、椛!」
亮は、ばたばたするのが精一杯であった。
「ち、ち、地下室? 扉が開いてしまったの?」
椛は、ぺたんとしゃがんでしまった。
「落ち着いてください。地下室ではないです」
むくは、椛を優しく抱き起こした。
「地下室ではなかったら、何なのだ? むく。さっぱり分からないが」
まだ、動揺を隠せなかった。
「あそこの北窓が軋んだだけです」
白魚の様な指で示した。
「むく、地下室に人がいるって言っただろう?」
赤いフレームを光らせて詰め寄る。
「はい、まだ気配はあります」
神妙な面持ちであった。
「え! 何なのだ?」
亮は、あんぐりした。
「ええ? むくさん。何それ、お化けとかではないの?」
すっとんきょうな、椛。
「虫食いの手紙の事を思い出しました。よく考えてみて、何方が地下室にいらっしゃるのか分かりました」
頭がすっと冴えた様であった。
すましたままで右にちょいと傾げた。
「むくのお祖父さんか?」
「神崎部長、それには、お答えできません。本当にごめんなさい……」
頭を垂れた。
「僕が見に行こうか。お祖父さんなら、怖くはないさ」
ふんっと胸を張った。
「え? 亮兄さん、尻込みしていたのに?」
口に右手を当てた。
小さい涙で、嘘泣きまでしてみせた。
「うるさいぞ、“ケソ
いーってしてやった。
「出たわ、“ケソ”。どうせ、クソの進化級、“ケソいもうと” ですよ、私は」
仕返しに、いーってしてやった。
「お二人には申し訳ございません。お会いさせる訳には参りません。今はあの方をそっとしておいてください」
むくは、元々言葉使いが丁寧であったが、かなり気を遣っているのが伝わって来た。
「まあ、話はよく分からないけど、今はむくさんの言う通りにするわ。ね、亮兄さん」
兄でも抵抗がないのかウインクをした。
「そうだな、さっさと麻子の所へ行こう。ここも気分のいい所ではないし」
麻子の事で胸がざわついているのは、亮だけかも知れなかった。
呟いたのは、むくだった。
「神崎部長……。朝比奈さんにご執心ですか」
そして、三人は、アトリエを後にした。
足早に行きながら、亮が目を配った。
「ここは
「……」
むくは、アトリエの鍵をちゃらりと鳴らした。
鍵は二つあった。
***
――八日前の事。
「初めまして、こんばんは。土方むく様。
全身黒で身を包んで赤いサングラスをしていたその年上の女性は、帽子を取り胸に当てて、ゆっくりと頭を下げた。
丸くまとめた後に三つ編みをしたぬばたまの黒髪がそれに連れて下がった。
カナカナカナカナ……。
むくは、美術部が終わった帰り道であった。
虚を衝かれた。
「私は、貴女に手紙を託されて参りました」
Ayaが持って来た白い手紙を受け取ると暫し躊躇いの時が流れた。
「初めまして。土方むくと申します。お間違いではないでしょうか?」
むくは、思い切って切り出した。
「ニュースソースは、お話しできませんが。徳川学園町中区一丁目徳川第二団地四○一号室にお住まい。三月一六日生まれの一五歳。魚座のO型。祖父がドイツ生まれのクォーター。両親は、土方玲と美舞。……そして、誰にも言えない秘密を持っている。……と」
Ayaは、
「はい。むくの事です」
右にちょいと傾げて肯定するしかなかった。
「……」
白い手紙には、滲んだMの文字が読み取れた。
透かしたり手触りで確かめた。
「封筒の中に封筒が又入っている様です」
「開封してくださいませ」
Ayaは微かに口元を引き締めた。
むくは白い手紙の封を細心の注意を払って切ると、中から虫食いの手紙が出て来た。
赤茶けた洋封筒にJの封蝋が目立った。
『
声にしたのは、むくだった。
「ここに、“ジレとアデーレ” と宛名があります」
むくは、胸がざわざわとしていた。
「それは、差出人です。徳川学園美術部員の方に差し出してください」
「あ、あの……」
胸に手紙をきゅっと当てたむくの戸惑いは見てとれる筈なのに、軽くいなされた。
「では、失礼致します」
来た時の様に去って行った。
カナカナカナカナ……。
ヒグラシだけが秘密を知ってしまった。
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