しあわせのねこ7

「どうぞ。散らかってるから、あまり見ないでね」

「わかった。おじゃましまーす」

 ディ子が「にゃあにゃあ」と結衣の足もとまで寄ってくる。

「ディ子さん、ただいまー」

「うぉ、可愛いね、ディ子ちゃん」

「ありがとう。ご飯欲しくて鳴いてるの。待ってて今あげるから」

 ディ子はキャットフードの入っている袋の前に行き結衣を待っている。

「このままだと、風邪、ひいちゃうから、シャワー使って。あの扉がバスルーム、だから」

「ありがとう。なんか悪いね」

「ううん、気にしないで。あ、ちょっと待って……」

 結衣は自室に行き、ユニクロのフリーサイズのTシャツとハーフパンツ――レディスなので穿けるか分からなかったが――を蘇我に渡した。

 蘇我は「ありがとう」と言いバスルームへ入っていた。結衣は濡れた髪を軽くタオルで拭きながら、ディ子にご飯を与えた。「にゃあーん」と言い、美味しそうにご飯を食べ始める。

 そういえばディ子を拾った時も雨だったなと思い出した。寂しそうに車の下で「にゃあん」と鳴きながら結衣を見ていたディ子。一度はそのまま帰ろうとしたが、引き返して家に連れて帰ることにした。猫の抱き方も知らず、ようやく抱いたのだが、今度は傘を差すことが出来なくなって仕方なくそのまま雨に濡れながら帰ったのだった。

 それからしばらく体調を崩して寝込んでしまったのだった。あれからまだ1ヶ月半しか経っていない。蘇我と話せるようになったのもそれからだった。

 蘇我がシャワーから上がるまでの間、軽く部屋を掃除しておいた。

「ありがとう。良いシャワーでした」

 これ借りるね、と蘇我は着ていたTシャツを指差しながら言った。ハーフパンツはやはり入らなかったらしい。自分のデニムを穿いていた。

「デニム、大丈夫? 濡れて、ない?」

「あ、うん。平気、ちょっと濡れてるけど、これぐらい大丈夫だよ。西村さんもシャワー浴びておいでよ――って、ここは西村さんの家だったね。なんで指図してるんだろ」

 蘇我は笑いながら言った。

「うん。シャワー、浴びてくるね。お茶、作ったから、ゆっくりくつろいで」

「ありがとう。ディ子ちゃんと遊んでもいいかな?」

「あ、うん。そこの、猫じゃらしのおもちゃが、ディ子さんの、お気に入りだよ」

 結衣は洗濯機に蘇我と自分の濡れた服を入れ、電源を入れた。ごとんごとんと洗濯機が回り始める。

 バスルームに入りシャワーを浴びた。

 

「すっぴんだから、あんまりジロジロ見ないでね」

 シャワーが気持ちよくて、ついいつもの流れでメークを落としてしまってから気がついた。部屋着はさすがにラフな格好すぎると思い、余所行きの服を着たために、余計すっぴん顔が目立ってしまうんじゃないかと不安になった。

 ところが蘇我は、結衣の顔を見るとにこりと微笑んで、「いや。西村さん、すっぴんでも可愛いよ」と言った。

 「可愛い」とまじまじと言われて、どうしたら良いのか分からなくなって、戸惑っていると「にゃーあ」とディ子が鳴いた。

「おー、ディ子ちゃんも可愛いよー。人懐こい猫だね。さっきずっと遊んでたよ」

 蘇我は気を遣ったのか猫の話題に話を転換した。

「え? そう? 私以外の人に、会わせたことないから、分からないや」

「そうなんだ。まだ飼い始めて2ヶ月ぐらいだっけ?」

「うん、そのぐらい。短いよね――よいしょと」

 結衣は蘇我と向かい合うようにテーブル越しに座った。ディ子も結衣のそばにきて、ころんと横になった。

 結衣はディ子との出会いを蘇我に話した。それから、可愛い寝顔姿や生ごみをあさったエピソードなど、ディ子との生活を話した。

 蘇我は相槌を打ちながら時々「分かる。分かる。うちの実家の猫もさ」と話を広げながら結衣の話を聞いていた。

 一通り話し終わると、一瞬の沈黙が訪れた。何を話したらよいのか分からず黙っていると、蘇我の方から話しかけてきた。

「今日はありがとうね。最後は雨に濡れて散々だったけど、水族館とか楽しかった」

「ううん、こちらこそ、ありがと。たくさん、ごちそうしてもらったし」

 それからまたすぐに沈黙が訪れた。さっきより少し長い沈黙だった。


 どきどき、どきどき


 なんだかわからないけれど、緊張してきた。

「あの、私――」

 結衣が話し始めたところ口を塞がれた。蘇我の上半身がテーブルを超えて、結衣の唇に、そっと唇を重ねてきた。

「西村、さん。好きだ」

 蘇我は結衣の瞳をしっかりと見つめてきた。目をそらすことが出来ないぐらい強く見つめられた。

 ――私も。

 そう言ったつもりだったが、声にならなかった。

 さらに「いい?」と尋ねられたので、静かにこくりと頷いた。蘇我は結衣の横に移動すると再び唇を重ねてきた。蘇我の右手が、結衣の背中に回り込み、そのまま引き寄せられるように抱きしめられる。初めは自然と力が入り抵抗していたが、やがて蘇我に身を任せた。

 何度も何度もキスをした。ゆっくりとしたキスは次第に激しさを増し、お互い深く絡み合うキスとなった。

 蘇我の左手が首元からブラジャーの下に入り込む。そのまま結衣の左胸を弄る。5本の指がそれぞれ別の生き物のように胸の上を這ってきた。

 そのうちの一つが結衣の敏感な部分に触れた。

「あ……ん」声が漏れた。

 蘇我は背中に回した右手でブラジャーのホックを外し始めた。



 翌朝、蘇我は風邪を引いてしまい、そのまま結衣の家で寝込むことになった。結衣は大学を自主休講にし、おかゆを作ったり、ポカリスエットを買って来たりと蘇我の看病をし、それからディ子が騒がないように寝かしつけたりした。その甲斐あってか、蘇我は1日寝ただけで快復したのだった。

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