黒髪の鬼姫
動物園の次の日、マリモのいつもの待ち合わせ場所に行ってもレラは居なかった。
書店やフードコート、中央広場や観覧車と、すっかりふたりの馴染みになった場所を探しても見つからなかった。
マリモをあきらめ、バイクにまたがり、うだるような炎天下の福海町を走りまわってレラを探した。しばらく行ってなかったテーマパークの跡地にも出向いた。どこにも、レラの姿はなかった。サエキからも連絡はなかった。
温室でレラに言われたことはその通りだと思ったし、そもそも俺自身の言葉が発端だったと反省もした。それでも、俺から連絡する気にはならなかった。レラには素直に優しくできるのに、サエキ相手だとどうしてもヒネくれてしまう。
そしてヤエ。会って、俺にあんなことをしてきた理由を聞きたかった。
でも次の水曜日まではまだ間があるからしばらくは会えそうにない。
俺は、その夏、久しぶりに、ひとりぼっちになった。
せっかくだからじっくり本でも読もうかとも考えた。けれど、文章を目で追っても集中できず、ページが先に進まない。本の世界に入り込めず、楽しいと思えない。思えば、レラと知り合って以来、俺は目に見えて本を読まなくなっていた。
翌日も同じ一日の繰り返しだった。レラを探し、バイクで街を走り、あきらめ、ひとりの無為な時間を過ごした。その翌日もだ。
家に居ても悶々とするだけだし、町に出てもレラやヤエやサエキのことばかり考えてしまう。連日のように最高気温を更新する猛暑もあって、俺は大学の屋内プールへ泳ぎに行くことにした。
学生が帰省した夏休みの構内は、がらんとして静かで、冷たい水のプールもほとんど貸切だった。俺は、窓からの日差しでキラキラ輝く水の中を、思う存分潜水したり、一心不乱にクロールで泳いだり、頭の中を空っぽにしたまま平泳ぎし続けたりした。
午後が深まる頃、水から上がると、心地いい疲労感に包まれた。
太陽の光が妙に白っぽく見え、蝉の声がやけに大きく耳に響く、あの、泳いだあとの独特の感覚。
少年時代の夏休みを思い出す。まだその頃は何人か居た友達と市民プールに行き、帰りに露店のわらびもちを食べたものだ。
家に帰ると、椎茸のダシに生姜をたっぷり入れたツユでそうめんを食べた。胃が破れそうなほど麦茶を飲み、長い昼寝をした。そんな風に、夏の孤独で暇な時間は過ぎていった。
そして四日目。
胸に予感めいたものを抱いて、俺はバイクで黒髪湖に向かった。
蝉の声が音の洪水になった湖畔の田舎道。
空は青く澄み渡り、白い太陽がぎらぎらと輝いて、何もかもが眩しすぎるほどに光っていた。意味も理由も根拠もなく心を湧き立たせる夏の光だ。
気温は体温くらい高い。でもバイクで走ると気持ちよかった。
黒髪湖のまわりの田んぼには、緑色の若い稲穂があふれんばかりに生い茂り、風になぶられ一斉に揺れていた。左右を稲穂の海に挟まれたまっすぐの農道を走り抜けると、夏風のいい匂いがした。視線のはるか先に、白い山脈のような入道雲が浮かんでいた。
夏祭りの日は車でいっぱいだった道が、今日はがらがらで誰も居ない。
時間が止まってしまったかのような昼下がり。
二本のマフラーから吐かれるドコドコという排気音と、Ⅴツインエンジンの小気味いい鼓動だけが夏空に響いた。無数の戦闘機のようにトンボが舞っていた。
――黒髪湖と鬼姫神社には悲恋の伝説がある。
かつて、黒髪湖は今より小さく、そのまわりには豊かな村があったという。あるとき、忌まわしい黒い大蛇がこの村を襲った。村人たちは、ひとりの乙女を生贄に選んだ。濡れるような漆黒の髪を持つ娘だった。『大蛇は黒髪の乙女を好む』という村の言い伝えがあったのだ。ここまでは、わりとどこにでもある昔話だろう。
だが、福海町の鬼姫伝説はここからが少し異質だ。
この黒髪の娘は、髪こそ比類ないほど美しかったものの、顔には醜い赤いアザがあった。そのせいで「鬼の娘」と呼ばれ、村人から酷い迫害を受けていた。なのに、村を救うため身を捧げることを強いられたわけで、当然のことながら娘は村人を心底恨んだ。
その黒髪の娘に、黒い大蛇が惚れこんでしまう。
大蛇は娘の復讐心に応えようと、村人たちを次々と喰い殺し始めた。娘を犠牲に村人全員を救うつもりが、娘ひとりを残して村が壊滅するという正反対の顛末になったのは皮肉な話と言える。さらに悲劇的なことに、その村人の中にただひとり、黒髪の醜い娘を愛し、守ろうとした若い男が居た。娘はその男だけは助けたかったのだが、嫉妬深い大蛇は、男も含めてすべての村人を食らい尽くした。
自分を愛してくれた男を喰い殺された娘は、失意のあまり、湖に身を投げる。
やがて、娘が沈んだ湖の底から、長く黒い髪が湖面を覆い尽くさんばかりに伸び、黒い蛇の巨体を捕らえた。そしてそのまま湖底へと引きずり込んだ。
その後、天空から降ってきた大岩が湖に突き刺さり、娘もろとも黒い大蛇を封じ込めた。湖はその瞬間から膨れ上がり今の大きさになった。隕石が落ちた衝撃とも、娘の涙とも言われている。これが、黒髪湖の
緑深い神社の駐輪場にバイクを止めた。
油の爆ぜるような音がじーじー響く。
誰も居ない。
ただでさえ夏休み中の福海町は、住人の大部分を占める福海大生が各地に帰省し、人口が激減する。こんな風に誰とも会わないと、この町にはもう自分しか残っていない気すらしてくる。
境内まで続く熱い石段を登っていたら、噴き出した汗が首筋を幾筋も流れた。
蝉の声はまったく途切れず、そのせいで完全に耳が慣れ、無音に近い感覚だった。
石段を登りきると、拝殿の賽銭箱の隣に、はっとするくらい美しい少女が腰掛けていた。
白い半袖Tシャツに水色のキャミを重ね、下はジーンズというカジュアルな服装。傍らに置いたペットボトルの表面には、水滴がたくさん浮かんでいた。
俺はその子の隣に腰かけた。
「ここに居たら、なんとなくタキくんに会えそうな気がして、待ってた」
「まさかずっとか?」
レラはそれには答えず、ほんのりと優しい笑顔を浮かべただけだった。
境内は涼しかった。樹齢数千年の巨大な楠の老木が日陰を作り、湖面を駆けてくる瑞々しい風が身体を通り過ぎていく。そこからは丸い鏡のような黒髪湖が見事に見晴らせた。
「わたしのこと、探してくれた?」
「ああ」
「ありがと」
「雨が降ってないからな。今日は余裕だったよ」
くすくす、とレラは笑って、ペットボトルを口に付け、ごくごく飲んだ。
蝉しぐれの境内で、あらためてふたり並んで手を合わせたあと、俺たちは湖を眺めながらゆっくりと長い石段を下りた。
夏の強い日差しに照らされた黒髪湖は、シルクのような光沢の青い布を思わせる。漂白したような入道雲が、くっきりした青空をバックに浮かんでいた。
ふだんの俺だったら、ポケットから手帳とペンを取り出し、浮かんだ言葉を小説の材料としてスケッチしただろう。
でも、今はただ、レラとそんな景色を眺めていたかった。
心に染み込ませるように。
誰も居ない静かな湖畔の道を歩く。
追われるレラと俺がバッタリ出会ったあの場所を通った。
俺たちは立ち止まってお互いの顔を見た。そして何も言わず笑いあった。
湖の真ん中には黒蛇岩が物言わず佇んでいる。
俺たちは、黒蛇岩まで続く水上の木道をゆっくり歩き始めた。
花火大会の日には封鎖されていた水上の道。湖面にはさざ波が寄せていた。大きな水鳥がどこかから飛んできて欄干に止まり、ひと呼吸してまた飛び立っていった。
日差しは強烈で、すぐ背中や首筋に汗をかいたが、湖上を渡る強い風が涼しく、歩けないほど暑くもなかった。
レラはこの前の大温室での話を一切しなかった。サエキのことも、いきなり現れて俺にキスしたヤエのことも、突然居なくなった自分のことも。まるでわざと避けているかのように。だから俺も自分からは何も言わなかった。
俺たちは、長い桟橋のような木の橋を無言で歩いた。
行きどまりは柵に囲まれたスペースになっていて、そこから五メートルほど先に、苔むした緑の巨石が、半身を水に沈めたまま鎮座していた。紙垂の下がったしめ縄が巻き付いている。この紙垂は年に一回、秋の祭りで交換される。それを怠ると、封印された黒い大蛇が蘇るそうだ。
俺たちは、柵に備え付けられた紅白の鈴尾をふたりで持ち、鈴を鳴らした。
並んで手を合わせ、目を閉じる。
横目で見ると、レラは真剣な表情で何かを願っていた。顔は小さいのに目鼻立ちは立体的で、その美しい横顔につい見惚れた。
「ねえタキくん」とレラが少しあらたまった口調で言った。「タキくんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいぜ。なんでも聞いて」
「わたしにも、なんでも聞いていいからね」とレラは恥ずかしそうに言った。
黒蛇岩には『黒蛇への誓約』という言い伝えがある。
この岩の前を訪れた男女が、互いに秘密をひとつずつ打ち明ける。どちらか一方でも偽りを語れば、二人そろって黒蛇に喰われるという物騒な伝説だ。
ふたりが真実を語れば……どうなるかはド忘れした。
もし、村の若者と黒髪の娘が、お互いに秘めた相手への気持ちを打ち明けられていたら、もっと違う結末になっていたかもしれない……そんな想いが、この言い伝えのルーツになっているんじゃないかと俺は思っている。
レラは真面目な顔で俺と湖と大岩をしばらく交互に見ていたが、いきなり破願して「タキくんおさきどーぞ」
「花火大会の日、ここでお前をバイクに乗せて」と俺は言った。「そのあと、後ろで泣いたの、なんでだ?」
ようやく俺は、ずっと胸にあったその問いを口にすることが出来た。
レラは、高校生とは思えないほど深みのある疲れた顔で切り出した。
「……ときどきね、むしょうに悲しくなるときがある。いろいろなことが辛くって、情けなくって、このまま消えてしまいたいって……そんなときは、泣きたくもないのに涙が出てきてしまう」
俺は黙って話を聞いた。
「わたしね、学校でいじめられてるんだ」
突然のレラの告白。その顔は健気で、微笑んですらいた。
「認めるのはしゃくだけど、どう好意的に見ても、まあいじめだよ。あれ」
「……どんなこと、されるんだ?」俺の胸がざわつき始めた。
「いちばんは無視。わたしなんて、まるで見えない透明人間みたいに扱うの。ほんとすごいよ。わたし、ときどき、もしかして、本当にこいつらにはわたし見えてないんじゃ? って疑うくらいだもん」
「見えてないわけない。おまえの存在感を無視できるわけがねえ」
「あと陰口もひどい。もう、コドモかおまえらって思うくらい、幼稚な陰口」
「暴力は?」
「そっちは、たいしたことないかな。わざとぶつかってきたり、何か投げつけられたりはするけど」
「どこがたいしたことねーんだよっ」
言葉と一緒にドス黒い怒りがあふれ出しそうだった。やられる側からすれば、『たいしたことがない』ことなんて何もない。
「あとは……」ふっとレラの瞳から光が消えた。この昏い瞳には見覚えがある。「……わたしが身体売ってるってうわさ、流された」
全身に戦慄が走った。思わずレラを見た。レラは目が合うと無理したように笑った。
「もう、いちいち否定するのもバカらしいから、放っておいてるんだけど。……援交してるって陰で言われようが、言われまいが、透明人間にとっては、どうでもいいしね」
あの雨の日のレラの光のない瞳。酷薄な笑み。投げやりな態度。「こいつもか」という言葉。すべてが繋がった気がした。
「夏祭りの日ね」とレラは木の柵に両手を置いて、湖の先を見つめる。「ちょっとだけ、いいなと思ってた男と行ったんだ」
俺は平静を装って話の続きを待った。
「そいつだけは、わたしに優しくしてくれた。でもね」柵に置いた両腕に自分の顔を埋める。「祭りの夜、とつぜん、『おまえいろいろな男と付き合ってんのか』なんて言われて」
「………………」
「わたし、すごくショックで、『だったら、どうするの?』って言ってみた。そしたら、そいつ、なんて言ったと思う?」
がばっと身体を俺のほうに向けて、柵にもたれかかり、歯を見せて笑う。
「オッサンにやらせるくらいなら、俺にもやらせろ、だって」
突然、レラはがくがく震えだし、しゃくり上げた。顔が歪み、ぎゅっとつむった瞳から涙が溢れてくる。
レラは顔を覆って嗚咽しだした。俺は、レラの抱えている闇を少し知った。だけどこんなものは、この子の抱える地獄のほんの一部に過ぎない。
しばらくの間、レラは立ちすくみ、両手で顔を覆って嗚咽していた。
好きなだけ泣かせてやろうと思った。
「……ああ、もうっ。いやだなー」ぐしぐし泣きながらレラは無理して笑う。「わたし、こう見えても、人前で泣くのぜったいに嫌なんだよっ。なのにタキくんには泣き顔見られてばっかだよ」
俺は何も言わずレラに近づき、震える細い身体を、軽く、本当に軽く右腕で抱き寄せた。レラもまた、俺の腕の中で、そっと胸に顔を埋めてきた。
夏の直射日光と湖の風にさらされながら、俺たちはしばらくそのまま控えめに抱き合っていた。
長い木の橋を、手を繋いで戻った。
黒髪湖の水面は怖いくらいに蒼い。
目が覚めるような青空に浮かぶ入道雲は、手を伸ばせば触れられそうなほど立体的だった。
「……タキくん」レラが呟いた。「今度はわたしが聞いてもいい?」
「いいよ。そういう約束だろ?」
「……誰か、大事な友達に裏切られた経験……ある?」
「あるよ」と俺は言った。「どうしてわかった?」
「……わたしも同じだから」
「そっか」
「詳しく聞いてもいい?」レラは俺の手を握る力を少し強めた。
俺は笑みを作って頷いた。
静かな湖畔の道を歩きながら、俺はゆっくりと口を開いた。長い話だ。
「……小学生の頃な。友達に、いつも堂々としてて、頼りがいのある、リーダー的存在だったやつが居たんだ。『ぜんぶ俺に任せとけ』って感じの」
「わたしから見たらタキくんがそんな感じだけど」
「子供の頃は、俺、やせっぽっちで背も小さくてさ。気の弱い、情けないガキだったのさ。そんな俺から見たら、そいつは強くて、頼もしくて……憧れてたんだ」
「……そんなタキくん想像つかないや」とレラは少し笑った。「それで?」
「でな、ある日、俺が学校から帰ってると、道ばたで車にひかれたネコが居たんだ。酷いケガだった。でもまだ生きてて、苦しそうに泣いてた。俺、夢中で血まみれのその子を抱き上げたんだけど、どうしていいかまったくわからなくて、とにかく真っ先に力になってくれそうなその友達のところに行ったんだよ」
「………………」
「そいつの家でピンポン鳴らしたんだけど、玄関に出てきたら、血まみれで死にかけたネコ抱えた俺が立ってるわけだろ? そいつ、すっかりビビッちゃってさ。俺より取り乱しちまって」
「………………」
「それでどうしたと思う?」
「…………」レラの表情が陰る。「……どうしたの?」
「いきなり家の中に引っ込んじゃったのさ。逃げるように。いつも偉そうに『何かあったら俺に言えよ』なんてカッコつけてたのが嘘みたいだった。何度ピンポン鳴らしても、もう出てこない。そうこうしているうちに、俺の腕の中でネコは死んじゃった」
レラの顔が悲痛に歪んだ。
「仕方なく俺、近くの川の土手にそのネコを埋めてお墓作ったんだ。正直、ショックだったよ。そいつのそんな、弱くて情けないところ見せられたの。でも、ここからだったんだよな、ひでーのは」
「ちょっと待って……ここから?」
レラはゴクリとつばを飲み込んだ。
「どうする? もうやめとくか?」
レラはしばらくためらってから、二・三度深呼吸して、小刻みに何度か頷いた。
「……いいよ。最後まで聞く。続けて」
「んじゃ、まあ軽くな」と俺はわざとらしく唇の端を持ち上げた。「次の日学校行ったら、俺の机が教室の後ろのほうにのけられていたんだ。他の机から露骨に離されて。なんだこりゃ、と思って友達に話しかけても、みんな変なんだよ。目を合わさない。口もきかない。おぞましいもんでも見るように、俺を避ける」
レラが立ち止まり、顔を手で覆った。
それ以上はやめようかと思ったが、もう口のほうが止まらなかった。
「その友達が、『タキがネコを殺した』って言いふらしたの、あとでわかった」
くくく、と忍び笑いのような声が聞こえた。レラが肩を震わせて嗚咽する声だった。
「ネコを殺した俺は、呪われていて、そんな俺と話したり接したりすると、自分も祟られる……わけわかんねー理屈だよなあ」と俺は笑った。今なら、もう笑えるだけの強さが俺にはある。そうならざるを得なかった。
「それからの小学校生活はまあ暗いもんだったぜ。何しろ、『ネコ殺しのタキ』だからな。単に嫌われるだけじゃなくて、『呪い』なんて言われちまって、もう誰も仲良くなんてしてくれねーし。徹底的に避けられまくった。ひでー話だろ? 俺、実は、いまだにネコ触れないんだぜ? トラウマになっちまってさ」
「タキくんはネコを殺そうとしたんじゃないよ! 助けてあげようとしたんだよ!」
「……まったくな。俺もちゃんとそう言おうとしたんだけど、クラスで目立ってたその男の言葉のほうが説得力あったからなー。誰も俺のことは信じてくれなかった」
「……わたし……そいつ殺してやりたい……」
レラは歯を食いしばって凄まじい形相で地面を睨んだ。その眼力だけで、誰かを殺せそうなほど凄絶な視線だった。
「ガキの頃の話だよ」と俺は苦笑しながらレラの頭にぽんと手を置いた。そう言ってくれるレラの気持ちが嬉しかった。「ありがとな。あの頃の、誰ひとり味方がいなかったタキ少年が聞いたら、すごく喜んだと思うぞ」
レラは、くすんくすんとしゃくりあげた。
「そのとき、決めたんだ」レラの頭を撫でながら俺は言った。「もし、俺のことを信じて、頼ってくる人間が居たら……俺は何があっても、絶対にそいつを裏切らないって」
レラは苦しそうに喘ぎながら、自分の頭に置かれた俺の手にそっと触れた。何か言いたそうな気配が伝わってきた。でも何も言えない。そんな感じだった。
「なんか、暗い話して悪かったな」
取り繕うように軽い口調で言った。
それでもしばらくの間、レラは空気が薄くなったかのように荒い息をしていた。
「聞かせてくれてとてもうれしい」
ようやく落ち着いたレラが静かに言った。
「……サエキさんはこの話、知ってる?」
「いや。サエキどころか、誰にも話したことないよ。なんか『イジメられてた過去』みたいで、恥ずかしいしな」
「そんな話を、わたしにしてくれたんだ……」
とてもうれしい、とレラはもう一度繰り返した。
「どうしてタキくんが強いのか、わかっちゃった」
「……俺はべつに強くない。……強くなりたいとは思ってるけど」
「同じことだよ」
レラは満足げにそう言って微笑んだ。
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