劇中劇その2 ~盗まれた言葉

 ナレ「ソマツな家の、冷たい床で、レラは顔を覆って泣きました。大切な剣をなくし、もう花仮面の騎士になれません。王子様を守ることもできません。それに……」


 ナレ「もし、自分の本当の姿がバレてしまったら……レラは恥ずかしくて涙が止まりませんでした。いつも土まみれ、つぎはぎだらけの服しか持っていない、暗くて貧乏な女の子。自分ではそう思い込んでいたからです」


 ナレ「そこへ、レラのたったひとりの友達である『ビビ』が来ました。ビビは、レラが庭の花壇のお世話に行くお金持ちの家の、ひとり娘でした」


 レラと先生が同時に俺を見る。ついに来やがった。正念場だ……。

 くそっ。俺はヤケクソで、甲高い裏声を出した。


 ビビ『どぉしたの? レラ』


 あまりに典型的なオカマ声に、子供たち大ウケ。お母様方まで笑ってやがる。

 キャスト不足で、友達の女の子役は俺がやるしかなかったのだ。

 見ると、レラばかりか先生までが、身体をプルプル震わせている。


 ビビ『王子様が、国のぜーんぶの女に剣を握らせて、光らせることができたらお妃にしてくれるのよお! すっごいわね。みんな、お妃の座を狙ってるのよ! わたしもなんとか光らせられないかしら。資格はあると思うのよ』


 吹っ切れて裏声でまくし立てる俺。ちなみに、って名前はレラが決めた。


 レラ『ビビ。聞いてくれる……?』


 ナレ「あまりの悲しみに、レラは、今まで誰にも打ち明けなかった秘密を話しました」


 ビビ『ええぇぇ! あなたが花仮面の騎士だったのお!?』


 ナレ「ビビはとても驚きました。でも、ときどき、レラがフラリと姿を消したり、ひどい怪我をして帰ってくることを知ってましたし、レラにはどこか謎めいた、神秘的なところがあるのも感じていました」


 レラ『どうしようビビ。わたし……恥ずかしくて……王子様の前になんて出られない……』


 ビビ『そおねぇ。貧乏なあなたじゃ、王子様とは住む世界が違い過ぎるわよねえ』


 レラ『………………』


 ビビ『ちなみにそのって、あなたしか光らせられないの?』


 レラ『聖剣は、秘密の言葉さえ唱えれば誰でも光らせることくらいできるわ。でも、それが本気のじゃないと、真価を発揮することはできない』


 ビビ『…………ふーん。そぉなのね……ちなみになんて言葉……?』


 ナレ「レラはビビに秘密の言葉を教えました。それから、ビビは言いました」


 ビビ『……レラ。王子さまは、年も身分も関係なく、国に住むすべての女に剣を握らせるつもりよ。すべての女に! ウワサ以上の変人王子ね……。でも、あなたは隠れてなさい。ぜえったいそのほうがいいわ! 王子様もそしたらあきらめるでしょう。誰も剣を光らせられなかったら、王子は誰とも結婚しないわ』


 ビビ『さ。髪の毛、切っちゃいましょう?』


 ナレ「ビビは、レラの大切な髪の毛をばっさり切ってしまいました」


 ナレ「やがて、王子様の使いの兵士がやってきました。ふたりはレラの家の前で立ち話しました」


 兵士A『ここにも女が住んでいたはずだが?』


 兵士B『たしか、いつも土いじりしている貧しい女だぜ? そんな女が花仮面の騎士なわけあるもんかだぜ?』


 このモブも先生の担当だ。見事にふたりを演じ分け、三下臭さんしたしゅうぷんぷんの声を出している。このひと、本当は声優なんじゃないのか……?


 兵士A『そりゃそうだが? いくら変人王子だからって、身分の低い女と結婚するわけないはずだが?』


 兵士B『けど、女はひとりも漏らさず城に連れていくって命令だぜ?』


 ナレ「ふたりの兵士は、乱暴にドアを開け、髪の毛を切って男の子のようになったレラに言いました」


 兵士A『おいそこのドロまみれ。ここに女が住んでいたと思うが知らぬか?』


 ナレ「レラは首を振りました」


 ビビ『なあに、騒々しいわね。あなたたちなにしに来たのよ』


 兵士B『あ! これはビビさま! ……いえ、ここに女がひとり住んでいたと思ったんですが』


 ビビ『このボロ家に女なんて居ないわ。ウチの屋敷の花壇を世話させている召使いが居るだけよ』


 兵士A『たしかに……おまえは女じゃないな。髪も短いし、服もボロボロだし、顔もドロだらけだ』


 レラ『………………』


 兵士B『仕方ない。引き上げようぜ? まあ、ここはいくらなんでも違うだろうぜ?』


 ナレ「兵士は立ち去っていきました。ビビは、レラに言いました」


 ビビ『レラ。今夜、城で最後の舞踏会があるの。そこで、残りすべての女が剣を握るのよ! でも、あなたはここから動いちゃダメ。ずっと隠れていなさい。いい?』


 ナレ「そして夜。華やかな舞踏会の会場」


 タキ『……違う』


 ナレ「気だるげに椅子に座ったタキ王子が、女たちの長い列を見つめていました。次から次に女が剣を握りますが、聖剣はちっとも光りません」


 タキ『違う……違う……違う!』


 ナレ「なにしろ、剣を握っただけでこの国の王妃になれるかもしれないわけで、女たちはみんな必死です」


 ナレ「いつまでもしつこく剣を放さなかったり、変装して別人になりすまし何度も挑戦する女も居て、なかなか行列は減りません。それどころか、妙ちくりんな呪文を唱えてみたり、光るキノコの胞子を手に塗ってきたり、こっそり油を使って火をつけようとしたり……」


 タキ『こんな欲深な女たちが、気高く美しい花仮面の騎士のわけがない……。十年ものあいだ、私を守るため、ひとりで戦い、傷つき、なにひとつ見返りを求めなかった、あの清らかなひとのはずが……』


 ナレ「タキ王子は、一輪のレラの花を指でいじりながら、物思いにふけるのでした」


 ナレ「長い夜が過ぎ、女たちの長い列も少しずつ減っていきました。しぶとく強欲な女たちも、疲れ、馬鹿馬鹿しくなり、やがてあきらめ、ついに最後のひとりとなりました」


 ナレ「それはレラの友達ビビでした」


 タキ『きみが最後か、ビビ』


 ビビ『ごきげんうるわしゅう、王子様!』


 タキ『さあ剣を』


 ナレ「そのときレラは、舞踏会がどうしても気になり、こっそりお城に来ていました。そして、ちょうど見てしまったのです――」


 ビビ『王子様。私です。私が花仮面の騎士なんです』


 ナレ「――友達のはずのビビが、レラを裏切るその瞬間を」


 先生はわざと感情をこめず淡々と話した。それがこの場面の悲壮感をさらに強めた。タイミングを見計らってBGMをストップ。いきなりの沈黙。


 タキ『きみが花仮面の騎士?』


 ビビ『ええ! いまその証拠をごらんにいれますわ!』


 ナレ「ビビは叫びました」


 ビビ『!』


 ナレ「驚く王子や、国民や、女たちや、そして物陰から見るレラの目の前で、ビビの掲げたラスタミルダが、ほんのりと淡い光を放ちました」


 ひとびと「おお! 聖剣が光った! あのひとだぞ。あの女性こそが、花仮面の騎士なんだ!」


 ナレ「ひとびとが大騒ぎしました。レラは、心が、床に落ちたグラスのように砕けるのを感じました。ビビは、レラから言葉を盗み、花仮面の騎士を盗んだのです」


 観客席がざわついていた。子供たちも、すっかり物語に引き込まれているようだった。


 タキ『きみが……いや、あなたが……?』


 ビビ『そうですよ、王子様。わたくし、家柄もいいし、つやつやの髪も、綺麗な肌も、すてきなお洋服も、高級なアクセサリーも、すべてお妃にふさわしいと思いますわ!』


 ナレ「レラはそれ以上見てられなくて、泣きながら城をあとにしました」


 ナレ「レラは、暗い夜の森を、とぼとぼ歩いて城から離れました」


 レラ『もう……消えてしまいたい……』


 ナレ「ぼたぼたあふれる大粒の涙で、顔のドロがすっかり落ちてしまうほどでした」


 ナレ「そのときです。夜空が爆発するような轟音が響きました」


 レラ『!? 城が』


 間髪入れず、RPGで危機的状況のときかかるBGMを再生。


 レラ『城が……燃えてる!!』


 レラの演技力のせいか、切迫した音楽のせいか、俺までドキドキしてきた。


<その3へ続く>

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