劇中劇その1 ~花仮面の騎士

 先生がジュウタンの上に立ち、行儀よく座った子供たちの前であいさつするのを、俺とレラは、人形劇用ステージの、黒い布囲いに身を潜めながら聞いていた。

 隙間からのぞき見る。

 子供たちが十人。それからお母さんらしき若い女性が三人。

 ……マジか。大人も居るとは聞いてない。

「おーおー。けっこう集まってんな」

 緊張を隠すために、軽い口調でレラにささやいた。

「………………」

 レラは悲壮な顔をしていた。

 脚本、背景イラスト、間に合わせの人形、それをフォローするは間に合ったものの、ロクにリハーサルする余裕もなかったから当然か。

「ほら。腹くくれ」

 俺はレラに言った。

 俺だってこういう場は得意じゃない。でもレラがあまりに緊張してるものだから、かえって落ち着いてしまった。

「そう深刻になるなって。相手は子供だ。テキトーでいいんだよテキトーで」

「言っとくけど。最近の子供ってシビアなんだからね」

 情けない顔のレラが俺をにらむ。

「う。そうなの?」

「……では、はじまります。青木レラさんと特別参加のタキくんによる人形劇……『花仮面の騎士』!」

 わー!

 ぱちちちちち。

 軽いけど一生けんめいな盛大な拍手。いよいよだ。やるしかない。

 先生の巨体がにゅっと囲いの中に入ってきた。

 先生にも、ナレーションおよびモブキャラとして参加してもらうことになったのだ。

「いよいよですね。よろしく」

 落ち着いてはいるが、どこか上気した顔で先生が言った。

 若いころは演劇をしていたらしく、場慣れしていて、じつに頼もしい。

「よし。いくぞ……!」

 俺は、「あわわ」という顔のレラと、ニコニコした先生、そして心の中のカエデに向かって宣言した。

『ようしタッキー。どんと行けー!』

 制服姿のカエデが、励ましてくれた気がした。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆


 ナレ「ここではない場所。今ではない時間。これは、竜や妖精がまだ住む世界の物語」


 地声とはまったく別の声で先生が語り始めた。

 さすが演劇経験者。いいツカミだ。

 まずは導入部、先生が紙芝居で話を進める。


 ナレ「とある自然が豊かな王国に、お花の好きな女の子が住んでいました。名前はレラ」


 子供たちの間から、「レラだー」「あれレラだよ」という歓声が上がる。

 学童保育で、マジメに子供たちの面倒を見るレラは、慕われているのだ。

 ……さて、この主人公の名について、当然のことながらレラは「ヤダヤダヤダヤダヤダ! なに考えてんの? れら? ジョーダンじゃないいいっ」と頑なに抵抗した。

「仕方ねえだろ。を下敷きにした話なんだから。それに、ほとんどぶっつけ本番なんだ。自分の名前のほうが、自然に役に入り込める」

 俺はテキトーなことを言った。

「タキくんの言うことも一理ありますよ、青木さん」

 先生の説得で、渋々ながらレラも承知した。


 ナレ「お父さんもお母さんも亡くなり、レラはひとりぼっちでした。レラは他人と話すことがニガテで、いつもお花の世話をしていました。レラは土ばかりいじって、ドロだらけの顔でした。だから、まわりの女の子たちからはからかわれ、いじめられていました」


 ナレ「でも、そんなレラにはふたつの秘密がありました」


 ナレ「……ひとつめの秘密。レラは、その国の優しい王子様に恋していたのです」


 ナレ「王子様の名前は。タキ王子」


 ぶーっと吹き出しそうになった。

 脚本では、王子は『ヘミング』だったはず。なんで、どうしていきなり俺の名に変わってるんだ……!?

 思わずレラを見る。

「ふふーん」という意地悪な目で見返された。

 自分の名前のほうが役に入りこめるんですよね? とその目には書いてあった。

 先生もくすっと笑った。ちくしょう。もう後戻りはできねえ。


 ナレ「ふたりが出会ったのは、ほんの小さな子供のころ。暖かい春の日、幼いレラは、お花畑で花をんでいました」


 ナレ「その花の名前も『レラ』。。その国にだけ咲く、虹の色をした不思議な花。レラの死んだお母さんは、この花が大好きで、そこからレラの名前をつけてくれたのです」


 ナレ「レラが夢中でを摘んでいると、森の中からおそろしい野犬が現れました」


 落ち着いたペースで紙芝居は進む。先生が居てくれて本当によかった。


 ナレ「レラはすっかり身体がすくんでしまい逃げられません。そして野犬に襲われる、そのとき!」


 ナレ「ひとりの男の子が、棒切れを片手に飛び出してきました。それは幼いタキ王子でした。コッソリ城を抜けだし、原っぱに遊びに来ていたタキ王子は、レラの前で叫びました」


 きたっ。俺の初セリフ。いかん。いきなり緊張してきた……。


 タキ『きみは逃げるんだ!』


 思ったより上ずった声が出た。は、恥ずかしい。こりゃ気合い入れて演じないと、ヒサンなことになるぞ。

 とはいえ、


 ナレ「レラは驚きます。今までこんなふうに優しくされたことなんて、なかったから」


 タキ『わたしはこの国のおうじだ。わたしには、わが国民をまもるギムがある!』


 レラ『………………!』


 ナレ「……こうして、自分を守ってくれた王子に、レラは恋をしたのです」


 ナレ「王子やレラの国は、自然が豊かな、世界一美しい国でした。優しい王子が、工場を建てたり、山や森を崩したりすることを禁止したからです」


 ナレ「レラの花は、とても弱く、綺麗な場所でしか生きられません。だから、王子はレラの花のため、豊かな自然を守ろうとしたのです」


 ナレ「けれど、工場を作れず、山や森を崩して資源を掘ることのできない王子の国は、貧乏でした。強い軍隊や武器を持つこともできません。なのに、貴重なレラの花や、手つかずの資源を狙って、まわりの国々が次々に攻めてきます」


 ナレ「だから……レラは戦うことにしたのです。レラにはそれができました。レラの、ふたつめの秘密。それは……」


 いよいよレラの初セリフだ。

 死にそうな顔のレラに俺は笑顔で頷いた。

 だいじょうぶ。思いきってやれ! 目で背中を押す。


 レラ『!』


 ヤケになったようにレラが叫んだ。

 凛としたその声に、場の空気が一変した。

 先生と同じ、地声とは異なった声。

 でもリハのときはここまでじゃなかった。先生も驚いている。

 はっと我に返り、俺は音楽プレイヤーを操作した。

 繋げたスピーカーから流れる曲が、それまでの民族音楽風のものから、勇壮な曲に変わる。音楽演出は俺の担当だ。

 俺は古いゲーム音楽が大好きで、フォルダには懐かしのRPGゲームの名曲がたくさん入っている。これを場面によって再生させるわけだ。


 ナレ「レラが叫ぶと、剣が真っ白な輝きを放ちます! じつはレラは、魔法の世界の住人だったお母さんから受け継いだ、聖なる剣の使い手なのでした」


 ナレ「剣の名は【ラスタミルダ】」


 ナレ「ラスタミルダは、『ウル・バルス・イオ・プルーム』というレラの叫びで、力を発揮します。それは、でした。レラの恋心をこめた純粋なが、力となって剣に宿るのでした」


 。俺の考えた設定だ。

 ちなみにこの呪文にレラは「……これ叫ぶの? ちょっと恥ずかしいよ……子供っぽくない?」と難色を示したが、「ばーか。子供向けの出し物だろ」と黙らせた。

 ……昔、俺も同じことをカエデに言って、『こーいうの叫ぶほうが物語が引き締まるんだってば!』と言われたっけ。

 またBGMをチェンジ。

 放課後の帰り道、「この場面にはやっぱこの曲だよなー」なんてカエデと並んで話したことを思い出す。

 ふいに鼻の奥がツンとした。

 あの時間は、もう戻ってこない。


 ナレ「レラは、ラスタミルダを使って、王子様を守ると決心しました。レラの花を一輪差した仮面をつけて、髪の毛を隠し、女であることを隠し、影の戦士となって、聖剣を振るい、国と王子を守りました」


 紙芝居パートはここで終わり。

 ここからは人形劇だ。

 俺とレラが操る人形は、シンプルな棒人形で、ほとんど動かせないから、いかに声で演じるかがポイントになる。

 黒い布囲いにしゃがんで隠れながら、下から人形を動かすわけだけど……。

 人形劇の性質上、仕方ないとはいえ、レラとほとんど密着寸前だ。

 お互いの吐息が触れ合うくらいの距離。正直ちょっと照れる。

 しまった、俺、男臭くないかな……。


 ナレ「やがて、十年の歳月が流れました」


 レラ「レラはとして、ずっと戦い続けました」


 レラ「レラは、隣の国の強い軍隊を追い返しました」


 レラ「レラは、たくさんのモンスターを蹴散らしました」


 レラ「レラは、悪魔と契約した魔法使いを懲らしめました」


 レラ「レラは、恐ろしいドラゴンを退治しました」


 すぐそばにレラの整った顔がある。額に浮かぶ小さな汗が見える。細い両腕を上げ、夢中でセリフを言うレラの、シャープなアゴのラインを見つめた。

 形のいい唇からもれる可憐な声。

 俺は心底感心した。大学の文化祭で、演劇部の連中の演目を見たことがあるが、そんなのとは比べ物にならない。もっと圧倒的なスケールを感じる。

 これで初めてとは……この子、天才とかなんじゃないか?

 直前にやった通し練習で、先生が「タキくんは声がいいですね」と言ってくれたのが救いだった。じゃないと、レラのすごさに気後れしてたかもしれない。

 おっと。俺のパート。


 タキ『花仮面の騎士……いつも私を助けてくれる。あなたはいったい誰なんだ?』


 ナレ「王子は尋ねますが、仮面に隠れた騎士の顔はなにも語らず。そして、いつも風のように去っていくのでした」


 ナレ「声を出せば自分が女だとバレてしまう! レラは、一度も喋らないまま、ただただ、ひたすら王子を守って戦い抜きました」


 いい調子だ。先生の豊かなナレーションと、信じられないくらい際立ったレラの声で、俺の書いた素人物語が、想像以上にまともな形になっている。特にレラだ。この子には間違いなく、ひとの気持ちを震わせる底知れない何かがある。


 ナレ「さてそんなある日のこと」


 転調。BGMも何かが起こりそうな不穏ふおんなものに……


 ナレ「馬で遠乗りに出たタキ王子の一行に、空飛ぶオオワシのモンスターの群れが襲い掛かりました。物陰で見守っていたレラは、すぐに花仮面の騎士に変身して、聖剣ラスタミルダをかかげ、叫びました」


 レラ『!』


 ナレ「花仮面の騎士は次々に巨大オオワシを倒しました。たまらずオオワシたちはちりぢりに飛んで逃げました。しかし……」


 タキ『ありがとう、花仮面の騎士。今日こそ、私と話をしてくれませんか……?』


 ナレ「そう言って王子がレラに近寄った瞬間、木の陰から、生き残ったオオワシが襲いかかったのです!」


 ナレ「危ない! レラは、とっさに聖剣を投げ、オオワシの身体を貫きました。しかし、もう一匹の死にかけたオオワシが、最後の力を振り絞って、レラの花仮面をひっかきました!」


 ナレ「仮面はポロリとレラの顔から外れ、隠していた髪がはらりと流れ出ました」


 レラ『いけない! 正体がバレてしまう!』


 ナレ「レラはとっさに両手で顔を隠しました」


 タキ『!? 花仮面の騎士……!?』


 ナレ「王子には、騎士が女だということだけはわかりました。レラは、顔を隠したまま、急いで走り去りました。大切な聖剣をそこに残して」


 タキ『花仮面の騎士よ……あなたは……』


 ナレ「王子は、光を失った剣を拾いながら、宣言しました」


 タキ『花仮面の騎士を探せ! 。私は、花仮面の騎士をきさきとして迎える!』


 ナレ「こうして王子は、国に住むすべての女性に剣を握らせるよう、おふれを出したのです」


<その2に続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る